幕間 ???

 目の前の空間に下界の様子が映し出されていた。

 過去に我が少しばかり手を加えたリーアという娘は片手の手袋を外すと、人間たちが幸運の泉と呼ぶものに手を浸す。

 五柱の神々の大理石の像が立ち並ぶ中央部分から噴水となって溢れる水は澄んでいるが少し冷たいのだろう。ハンカチを取り出して手を拭いていた。

 手を浸していた大きな泉から水が流れ込んでいる小さな泉には硬貨がいくつも沈んでいる。後ろ向きになって背中越しに硬貨を投げ入れて願いをすると叶うと、人々の間ではまことしやかに言われているらしい。

 人間というものは勝手に信仰の対象を見つけ出し、好き放題に願いを述べる。

 泉にそのような奇跡を行う力があると信じているのか、それとも、この場所は神々が見ていてくれると信じているのか。その考えは計り知れない。

 まあ、この瞬間に見ている我がいるのだが、凡百が何を願っているのかを確かめるつもりはなかった。

 考えを覗いたところであまり面白みのある望みでもないはずだ。

 富、名誉、地位、恋愛、健康。まあ、概ねそんなところと考えて間違いない。

 リーアは後ろ向きになって硬貨を投げ入れた。一体何を願っているのだろう。

 ふーん。なるほど。

 その横に並ぶシグルも同じ動作をしていた。こやつは一体何を願っているのか?

 そもそも、こやつは何者なのだろう?

 生まれてすぐの頃からずっと断続的に我が監視をしてきている。

 体が頑健ということを除けば、特徴のない男だ。先日シグルに殴りかかった男ほど体が大きいわけでもない。

 下界は広いので目印をつけておかなければ、一度目を離すと見失って探し出すのに時間がかかりそうだ。

 髪の毛が黒いので場所が特定できればそこにいる集団の中から見出すのは難しくはないのだが、人間は卑小な癖にちょこまかと住む場所を変える。

 我も周囲に思われているほどは暇ではなかった。

 目立つことのない男だが、この半月ほど前から、シグルの中で空間の揺らぎを感じることがあった。ごく僅かなものだが、この十七年という期間に見てきた中では初めて起きる変化だ。

 何か大きな変化が起きようとしてる。それは間違いない。

 だが、それが果たして、この世界にとって良いものなのかどうかは我の力をもってしても計り知れなかった。

 シグルが本来あるべき摂理に反してこの世界に生を受けたときに、幾かは即時の処分を主張している。

 それに対して、しばらく様子を見ても問題あるまいと唱えた我の考えは今も変わらない。

 門を開くことができる時期はまだまだ先だ。シグルを害したところで、その時期が早くなるとも思えない。

 そもそも、このシグルという男は、この世界の力を使って渡ってきたわけではなかった。

 人間たちの側に立つ神々たちが招き寄せた訳でなく、勝手にこの世界に生を受けている。しかも、向こうの世界の高位存在がこちらにねじ込んできたわけでもないようだ。

 神とて別世界のことまで知悉しているわけではないが、なぜか、この世界にするりと入り込み新たな生を受けた存在は少々謎めいている。

 神からすれば卑小な存在ではあるが、無断で入り込んだ異分子であることは間違いなかった。

 手をつかねて見ているだけでなく、行動すべきという声が大きくなっているのも理解はできなくない。

 我らの陣営が肩入れする人間たちの敗色が濃厚になってきている。

 せっかく他の世界から招き寄せ強力な力を与えたユニットを定期的に配しているというのに、人間たちは有効活用できず毎回浪費してしまっていた。

 まったく愚かなことよ。

 まあ、所詮は悠久の時を持て余した暇つぶしの戦略ゲームだ。

 負けたところで痛くもかゆくもない。

 いや。負けるのは面白くないな。

 味方プレイヤーほどは熱くなれぬが、どうせなら勝つ方がいい。

 あのせっかち者辺りが何か自分の裁量でできる範囲で動いているのは知っていた。ひょっとすると大胆なことをするつもりかもしれない。

 目の前に映し出される光景に意識を戻した。

 リーアはシグルに話しかけ、シグルはそれに対して答えを言う。

 なんとも微笑ましい光景だった。

 リーアは右手でシグルの左手をつかんで歩き出す。やや遅れ気味に歩くシグルの頬には朱が差していた。

 ふむ。面白い。こういう面ではやはりリーアの方が積極的か。まあ、先ほどの望みもそうだったからな。

 二人の関係の秘密についてリーアだけが知っているというのも大きいのだろう。それに反して、シグルはそう簡単には一歩を進めることはできまい。

 血を分けた妹に思慕の念を募らせ悩む姿を観察するのは、本来の目的を忘れても、見ごたえのあるものだった。

 負けるのは面白くないという前言に反するようだが、我にはゲームの勝敗がどうなるかということよりも、ある意味こちらの方に興味がある。

 二人は坂道を上り始めた。そろそろ、魔法学園に戻ることにしたのか。

 さて、三人組の姿をした災いが二人の行く先に待ち構えているようだ。この三人組には他の神の関与の気配は感じられない。

 さて、どのような展開が繰り広げられるのか、楽しませてもらおうか。

 我らの関与無しにこの世界に生まれ出でた転生者シグルよ。

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