第39話 分かたれる道(後編)

 俺とアスティは睨み合う。

 アスティと言っても、中身は悪しき者だ。とはいえ、この口の利き方は……


「お前、消されたんじゃなかったのか?」


 あの時のアルペシャから出てきた蛇のアイツだと確信する。すると、口を開いた。


「まあね。でもまあ、アイツにも色々事情があって、完全には俺を消す事はできないのさ」


 アスティが肩をすくめ、そのままディブロスさんに視線を移す。


「魔龍の力もあった上で、君が敗れるとはね。衰えたね?ディブロス」


「……」


 ディブロスさんは何も言わない。ただアスティの事を睨んでいる。花篝から増してくる憎悪を宥めつつ、俺はアスティの体に入っている奴に問いただした。


「なんでアスティの体に入ってんだ?」


「ん?俺たちが王都に攻め入るためだよ?でも予想外だった。君、予想以上にやるみたいだね。あれ何?凄い目を持ってるみたいだけど」


 興味深々と言った態度だが。


「だから、それじゃ答えになってねえって」


 俺はウェスの憎悪を受け止め、宥めつつも力に転ずる。

 前回の暴走があったため、ウェスから強制的に主導権を握られると言う事はなかった。俺自身がウェスと深く繋がり、躊躇いや恐れを制御してもらえているからだろう。

 加えて、主導権が俺にある以上。


(この速度でも目で追える)


 瞬時にアスティの真正面に立ち、花篝を振り上げる。爆炎が刀身を覆い、アスティを斬りつけようと言うところで


「へぇ?」


 砂塵の障壁がアスティの前に作られた。それは頑強で、大事な何かを守ると言う強い意志を感じられる。

 振り下ろした刃をそのままに、火力を上げて障壁を焼き焦がそうとするが、届かない。

 ディブロスさんがアレゾークを持ち直したのだろう。それが意味するのはつまり。


「……ディブロスさん。アスティ、いやアスティさんはもう、居ないですよ」


 わかってるんでしょ?と、言外に込めて後ろに言葉を放るが、答えはやはりノーだった。


「……すまない」


 ふり向かなくても、かつて悪しき者と対峙した男の心からの嫌悪が伝わる。


 それでもやらなければならないのだと、強い意志が宿っている声が聞こえてきた。


 なら、仕方がない。


「……ディブロスさんさ、そっちの方があってますよ」


 本当に、こんな出会いでなければ。


「え?」


「ディブロスさん、鬼の力なんて使わない方が多分、強いです」


 俺は火力を上げ、障壁を焼き切るフリをして。

 ディブロスさんに向けて炎を飛ばした。


『トウヤ!?』


 花篝からウェスの困惑が伝わるが、ごめん。


「!?」


 ディブロスさんの視界を覆う爆炎だ。こうなれば自身の防御に力を割くだろう。

 予想通り、砂塵はディブロスさんの正面を砂塵が覆う。


 俺はそれを見終えることなく、手の内を返して振り上げた花篝を振り下ろす。

 しかし、アスティは飛び退いてそれをかわした。

 油断なく、余談なく。俺は花篝を青眼に構えて一歩踏み込もうとする。


「……予想より、手段を選ばないタイプか?」


 が、奴も黙ってはいないようだ。赤く、黒い魔法陣が展開し始める。


『トウヤ、あれば死霊魔術の紋様です。恐らくは……!』


 周囲に意識を配るウェス。つまり、イドス王にやったような事をやろうとしているのだろう。


「本当に趣味が悪いよ、お前」


 俺は踏み込こんで横凪に斬りに行くが、寸断したのは街の人の体だった。


「チッ」


 肉が焦げ、焼ける匂いが周囲に広がる。死体になっていたのだろうが、それを操る魔法も、それを斬るのも全て気分が悪い。

 奴が死体を操り盾にし始め、そのまま逃げ始めた。

 ディブロスさんを一瞥すると、砂塵の障壁を消して俺達を追おうとしているが立てないようだ。

 そのままにして追撃を開始する。







「うーん、本当に躊躇いがないね?君たち、本当にベストパートナーなんだろうね」


 途中、俺達の邪魔をしてくる死体を両断しているが、中には助けを求める声を放つ者や、俺を非難する声をあげてくる者もいた。

 だが、奴の、アスティの魔法が死体を操る魔法である以上、今回の件の犠牲者達だ。そして、何より死体である以上は斬ることに躊躇いはなかった。


 その様が奴のどの琴線に触れたのかは知らないが、アスティの鈴が鳴るような声で楽しげに笑う。



「あーあ、俺と君の先代も相性は悪くなかったんだけどねぇ?」


『……!』


 ウェスからの憎悪が増していく。そうだ、それもはっきりさせないとな……!


「お前が、ウェスの先代と契約をしていたんだったか?」


 建物の壁を駆け上がり、加速して空中からアスティに切りかかる。


 アスティは懐から何やら取り出すと、影のような剣を生成。俺と激突した。

 予想以上にその影は硬く、刃が通らない。そのまま鍔迫り合いのような状況になる。


「そうだよ?とは言っても、契約者の中に入り込んで乗っとっていたが正解かな?」


『!!』


 動揺が走る。


「このウェスタの継承者は、俺の口調を聞いて契約者だと確信して。斬りかかってきたみたいだけどさあ?」


 アスティの顔が近づいてくる。美人だ。しかし、中身がコイツなら不快さしか残らない。


「それは半分正解で半分不正解だ。別に俺は先代を騙して契約者になったとかはしてないよ?」


 花篝がガタガタと震えるのも構わず、話を続けるアスティの口は、アルペシャの浮かべていたような口の裂けるような笑みだった。


「契約者は俺が入り込んだ時に死んでるし、手引きしたのは俺。それなのにコイツ、契約者作らねえんだもん」


 俺達は動きやすかったよ?と。心底楽しそうに笑う。花篝の火力が揺らぎ、その隙を逃すまいと奴が押し返そうとしてくるが


「へえ。手引きして悪しき者にウェスの先代を殺させたまではよかったんだろうな。でもさ」


 その押し返す力を利用して体を入れ替え、蹴り飛ばす。奴は面食らって2メートルほど吹き飛んだ。


「それがお前の敗因だよ。何せ俺たちはベストパートナーなんだろ?」


 ウェスを心の中で宥め、爆炎を安定させる。コイツは不快だから、もういい。



 アスティはそれを見て、また走り出した。何やら魔法陣を操作して、周囲に力を集めている。


「チッ、君厄介だね。本当……!」


「……また、それか」


 ……どうやら、今回の件で亡くなった人は予想より多かったらしい。

 窒息したかのような青白い顔をした死体がゾロゾロと奥から出てくる。


『トウヤ、すみません』


 申し訳なさそうな声が聞こえてくるが、今は。


 "ウェス、集中しよう"


『はい』


 "やるよ"


『はい……!』



 花篝は力を増す。刀身の桜花は火焔を纏い、俺の周囲に花弁が散る。

 それら一枚一枚が熱を、力を持ち、建物に引火しながらその力を増す。


「……君、本当。躊躇いってないの?」


「ねえよ。お前をほっといたらもっと沢山の人がこうなるだろ」


 俺は花篝の力が臨界に達したのを見て、振り下ろす。それは桜の花弁が散るように、爆炎を巻き上げながらアスティと死体の壁に飛んでいく。


 とても、美しく。とても、震える光景だった。








「アスティ!アス、テ……」


 ディブロスさんが駆けつけた。

 後ろから、やってきたディブロスさんは目の前の惨状を見て、絶句する。


「君達は、何を?」


 エリモスの、アスティが立っていた場所。その半径数十メートルが塵とかし、焦土となっていた。

 そこには、焼けこげた死体がいくつもあり。

 中には大火傷を負った


「ディブ、ろ」


 アスティがいた


「アスティ!?アスティ!!」


 駆け寄るディブロスさんを見送る。

 振り下ろした直後、奴は全力で魔力を展開して自身を守ったあと、力尽きたアスティから這い出て、凄まじい勢いで出て行った。


 一度放った炎の勢いは止められない。

 アスティを焼いてなお止まらないその炎を俺はただ見守るしかなかった。


「きみ、君たちは!なぜ!」


 ディブロスさんが俺につかみかかってくるが。


「ディブロスさんがやろうとしていたこと、やったことですよ。これは」


「は、え?」


 勢いが削がれ、冷静に返す俺に動揺するが、俺は続ける。


「貴方は恐らくアスティのためとはいえ、悪しき者と手を組んだのでしょう?」


「そう、だ。アスティの体を乗っ取った上に、僕の復讐の手伝いもしてやる、などと言いながら魔龍を僕に」


「そして、その力に乗じて王都に砂をけしかけた」


「……そうだ。だが!犠牲は最低限にするつもりだった!ここ以外の道中の人々は死んでいないはずだ!」


 激昂し、やはり俺に詰め寄るが。


「そうですね。ここの人たちも、亜人差別していた人達です。貴方からすれば、アスティからすれば復讐の対象だ。それは貴方の正義だから、俺にとやかく言う権利はないし、言うつもりはない」


(でも、でもさ)


「特別な誰かのために、というのもわかります。でも、その特別な誰かというのはここで死んだ人たちにも居た筈だ」


「……!」


「復讐は止めません。でも、これだけ無差別に巻き込んどいて自分の大切な人間だけは容認しろってのは、お門違いだって言ってんだ!」


 俺はディブロスさんを殴り飛ばした。


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