第11話 裏道で

 リーアは俺の左手をつかんで歩いている。革の手袋ごしだが、手がつながっている事実には変わらなかった。

 俺達ぐらいの年になると兄妹では手つなぎはあまりしないものだと思う。でも、皆無というわけじゃないはずだ。だよな? それともやっぱり変か?

 俺とリーアは普通に仲が良い方だと思う。だから、リーアには手をつなぐことへの抵抗はあまりないに違いない。

「わあ、あれ見てよ」

 目に付いたものへの感嘆の声をあげ、俺に同意を求めながら、弾むような足取りでリーアは町を歩いていた。

 商業地区の一角は道も広いし、比較的真っすぐな道が多い。

 多くの人がそぞろ歩きをしていたが、手をつなぐ若い男女の姿もあった。

 手の指と指を絡め合わせて握っているのは、やっぱり恋人同士なんだろうな。

 故郷の町では路上でそんなことをするのは居なかったが、やはり帝都ともなるとあまり他人の目を気にしないらしい。

 俺とリーアも他人からすればカップルに見えるのだろうか?

「お兄ちゃんと私が恋人同士に見えたんだよねえ」

 お菓子を食べていたときにリーアの発した言葉が俺の頭の中をぐるぐると巡った。

 一体どういうつもりなのだろう?

 単に面白がっているだけなのかもしれない。

 俺の手を引くリーアを斜め後ろから眺めてしまう。

 同い年の悪ガキ仲間にはもう嫁さんを貰ったのもいた。そいつは奥さんと外で手をつなぐことは無かったが、家の中では当然そういうこともあるらしい。

 もちろん手をつなぐ以上のこともする。

 自宅に招かれた時に、アレもいいが、キスは何度しても最高だとアホが力説していた。

 顔を真っ赤にした奥さんに後頭部を思いっきり引っぱたかれていたが、のろけを聞かされていた俺たちはみんな羨望の眼差しをしていただろう。

 世間的には、俺とリーアは二人きりのときにはキスをしたり、それ以上のことをしているというように見えていたりするのかもしれない。

 先ほどリーアが指を舐めていたシーンが脳裏によみがえった。

 直接に唇を合わせるのは悪ガキ仲間が言うようにそれほどいいものなのだろうか?

 確かにリーアの赤く艶やかな唇はとても柔らかそうに見える。

 やめろ。意味のないことを変に強く意識するんじゃない。

 俺はそんな妄想を追い払うように力強く首を振った。

 そんな俺の煩悶など知らぬリーアが満足の声をあげる。

「ああ、楽しかった。町歩き、思ったよりも充実してたね。ピンも買ってもらったし、お菓子は美味しかったし、願い事もできたし。それじゃあ、お兄ちゃん、食堂で出るお昼を食べ損ねて無駄にしたくないから学園に帰ろうか」

 リーアは近くの坂道に足を踏み入れた。

「来た時の道を戻った方がいいんじゃないか?」

「たぶん、それだと随分遠回りになると思う。心配しなくても平気だよ。ほら、学園の尖塔が見えているし」

 頭の中に地図を描いているリーアほど正確では無いが、俺がぼんやりと脳裏に描く位置関係でも、このまま進めば三角形の一辺を進むだけで済む。

 高い建物にさえぎられたりして、時折尖塔が見えなくながら少しずつ曲がりくねった道を登っていった。

 気が付けば、大きな屋敷の裏側の細い通りに迷い込んでいる。

 左右を高い壁にさえぎられていて脇道がない。

 別の通りに出るにはこのまましばらく歩く必要がありそうだ。

 曲がり角の向こう側から三人組がやってくるのが見える。顔と頭はフードで隠しているが、一人はやたらと体がでかい。嫌な予感がした。

「リーア。引き返そう。こんな裏道だし、あの三人は良くない気がする」

「えー。相当戻らなきゃいけなくなるよ。また下るのも面倒だし、このまま行こう。心配性だなあ」

 俺はその場に足を止める。

 手をつないでいるリーアは引っ張られ、振り返った。

「もう、しょうがないなあ。お兄ちゃんがそこまで頑なに言うなら……」

 ちぇ。悪い予感は当たるんだよな。リーアの肩越しに三人組が走り始めているのが見える。

「リーア。俺の後ろに」

 手をつないでいたのを幸いにリーアを引き寄せ、俺の後ろに隠した。小道は大人二人がどうにか並んで歩ける幅なので、俺が倒れない限りは三人組はリーアに手は出せない。

 走ったせいで近寄ってくる三人組の素顔がさらされた。

 想像していたジェシカ一行ではなく。おっさん三人組だった。

 三十歩ほどの距離を詰めてきた先頭の男が酒臭い息を吐く。

「おーおー。日の高いうちからお手てつないで見せつけてくれるねえ。二人きりになりたくてこんな道に入って来たのかな?」

「そんなところに無粋な真似しちゃって悪いねえ」

 これっぽっちも悪くは思っていなさそうな台詞を口走った。

「でも、折角だから俺たちも混ぜてくんねえかな。向こうに木賃宿があるんだ。四人でさ、楽しもうぜ」

 先頭のデカブツが耳障りな声で喚く。

「四人って俺が最初だぜ。お前らは俺が終わったらな」

「ぶっ壊さないでくださいよ」

「さて、そいつはどうかなあ。こんな細っこい体じゃあな」

 ゲラゲラ笑う態度に吐き気を催す。

「リーア。道を戻って警備隊を呼んでくるんだ」

 男たちに注意を残しながら後ろの通路を確認し、そこに人影を見出して俺は舌打ちをした。

「リーア。後ろの連中を。俺はこいつらの相手をする」

 俺は動きにくくなるコートを手早く脱ぎ捨てる。

「こいつ勝てる気でいるらしいぜ」

 デカブツはソウルペブルの無い俺の左手を見てせせら笑い、何かをつぶやき始めた。

 魔法を使わせるかよ。

 俺は地面からダンっと跳躍すると横の壁を蹴り、また反対側の壁を蹴る。腰を捻って、デカブツの後頭部に膝蹴りを叩きこんだ。一切手加減はしない。

 蹴りを放った反動を利用して、体を縦に一回転させると次の男の脳天に踵を落とした。一度地面に着地する。

 後ろではデカブツが地面に崩れ落ちた気配を感じていた。

 残った一人は慌てて口を動かすのを止めると、腰に吊るしてあったナイフを抜く。

「野郎。ぶっころ……」

 顔面の中心に右ストレートを叩きこんだ。男は吹っ飛ぶ。

「この間抜け。口に出す前に殺るんだよ。言っていいのはぶっ殺しました、だ」

 高揚感に混じって、このセリフはどこで聞いたんだっけ、との疑念が湧いた。

 それに自分でやっておいて疑問を感じるのも変だが、三人を倒した身のこなしもなぜできたのかも分からない。

 まあ、詮索は後にしよう。

 意識を切り替えて、冷静に周囲の状況を確認する。

 三人組で立っているのは居なかった。身動きもしていない。

 手ごたえからすると、意識は刈り取ったが殺してはいないはずだ。

 そうだ。路地の後ろから現れた連中は?

 リーアの後ろ姿の向う側に驚愕の表情を浮かべる三人が立っている。ジェシカとウォレンと俺が名前を知らない女。

 ジェシカはわなわなと震えながら指で俺を指さしている。

 左手は?

 大丈夫だ。ソウルペブルの上に何の文様も浮かんでいない。

 文様を出さずに魔法を発動できる可能性も……。ないな。そこまで優秀なら少なくとも三階に部屋を得ているはずだ。話を聞く限りごく限られた人だけが隠蔽詠唱ができる。

 ジェシカの横で、ウォレンはあごが落ちそうになっていたし、俺が名を知らない女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 リーアが俺を振り返りにっこりと笑う。

「ほら、ぜんぜん問題なかったでしょ? うーん、そうでもないか。後始末はちょっと面倒そうだね」

 向き直るとウォレンに呼びかけた。

「そこのお兄さん、警備の人呼んできてくれる?」

 その声に我に返ったジェシカが手を振る。それに合わせてウォレンが勢いよく駆け出した。

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