第34話王都に舞う砂塵 破 震撼の王都
トウヤたちがエリモスに引き返し始めたほぼ同時刻。
王城ガロフロシスにある特殊装騎作戦立案室では……
「魔層壁、1番、4番展開状態良好。5番から7番までの展開続けて急げ」
「魔導達封鎖装置、展開良好。しかし、隔壁の完全封鎖を急ぐべきです、この速度では……!」
「待て待て!民衆の避難はどうなってんだ?そっちが優先だろうが!」
「……セーマ、状況を報告しろ」
「…はっ」
現在、王都アトレーシスには戒厳令が敷かれ事態は逼迫していた。
謎の多量の魔素を含む砂が突如王都の前にまで押し寄せたため、外壁の守護の任についていた警備部隊が様子見に出た、が。
「あ?なんだこれ?体にまとわりついて……」「おい待て!これはやば」「撤退だ!撤退……!」「あ、あアアアア!?」「…息が、息ができな!」「溶ける……!肺が熱い!たす…!」
悲惨な断末魔をもって通信が途絶。
イドス王および特殊装騎は直ちに魔層壁の展開を承認し、守護モードになった王城ガロフロシスは鉄壁の守りによってその砂の浸食を防いでいた。
アトレーシス全体としては魔層壁が円形に配置されているため、一度展開すれば魔力でできた強力なシールドがドーム状に展開する。四方からの攻撃にも対処できるうえ、さらには魔法によってそのシールドおよび展開部の物理部分に攻撃が行われた場合は、攻撃に使われた魔力を吸収して貯えるという性質がある。要は物理で展開部を破壊されたりしない限りは破られないのだ。
その為、市民は魔層壁の内壁に避難さえしてしまえば最悪の事態は避けられる。
更にはとある店主が作り上げた、物体が必要に応じて伸び縮みする魔法の応用によって全国民が入りきってもまだ余りあるほどの余裕や貯えがあった。
問題は、砂の進行速度が尋常ではないほど速い事だ。
予想以上の速さで押し寄せる砂に対して市街区域の守りが追いつかない。
我先にと押し寄せた恥知らずによって計画通りに避難が行われない点や、現地から聞こえる断末魔や悲鳴に特殊装騎の面々も苛立ち始めている。
「…王都の外の様子ははっきりとは分かりませんが、報告によればこの砂はエリモスの方から流れてきたようです。まるで意識を持つかのように直線で王都を目指している、と」
セーマが手渡したのは観測魔法による調査結果が書いてある紙だった。
(王都からエリモスまでは大凡300キロ弱。それだけの距離を一瞬で詰めてきたという事になる…)
「…まて、その間にある村や町は無事なのか?」
まずイドス王の最優先事項はこのグラナリトスに生きる民の安全にある。あの砂は殺傷力を持つのは明らかな為、後手に回るわけにも行かない。しかし…
「報告によれば、無事だそうです。ただ、砂の通っている場所は急速に魔力が薄くなっていっているという事と、魔導装置類が機能しなくなりつつあるという事でした」
「恐らく、尋常ではない魔素を作り出しているからだろうな。状況からして明らかに王都に敵意を向ける者の犯行だ。恐らくは…」
イドス王は目を閉じ、一瞬の思考の後に王笏を床に打ち鳴らした。
「マルティア、お前は部下を連れて市民の誘導に入れ。場合によっては王都内での聖弓の使用を許可する。なんとしても砂の進行を遅らせろ。恥知らずな貴族が邪魔をしてきたら市民を優先。暴れた場合の対処は任せる。後始末は気にしないでいい」
「はっ!」
「セーマ!お前はこの騒動の大元を叩くため、シェブローラの起動を急がせろ!起動が成ればここにいるメンバー総出で叩きに行け。短期決戦だ!」
「はっ!いや、しかし。お言葉ですがイドス王、我らすべてが王都を空けるわけには!御身にもし何かあれば……!」
「構わん。これは恐らくウェスタの子供たちだろう。現地に向かった彼らに何かあったのかはわからない。しかし、手をこまねくわけにもいかない。時間をかけた方が危険だ。」
これは王命だと、その場の全員に厳に命じた王はセーマを伴って部屋を出ていった。
「とは言ったものの、気を付けるんだよ、セーマ。お父さん心配で心配で……」
よよよ、と廊下を歩きながらいつもの父としてのテンションで泣き崩れるポーズをとるイドス王に、セーマは「お父さんこそ。無理しないでよ?歳なんだから……」と、どこか不安げだ。
戦地に娘を送らねばならない父と、王としての責務を全うせんとする父を残していく不安。これまで似たようなことはもちろん何度もあったが、ここまで規模の大きそうな戦いはそうそうなかったのだ。
「大丈夫だよ、セーマ。お父さんもまだまだ捨てたもんじゃないから。それより、トウヤ君たちのことだけど」
「あの3人なら大丈夫だと思うけど?」
「違う違う。心配なんかあの子たちには不要なのはわかってるよ。でも多分、今回の戦いはあの子たちがカギになる。セーマ、お前は向こうに着いたらトウヤ君たちを最優先で探すんだ。わかったね?」
「…ん、わかった。じゃあお父さん、またね」
二人、別れる。王は王座の間にて、国民に対して責任あるものとしての戦いに戻らなければならない。
娘は、戦地へ向かう支度をする。守ると決めた国民たちのために、偉大な父の期待に、応えるために。
「隊長!私たちの避難誘導は終了です。東西北の区域からも終了の連絡が来ています!」
王都南区にて避難誘導に入っていた騎士団と共に避難誘導を終わらせつつ、割り込もうとした貴族に丁寧な
赤い髪に金の瞳。快活そうなボーイッシュな髪をした部下の女性の名はミルティ。
騎士団に入隊後、特殊な力を持っていたためマルティアが部下としてスカウト。現在ではマルティアの右腕と言ってもよいほどの高い実務能力を持っている。
「よし、俺たちも引き上げだ。後はセーマ副団長の合図待ち、か。ミルティ、ガべスは今どうしてる?」
「ガベス様ならシンバー小隊のシンバー隊長、ルシア隊員と共に市民への医療行為を行っておられます。ピエス様、ゲシェ様、カティル様は王城に戻られているようですね」
「なら、あとは……?おい、何だありゃ聞いてねえぞ」
「どうされまし、た?_なに、あれ?」
「報告申し上げます!」
王座の間に扉を蹴飛ばすような勢いでかけこんできたのはシンバーだった。
数名の大臣と今後の方針を議論していたところでの乱入だ。不愉快気に眉を顰めるものもいたが、シンバーからしたら知ったことではない。
堂々と入室し、王の前に傅いた。
「何があった?」
イドス王はこの青年の堂々たる振る舞いに好感を持ったが、今はそれどころではない。火急の要件だと目が訴えている。
イドス王は話を聞こうと向きなおろうとして……
やめた。報告を聞く意味がなくなったからだ。
それはシンバーに何か不備があったとか、そうしたことではなくて。
王城のバルコニーから見えたソレを見て。
「……セーマはまだか?」
(早くしないとマズい)
イドス王の脳は警告を鳴らす。
滅びは、目前に迫っていた。
「魔導翼展開可能、機器の調整完了!」
「副団長!魔導兵器の換装はどうしますか!?」
「発進を最優先に!主砲は最悪マルティアに受け持ってもらうから後回しでいい!それよりも魔導エンジンのチェックを急げ!それと、整備長にあとどれくらいで飛ばせるか確認しろ!」
此処は、特殊装騎が誇る魔導戦闘艇シェブローラの艦橋。
特殊装騎はその力、その抑止の必要性から余程のことがなければ王都から離れることはない。しかし、厄災級の出現や何らかの事情で特殊装騎全員の作戦行動が必用となった際、乗り込むものがこのシェブローラだ。
大きさは全長50メートルほど。流線型のフォルムに赤、白、金の紋章が随所にあしらわれた優雅さがある。その下部には優雅さには見合わない長大な大砲がマウントされており、黒い砲身に白銀に光る文字で呪文がびっちりと刻まれている。その姿はまるで船でありながら、機体の左右についている折り畳まれた翼から飛行物である事もまた想起させる。
表面は触れた魔素を霧散させるコーティングが施されており、対ウェスタの子供達をコンセプトとしてつくられたものだ。
セーマは発進のために準備を進めていたのだが。
「副団長!発進はまだですか!?」
そこに駆け込んできたのはミルティだった。汗をかき、息を乱しながら。
目には若干の怯えと、焦りが浮かんでいる。
「ミルティ!?どうした。市民の救助は済んだのか?」
「はい。仔細確認中ではありますが、完了です。それより、外部に映像を繋げてください!」
「む?整備長!最優先で遠見式に魔力を通して艦橋に回してくれ」
『了解』
整備長と呼ばれる男の声が響き、映像が艦橋に映し出される。しかし、それは。
「なんだこれは…!」
「さっきより、大きくなってる…!」
視線の先には吹き荒れる砂。
大竜巻きとなった、死の旋風だった。
それは視界にある物を巻き込みながら、徐々に王都に迫る。王都全域を覆いかねないソレは、最早人の対抗できるものではない。
「今、マルティア隊長が王城正門から聖弓の発射体制に入りました。が、この短時間では一射が限界です!早急に動かないと!」
「わかっている!皆頑張ってくれて…!」
その時、艦橋のコンソールが淡く光った。
魔力が奔り、機体がほんの少し、波に揺らめくように揺れた。
『発進準備よし。副団長、間に合いそうですか?』
「…ああ。勿論、間に合わせるさ。ミルティ、特装全隊員に通達!3分以内に発進すると伝えろ。それと。マルティアには射撃後、そのまま拾うとも伝えてくれ」
「はい!って、そのまま?」
「でけえなあ、おい」
眼前に迫る死の竜巻を見て。マルティアは後悔していた。何も、万が一とちれば死ぬことが怖い、というわけではないけれど。
「聖弓展開。風、雷…」
言葉を紡ぐ。それは呪文であり、願いだ。
彼の魔法は少々特殊だ。その為、弓を媒介として力の顕現を請い願うようにその場に蹲る。
光は集い、広がり、その弓の形を変容させる。雄々しいヘラジカのツノのように肥大化したその弓は、徐々に周囲に光を拡散。
それは一本一本が濃密な魔素に近い物であり、しかし似て非なる物であった。
「ありがとよ。じゃあ、一発」
弓を引き絞る。ギリギリという音を立てて。
しかして清廉さを見せるその所作は、聖騎士と言えるほどのものであった。
「エスプリット・エフィミア!」
「副団長!竜巻が!」
「ああ、マルティアだろう」
さっきまで、進路上に存在していた大竜巻が一瞬にして消滅したのは確認できた。
しかし、それはまた大きな渦となり始めており一過性のものに過ぎないのはわかっている。
しかし、天に穴を穿つほどのその矢。
それは世界広しといえどもマルティアの弓しかあり得ないだろうと、現れた晴天を見て思う。
ふと下を見ると、呑気に手を振っているマルティアが見えた。
(まったく。呑気なもんよね…)
「…マルティアの上で静止、浮揚の魔法をかけてやれ」
走っていくミルティや、念のため向かわせた医療兵を見送りながら、私はエリモスの方を睨む。そこで何が起きているのか、わからぬままに。ただ、一つだけ言えるのは
(ウェス、トウヤ君、リテルさん。無事でいて…)
この思いだけは、確かだ。
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