第15話 貴族たち

 明後日に入学式を控え、三階の住人も次々と来園するようになる。全部で二十ある部屋のうちの一つを残してすべて埋まった。

 私室の外では概ね常時、制服の着用が義務付けられているのだが、アクセサリーの類は自由に身につけられる。

 見るからに高そうな装身具を付けた者を多く見かけるようになった。

 まあ、ジャラジャラと多くの貴金属類をこれみよがしにつけているのは、どちらかというと二階の住人だ。

 三階の住人は魔術師見習い本人もそうだが、従者まで美男美女が多い。本人に比べれば見劣りするケースが多いが、四人そろっていると自然と華やかな雰囲気ができた。

 しかも、概ね、お互いが顔を見知っている同士ときている。親疎は別にしてだ。

 ジェシカを通じて受けた帝都の貴族の勢力関係のレクチャーを踏まえて観察する。

 概ね三派に分かれていた。

 ジークテン侯爵の次男オウルを筆頭とするグループが、本人を含めて魔術師見習い六人を擁する最大派閥だ。

 ジークテン侯爵は帝国の二大戦力の一つである戦狼魔法戦士団を率いている。

 戦士団の中には魔術学院の卒業者も多く含まれており、魔法と剣技を組み合わせた戦い方で多くの魔物を倒してきたそうだ。

 オウルはいかにも貴公子然とした端正な容姿に自信満々な態度をしている。

 ソウルペブルはリーアには及ばないもののかなり大きかったが、形は楕円系をしていた。

 オウルと張り合っているのが、ドロイゼン伯爵の長女ナターシャを取り巻いている人々だ。こちらの魔術師見習いの数は五人。ドロイゼン伯爵は宮廷内に勢力を持つオルトラン公爵と近く貴族会議で馬鹿にできぬ勢力を築いていた。

 割と女性が多いため、全体的に華やかではあるのだが、どことなく閉鎖的な印象も受ける。

 金髪のナターシャ自身は妖艶な感じがする美女だった。ソウルペブルはそれほど大きくないが綺麗な形をしている。

 三つめがショーテル子爵の長男にして嫡子のティーゲ。二人の魔術師見習いを引き連れていた。帝国内最大の商会を支配する一族の力を背景に勢力を伸ばしている。裏社会との関係も噂されているが真偽は不明とされていた。

 ティーゲがリーアを舐め回すように見る目が気に入らない。

 ソウルペブルは茶色い褐整石なのに、頭髪が黒いのは勇者気取りなのだろう。ちょっと痛々しい。

 あとの少数は三派とも等距離を保っている。いずれもほぼ全員が爵位持ちの子弟であり、二人以上の従者を連れてることに変わりはなかった。

 夕食時には三派が食堂の四隅のうちの三つを占めてしまったので、残りの生徒は右往左往している。今までは割と自由気ままに過ごせていたが、これからはそうもいかなそうだった。

 俺とウォレンの争いが教訓になっているのか、それまで席についていた者も、賑やかな一団がやってくると慌てて席を立つ。

 二階の住民はある意味楽だった。生家が属するグループの取り巻きになればいい。多少は理不尽なこともあるかもしれないが、居場所は確保できる。

 三派のリーダーたちも心得たもので自派に入ってくる者に対しては表面上は歓迎していた。

 まあ、魔術師をどれだけ擁しているかというのは帝国における分かりやすい力の指標である。

 学院での生活を通じて能力が伸びる者もいるだろうし、今のうちから自派に取り込んでおいて損はない。

 大変なのは一階に住んでいる生徒達だ。郷里では俊英と持てはやされていたのだろうが、ここエリーシャ魔法学院ではその他大勢だ。実家に金と力がなければ従者すらも連れていなかった。

 一階に部屋があるということは、魔術師としての潜在能力もそれほど高くないと思われる。本人の才能が見えない現段階では囲い込むメリットがあまりないと判断されているようだった。

 向こうの席を追い立てられ、遠く離れた席に座ったと思ったら、また別のグループに邪険にされる。

 三大派閥以外にも貴族の子弟を中心にした小さなグループがいくつかあり、やはり自分たちの周囲に人類と魔族の居住地の間のような無人地帯を形成していた。

 唯一残った最後の一隅に席を確保できたものはまだいい。ぎちぎちに詰まった場所が埋まってしまうと嵐に翻弄される小舟のようにうろうろしていた。

 内心泣きたい思いをしている男女の目は自然と一人に向かう。三階に居を構えながら昨日今日に急に乗り込んできたわけでもなく、既に顔を見知っている女の子。

 もちろんリーアのことだ。

 俺たちは食堂のど真ん中に陣取っていた。その席が、リーアの憧れるナントカという魔術師の席だったからだ。ジェシカが調べて、ぜひ座るようにということで、特にこだわりはなかったが、勧められるままリーアはその席に座っている。

 実はこの数日でリーアを中心にしたグループが既にできていた。

 みんなバラバラの所に核ができれば吸い寄せられる人間は必ずいる。寄らば大樹の陰。ジェシカが顔見知りを二人ほど引き込んでからはあっという間だった。

 中にはリーアと恋仲になれるんじゃないかという一縷の望みを抱いて近づいてきているんじゃないかというのもいる。

 従者を含めて二十人ほどのグループなのだが、真ん中なので周囲全部に空白地帯があった。

 配膳台で水のお替りをもらって戻る途中で、大人しそうな女の子が途方にくれているそばを通る。

 髪の毛は茶色でソウルペブルの大きさはキャロルより少し大きい程度だった。

 顔のパーツは揃っているのだが、童顔なうえに自信なさげなので地味な印象を受ける。

「他に当てが無けりゃ、そこの席どう?」

「……いいのですか?」

 消え入りそうな声を出しながら俺のループタイを見ていた。

 従者の発言だけでは足りないということか。

「リーア様いいですよね?」

「空いてるならいいんじゃないかな」

 女の子に向き直る。

「今までお話したことあったっけ? 私はリーア。お名前は?」

 大人しそうな子は、もごもごとした声で名乗って席に着いた。

「ミリア、素敵な名前ね。これからよろしく~」

 リーアが言うとぎこちない笑みを浮かべる。

 トレイを抱えてその様子を見ていた他の生徒も、このやり取りを聞いて俺たちの周囲の空いた席にやれやれという顔で座った。

 とりあえず座れればいいやというのも居れば、これを機会にとリーアのグループに入ることを期してなのか自ら名乗るのもいる。

「リーアよ。よろしくね~」

 それに対して律儀に返事をするので、会話が中断する度に横に座ったジェシカがわずかに不満そうな表情をひらめかせるのがチラリと見えた。

 それでも、口には出さず、挨拶を終えたリーアを会話に引き戻す。

 その様子を見ていた俺の袖をキャロルが引いた。耳に口を寄せてささやいてくる。

「やはり侮れませんね」

「どういうことだ?」

「あの子を見てください」

 視線の先には先ほど最初に声をかけてきたミリアという子がいた。きょときょとと落ち着きないが、時折こちらの方を見ると頬を赤くし、それを隠すように顔を伏せて食事を口に運んでいる。

「もう完全にファンですよ」

「そうなのか? 俺にはよく分からんが」

「あの様子からするとそうじゃないですかね。それで、ファンから強固な支持者にするには時間がかかりますが、この調子で増えて行けばシグル様のお仕えするリーア様が第四極になるのは難しくなさそうです。平和な学園生活を送るために……」

 そのとき左の耳が割と強く引っ張られた。

 リーアが口を真横に引き結んで俺のことを睨んでいる。

「ねえちょっと、シグル。ちゃんと私の話を聞いてる?」

「シュテッフェン・オウ・ドゥオールだろ。雪の降り積もった山に見立ててクリームがたっぷり乗ってるやつ。今度食べに行こう」

 俺はなんとか会話の断片に含まれていたお菓子の新作の名前を出し、ご機嫌を損ねるのを回避できたのだった。

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