第41話 エピローグ(後編)
マルティアとミルティさんに会釈をして先に進んだ俺たちは、青白く輝く魔法陣の牢の中で俯いているディブロスさんを見つけた。
「やあ、リテル。元気そうだね」
「……お陰様での」
積もる話もあるのだろうが、視線を交わしただけでリテルは俺に向き直り、促す。
「トウヤ、ワシからは特にない。様子を見る限りは元気そうじゃしの」
ウェスの方を見ると、少し聞きたい事はあるが俺が先でいいそうだ。
「……わかった」
牢に近づく俺に、ディブロスさんの視線が突き刺さり、口が開いた。
しかし、それはアスティごと悪しきものを倒そうとした俺を責める発言でなく。
「トウヤ君聞いてほしい。僕は結果的には復讐を優先した。しかし、信じてほしい。最初は、君の発言を信じようとしたんだ」
「え……?」
ディブロスさんは拳を握りしめて、唸るように告げ始める。
「僕は君の発言を信じたいと思って、アスティと合流したんだ。アスティも、それがいいと。イドス王の傀儡を見ながら言っていたんだよ」
「……」
「後悔はしていない目だった。けど、何か思うことがあったのだろうとは思う。でも急に、アスティから黒い魔力が溢れ出して、気がついたら」
「アスティさんの体が乗っ取られていた、ですか?」
「ウェス」
後ろで待っていたウェスが口を開く。
「ごめんなさい、トウヤ。私が聞きたい事でしたので」
「謝ることじゃないでしょ。俺が聞きたい事の答えは、もうもらったから。そっちを話そう?」
頷き、ディブロスさんに近づくウェス。
そう、俺が聞きたかったのは、なぜ信じてくれなかったのか、どうしてその上で大勢の人を巻き込んだのかだった。
でも、信じてくれようとしたのに悪しきものがアスティを乗っ取り、どうしようもなくなってこうなったと聞いて。
(少し安心してしまった。ダメだな、俺。)
子供のように、なんで信じてくれなかったなんて言うつもりはない。
だけど、ディブロスさんが復讐を強硬するような人でなかったと思えた事に安堵する。
ディブロスさんは結果的には復讐を選び、沢山人が死んでいるのは、事実なのに。
「ディブロスさん、アスティさんから黒い魔力が溢れたと仰いましたね?」
「うん。そうだよ、アスティの中からね。アレゾークを使おうにも、アスティ相手では。ごめん、ごめんね」
かつて悪しきものと戦い、俺たちの世界への進出を防いでくれた者が、悪しき者に協力せざるを得ない状況を作ったのだ。
そういう戦い方をするのだろう、あいつらは。
また涙を浮かべ顔を覆うディブロスさん。
正直言って、見ているのも辛い状況だが。友人であるリテルが真正面からそれを見て受け止めていた。
俺だけが逃げるわけにはいかない。
「……辛いかもしれませんが、教えてください。いつから中にいたかもしれない、とかはわかりますか?」
「わからない。でも今思えば多分……」
そこでディブロスさんは言葉をきり、噛み締める。
「ディブロスさん?」
続きを促すウェスに、暗い目で呟いた。
「……子供が死んだ時だよ。どう考えても、そうだ」
「マルティア、ごめんありがとう。」
俺たちは牢を出て、マルティアとミルティさんに挨拶をする。
「隊長命令ですので仕方ないですね」
と、苦笑いのミルティさん。苦労人だ。
「おう、話は済んだか?」
「いや、実はまだ。マルティア、これなんだけど」
「コイツは……」
俺はディブロスさんから渡された、お子さんが殺された時に持っていたという特殊装騎の紋章を見せた。
すると途端に目の色を変えたマルティアが、どこかへ連絡をとる。
「はい、はい。そうです!おいトウヤ、コイツはどこで?」
「……」
これを言えば、ディブロスさんに要らない容疑がかかるのではないか?そんな俺の訝しげな視線と、マルティアの視線がぶつかる。
「……そういうことか。悪いようにはしねえから言ってくれ」
(信じていいのか?マルティアはいい人だけど、でも)
「トウヤ、大丈夫です。悪いようにはさせませんし、なりませんよ」
「そうじゃぞ。色々ディブロスには容疑がかかっとるじゃろうが、やってないことまでは裁かせん」
その背中にかかる言葉達の、なんとも心強いことか。
「…実はさ、えと」
「おう、話せ話せ。ああ、この通話先は副団長だ。気にすんな」
端末をスピーカーモードに切り替えた先の声がセーマさんであることを確認した俺は、全てを話し始めた。
エリモスの現状の事も、イドス王の事も。
そして今回の騒動は全て特装によるディブロスさん、アスティさんのお子さんが殺害された殺人事件に起因するということも。
傀儡化や2人の復讐の件は、とりあえず向こうの認識では悪しきものに取り憑かれていたせいという事になっている為、濁したが。
具体的には、その辛い心の隙をつかれてアスティさんが取り憑かれ、それを助けるためにディブロスさんが仕方なく。というふうに。
「……そうか。あのなトウヤ、この紋章はな?」
……俺はマルティアとセーマさんから語られる内容を、どこか他人事のように聞いていた。
マルティアは悲痛な顔をしている。この太陽みたいな男がそんな表情をするとはな、とどこか遠くでそんな事を思う。
それほど、今聞いた話は受け入れ難い物だったのだ。
「やあ、どうだった?」
牢に戻り、暗い目をしたディブロスさんに紋章を返す。
受け取るディブロスさんの手は、震えていた。
「そんな奴は存在しないとか、言われたかい?」
「……いや、確かに存在していたよ」
俺は深く息を吸う。これから伝える真実を、落ち着いて最後まで言えるように。
「ディブロスさん、気がつかなかったけどさ。紋章の裏に番号が書いてあるんだって」
「……ああ。本当だね。書いてある。でもこれがなんだと」
「その番号はね、数年前に殺されたある人の番号なんだって」
「え?」
一瞬、何を言われたかわからないという表情をするディブロスさん。
ウェスも、リテルもなんと言っていいかわからない顔で黙っている。
そう、この2人にとって、これはすごく身近な人の物だったからだ。
「それはね、ディブロスさん」
俺は、先ほどの事を思い出す
『馬鹿な、それが今更なぜそんな所で出てきたのだ!?』
スピーカー越しのセーマさんが怒鳴るのが聞こえる。マルティアも俯き、何かを思案しているようだ。
「どういうこと、ですか?」
ウェスもリテルも首を傾げていたが、血に濡れた紋章をリテルが手に取って見た時。
リテルの表情も一変する。
「馬鹿な!これはあやつの、ウェスタの!」
「え?」
突然呼ばれたウェスと2人、驚愕する3人の雰囲気に呑まれ佇む。しばらく待つと、セーマさんから告げられた。
『それは、初代特殊装騎団長ヘスティアの。いや、こういうべきか?ウェスの先代。継承者ウェスタの物だ』
「……どういう、事だい?」
「ディブロスさん、落ち着いて……!」
手をガタガタと言わせ、頭を掻きむしり始めたディブロスさんをなんとか宥めようとするが。
「ねえ、君の先代は、悪しきものに殺されたんだよね?」
ウェスに向けて確認をするディブロスさんの目は、どこか。
「……はい」
「だとしたら、さ。僕達がやろうとしていたことって?あれ?僕はなんのために悪しき者と。あれ?アスティ、は?あ、ああ、ああああああああ!」
「ディブロスさん!」
取り乱し始めたディブロスさんに声をかけようとするが、もう届かないのは見て明らかだった。
うわ言のように、アスティとお子さんの名前らしきものを呟き始めたディブロスさん。
リテルは耐えきれず、牢の外へ。俺もウェスに促されて外に出た。
「どうだったトウヤ、と。その顔でわかった。言わなくていい」
外に出た俺たちをマルティアが待っていた。ミルティさんは今回の件を報告書に上げるため先に王都に向かったとか。
「王都に戻るなら、俺とついて来い。シェブローラはさっき副団長を送るために行っちまったが、あと1時間弱でこっちに戻るってよ」
「そう、だね。いい?2人共」
頷く2人と、お願いした俺達はメタルマイマイ2世に向かう。
空を見ると、いつのまにか雨は止んでいた。
しかし、俺たちの足取りは重く。
気持ちは夜になりつつあった、この空のようで。
伝えるべきではなかったのではないか?そんな悔恨が俺を包み、足元から力がなくなるような感触が俺を蝕むが。
しかし、そっと握られた手の温もりがあった。俺はそれを握り返す。
「大丈夫ですか?」
この声のお陰で、俺はまだ歩ける。
「ウェス、リテル。必ず、アイツら止めよう」
当たり前だと強く頷く2人を見て、俺は決意する。
(俺自身が、強くならないと)
決意を胸に歩く内、完全な夜になった道を星あかりが優しく照らしてくれていた。
第3章 這い寄る影 に続く
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