第17話 頭痛の種
ジェシカが運んできた精神を落ち着かせるという薬草茶を飲むとリーアは眠そうな顔になる。
「明日も大変そう。早く正規の講義が始まって欲しいわ。その方が忙しくなって無駄に張り合う暇もなくなるだろうから。お兄ちゃん、おやすみ~」
寝室に消えたのを見届けてから、俺とキャロルが食器を抱えて控えの間へと下がった。
後片付けを終えて自室に引き上げようとするとなぜかキャロルがついて来る。
「お前の部屋はあっちだ。疲れてそんなことも分からなくなったか?」
「どちらの部屋でもいいのですが、シグル様がこちらの部屋を選ばれましたので」
「嘘だろ。まだ講義続けるのかよ?」
「貴族の方が多く入寮されましたので早めにした方がよろしいかと」
俺は唸り声をあげそうになったが我慢をした。
椅子は一つしかないので、そっちをキャロルに譲り俺がベッドに腰掛ける。
キャロルは椅子に腰かけずに俺の横に座った。ランプに照らされた瞳が光を反射する。
「なあ、落ち着かないんだけど」
「あそこでは手が届きませんので」
すっと手のひらを俺の腿に這わせてくるのでパッとつかんだ。脚の付け根まで指三本分しか離れていない。自分の反射神経の良さに感謝する。
「何をするんだ?」
「もちろん、シグル様と情を交わそうというのです」
「あのな」
「もちろん、将来を拘束するつもりはありません。リーア様が学園を卒業されるまでの間、私を気遣って頂くための対価です」
「あのな」
「先日申し上げた予測が外れました。今年の入寮者は危険です。トラブルの際に安易に私を切り捨てられないようにするためですから遠慮なさらず。不慣れですがなるべくお気に召して頂けるよう頑張ります。できれば私の体に溺れて頂けるならなお良しです」
「あのな」
「これで三度目です。壊れた人型人工義体じゃないんですから。同じ言葉しか発しておられませんので、先に進めてもよろしいですか? それほど頑なに拒否されなくてもいいではないですか。さすがにちょっと傷つきます」
「いや、別にキャロルが気に入らないということじゃないんだ」
「それは良かった。実は私、シグル様は結構好みです」
胸を俺に押し当てようとして難しい姿勢であると悟ったのか、尻をずらしてにじり寄ると、手を押さえられた状態で可能な限り首をぐっと伸ばしてくる。
「やめろ。リーアが気付く」
キャロルはふっと笑った。香しい息が鼻をくすぐる。
「良くお休み頂けるよう、眠り花の根を少々お茶に混ぜました。朝まで安眠されることと存じます」
「そこまでするか?」
「はい。私の命がかかっていますので。そりゃもう真剣に全力で臨んでいます」
「そんなに力を入れて宣言することじゃないと思うぞ」
キャロルは唇までは届かないと悟ると俺の耳にふっと息を吹きつけた。思わずぞくぞくっとする。
なるべく離れようと反対側に体を傾けた。
キャロルは精一杯首を伸ばしてくるが俺が手を押さえているのでもう息が届かない。傍から見ればおかしな光景だろう。
「変ですねえ。これぐらいの年頃の男性であれば、もっと簡単に興奮すると思っていたのですが。何度も言いますけれども、これは私の為に私が望んでいるのです。シグル様が罪悪感を抱く必要は全くありません。さあ、ぱぱっと気持ちよくなっちゃいましょう。もう、本当に色々と頑張っちゃいますので」
「いいから落ち着け。キャロルが身を守るためというのは分かった。だけど、他にも方法があるだろう」
キャロルは少し体を戻すと小首を傾げて考える。
「他の方法ですか? そうですねえ……。ナターシャ様のようなご趣味がリーア様にもあれば別の手もあったのですが」
「は? なんだそれは?」
「ナターシャ・ドロイゼン様の従者、三人とも女性でしたでしょう? 二人が緑色、残りが金髪のボーイッシュな美形ばかりでしたけど、覚えていらっしゃいませんか?」
俺は日中の記憶を探る。確かにそうだった。
「そう言えばそうだったような気もする。魔術師見習いを覚えるので手一杯で従者までははっきりと覚えていないが」
「一般的に女性の見習い魔術師の従卒は女性の比率が多いのですが、あの方の場合、全員が愛人を兼ねています」
「ど、どういことだ?」
「どもってらっしゃいますよ。どういうことかと言いましても、そのままですが。あの。先にすること済ませてから、続きは寝物語ということにしませんか?」
キャロルは俺に握られた手を引き抜こうとする。
「女の力ではびくともしませんね。どうせなら力づくで組み敷いて頂く方が話が早いのですが」
「まずはナターシャ様の話だ」
キャロルはため息をつく。
「シグル様、折角二人きりの時間を過ごしているのに、他の女性の話をねだるなんて無粋ですよ。まあ、ご命令とあらばお答えしないわけにはいかないですね。ナターシャ様は女性同士で夜の営みをなされます。それはもうかなり頻繁に」
「意味が分からねえ」
「シグル様が住んでいらした場所には居ませんでしたか? まあ、将来、嫁ぐ際に男性とその……致していますと色々と問題が起きるという実際上の理由もあります。体の火照りを鎮めるために始めたら、やみつきになったと仄聞しています」
「なんで、そんなことを知っている?」
「ナターシャ様は学院には連れてきていませんが、ジェシカ様のお父様がお相手として一人納入しましたので」
「奴隷か? それは国法に触れているぞ」
俺の声に含まれる非難の響きに対してキャロルはうっすらと笑った。
「シグル様は幸せな人生を送ってこられたと見えますね。立場は一応単なる雇われ人ですよ。ただ、庶民が貴族に逆らって生きて行けるとお思いですか? 住んでいる借家を追い出され、まともな仕事先もなく飢えることを考えれば、ナターシャの全身に舌を這わせるぐらい我慢しますよ。ティーゲ・ショーテルの館に奉公にあがることに比べれば天国です」
「また、新たに聞き流せないフレーズが出てきたな。話がややこしくなるからそっちは後で聞くよ。で、ナターシャの好みのポイントの一つは髪が緑なのか?」
「どうもそのようですわね。それで体つきがスレンダーな人でしょうか。有体にいえばリーア様は好みだと拝察します」
驚きのあまり手が緩んだ。さっと手を引き抜いたキャロルだったが、上目遣いで俺のことを見ながら握られていた場所をさするばかりで俺にちょっかいはだしてこない。
「すまない。ちょっと力が強すぎたようだ」
「馴れた真似をした私がいけないのです。こちらこそ申し訳ありませんでした」
「急に大人しくなってどうした? いや、俺としては落ち着いて話せるのでありがたいけど」
「シグル様には想い人がいるので、余人には手を出さないというのが分かりましたので。さっきから避けられてショックを受けていましたけど、私がどうこうではないのであれば仕方ありません。リーア様を愛していらっしゃるのですね?」
「なんだと!」
秘していたつもりのことを指摘されてつい頭に血が昇り、両手をキャロルの首にかけてしまう。
「そういうところが分かりやすいですね」
キャロルは落ち着き払って笑みを浮かべた。
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