第40話 エピローグ (前編)

「最後ですから、話を聞いてあげてください……!」


 俺はディブロスさんの胸倉をつかむ。

 俺より身長が高いため若干足を引きずるようになっているが、呆けている時間はもうない。


「アスティ……!」


 必死に這うようにアスティさんに近づいていくディブロスさんを見て、俺は花篝を地面に突き刺した。光り輝き、ウェスが戻る。


「……トウヤ、その。大丈夫ですか?」


「……なにが?」



 ウェスは、俺に強烈な揺り戻しが始まったことに気が付いているのだろうか?


 先ほどまで俺は、恐怖心と躊躇いをウェスに消してもらうことであれだけの戦闘を可能にしていた。

 多分、使ったことはないが覚せい剤のようなものだろうと思う。

 いかに目がよくても、恐怖で眼を離せば見えないし、見えていても躊躇えば攻撃することも避けることもできないから、無理やりそれを消してもらったのだ。


 でもそうすれば、限界を超えて動けると思った。


 でも自身で超えられない壁を無理やり超えた代償として、やったことの記憶と感覚は消えることなく残り続ける。


(怖いし気持ちが悪い……!)


 頭上を掠める魔法の威力や、アレゾークの凄まじい圧力の一歩間違えば確実に死んでいたという恐怖。

 手に残る切断した町人の体の感触、焼け焦げた遺体の臭い。死んでいるとはいえ助けを求める人の声。それらを躊躇わずに斬った感覚が俺に一気に襲ってきた。


 もう寸でのところまで吐き気がこみあげているし、なんなら死んでしまいたい程の恐怖と心の痛みが俺を責め立てる。


(でも、俺が泣き言をいうわけにはいかないから。今、誰より泣きたいのは)



「アスティ……!君まで、そんな……!ああああああ!」



 最愛の妻すら失って泣いている、あの鬼なのだから。


 それをしばらく見ているうちに、いつのまにか雨が降り始めた


 町に引火し、焼いていたその炎を消し去るように




 王都に舞う砂塵 エピローグ




「では、現場保全および要救護者の治療にかかる。急げよ!」


 号令が鳴る。

 雨が降りしきる中、今や人の気配がないエリモスの広場にはシェブローラが着陸し、中からは数十人の騎士が下りてきている。

 特殊装騎とはそれ自体がチームではあるものの、一人一人に数名の部下がついているそうであり、今下りて来たのはその部下たちというわけだ。



 セーマさんとフォノスさんが俺たちと合流したのはあれから凡そ五分後のことだった。


「割って入る隙がなかったな」


 惨状を見て苦々しい顔を浮かべるセーマさんによれば、王都の受けた被害も中々甚大なものだったらしく、これからすぐに戻らなければならないらしい。

 そのためフォノスさんという男性が此処の対処に当たるということになっている。


「フォノスだ。私は治癒術が得意でね。部下もそうしたメンバーで構成されている。適任だろ?」


 片目を不器用にウィンクさせながら肩をすくめた初老の紳士であり、物腰は柔らかい。そのすぐ後、声を張り上げて部下に指示出しをし始めたのを見て少々驚いてしまったほどだ。



 俺とウェスはフォノスさんや作業中の騎士さんに何か手伝えることがないか聞いていると、遠くにここ数日で見慣れたシルエットが見えた。メタルマイマイ二世だ。


 器用に倒壊した建物を避けながらこちらにやってくると、俺たちの前に停車する。車体は元の色がわからないほど煤で汚れており、懸命に走り回ってくれたのが見て取れた。


 窓からひょっこりと顔を出したリテルは、後ろに広がる倒壊した家屋や、俺たちが吹き飛ばした一帯を見て嘆くように呟く。


「ひどい有様じゃのう……」


「リテルさん、生存者はいましたか?」


「……それなりにはの。虫の息ではあるが、特装がおればなんとかなるじゃろて」


 どうやら俺たちが戦闘をしたところからできるだけ離れるように動きながら、息がある人を回収し。魔道具によって救護施設を突貫工事で作ってくれたらしい。

 そのため、数百人以上の生存者はいるようだった。



「運ぶのには苦労したぞ。後はフォノス、お主に任せる。って、ウェス、そんな怖い目をするな。わしの魔力は一切つかっとらんよ……」


 心配から物凄く怖い目で見ていたウェスに肩をすくめて反論するリテルは、もう疲労困憊といった表情だ。


(……よかった。ディブロスさんの話だと、うかつに魔力を使ったらまずいしな。二手に別れるときに念押ししておけばよかった)


 余程ウェスの寝かし付けが利いたのだろう。今後もそうしてもらおうか?と考えた所で、リテルが震えた気がした。勘がいいのかもしれない。


「…ですが、力を使わずにってどうやって?」


 あほなことをぼんやりと考えていると、ウェスから確認が入る。確かにそうだ。


「下りて運ぶにしても手作業で今聞いた人の数を運ぶのは大変じゃ?」

 

 その時、メタルマイマイ二世からもう一人誰かが下りてきた。


「救助者をお運びしたのは私の魔法ですネ」


「え、と。あなたは?」

 赤と白の鎧で身を包んでいるため恐らくは特殊装騎なのだろうが、フードをかぶっているため顔は見えない。

 女性のような声でもあり、男性の声のようでもあった。

 身長は150センチほどだろうか?


「顔を見せずにこのようないで立ちで失礼デスが、こちらも事情がありまして。察していただけると助かリますデスはい」


「こやつがわしを手伝ってくれたのじゃ」


「はいです。わたくしの名前はぺフティス。シェブローラの砲術担当官でス。出番なしと判断されたため、緊急降下してリテルさんをお手伝いシテおりました!」


 ぺこりと頭を下げる。


「……リテルを手伝ってくれてありがとうございます。事情は誰にでもありますし、気にしません」


「!!」


 俺がそういうと、大げさに驚くそぶりを見せるぺフティスさん。


 そして、暫く固まった後、またペコリと頭を下げて去って行ってしまった。


「なんだったんだろう……」


 もう少ししっかり挨拶をしたかったが。

 そんなことを思っていると、フォノスさんに突貫救護施設の場所を伝え終わったらしいリテルから提案が入った。


「シャイなんじゃろ、多分。それより、ディブロスの様子を見に行ってやらんか?」


 俺とウェスは顔を見合わせ、フォノスさんに視線を送る。


「ここは大丈夫だ。ありがとう。あの亜人さんには今会えるかはわからないが行ってくるといい。そしたら、君たちも少しは休むんだよ」








 心強い言葉を貰った俺たちは、シェブローラ降下地点から少し離れた場所に来た。仮設で魔法による牢屋が作られているらしく、訪れるとそこはマルティアともう一人、赤い髪の女性が見張りをしていた。フォノスさんがディブロスさんに会えるかはわからないと言っていたのはこういうことだろうか。


「おう!三人とも無事でよかったな」


「マルティア、さっきの一撃凄かったね。ありがとう」


 先ほどの逃げる魔龍を仕留めた一撃はマルティアの物だと確信していた俺は称賛の声をかける。が、何やらマルティアは目を丸くしてよくわからないことを言ってきた。


「ちょっと待て、あれ見えたのか?」


「え?当たり前でしょ。すごい爆発したし光ってるし。至近距離で見えないわけないって」


 セーマさんは援護をマルティアに頼んでいたし、ぺフティスさんは出番なしだと言っていた以上、シェブローラについてる大砲ではないのだろう。何より、光り輝く矢が飛来するのが俺の目には見えていた。


「……そうかい。やっぱり面白いな、トウヤは」

 ニヤリとするマルティアから不穏なものを感じていると、隣の女性から声がかかる。

「あのう、私も自己紹介しても?」


 マルティアの許可を受け名乗った彼女はミルティというらしく、俺たちは簡単な自己紹介を交わす。


「あれ、二人も兄妹なの?赤い髪だし」

 シンバーさんとリシアさんのように。あっちは姉弟だけど騎士団には家族で入る人が多いのだろうか?そう思って聞くと、二人は目を見合わせため息を吐く。


「同じちょっとした力があるだけだ。そうすると髪が赤くなんの。別に兄妹じゃねえよ。なあ?」

「そうですね、兄というのは、嫌ですねぇ……」


 んだとこらぁ!と二人仲良く言い合いを始めるが、俺は気が付いた。ミルティさんとマルティアのニュアンスの違いに。


(そういうことかな?となると……?)


「お邪魔な用じゃの。行くぞ」


「そうですね」


 すたすたと俺より先に行こうとする二人。なるほど、そういうのは俺よりあっちの二人の方が分かるらしい。

 俺も続いて先に進もうとしたが、ミルティさんが前に飛び出してくる。やっぱり?


「すみません!今あの亜人の方には誰も近づけさせないようにと副団長から指令がきていまっぷ」


 何やら重要なことを言い切ろうとしていたが、発言の途中でマルティアの腕が横から伸びてミルティさんの頬をつまんだ。


「にゃんでひゅかたいちょ!」


「こいつらは良いんだよ」


「でもだれもっプ」


 ぷにぃという効果音がなりそうなほどの勢いで頬をつままれている。だが、いいのだろうか。進むかとどまるかで足が動かないのだが。


「いいから。おら行け、トウヤ。んで、話付けてこい」


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