第38話 分かたれる道(中編)

 肉が焦げた異臭を嗅ぎながら、俺は思い出していた。



 アレは、小学生の頃だ。


「一本!」


「あああああ!うわああああ!!」


 男の子が目の前で泣いていた。

 周りからは「流石ジンヤさんのお孫さんね」とか「さすがは刑事の息子さん」とか言われてたけど。俺からしたら、別に試合の結果はどうでも良かった。


 ただ、俺はじいちゃんみたいになりたかっただけ。


 武道に本気で熱中した事なんて、なかったから。だからそこに熱中していた人の気持ちが、わからなかった。だから、簡単に誰かに勝負を譲れるものでもあった。


そう、たとえ他人でも同じだと思ったんだ。


「ちがうよ?あのこはぼくをかたせてくれたんだよ。だってすごいうごくのおそいんだもん」


 ……そのあとは、思い出したくない。

 ただ、大泣きする男の子の顔は覚えてる。


 噂で、そのあとその子は道を志すのをやめたと聞いた。


 でも、そこで俺は気がついた。


 俺の目は全部見えてしまうのだと。



『トウヤ!?』


 過去から意識を戻す。下半身の魔龍が赤い目を光らせて俺に向かって何かを突き出そうとしているのがわかった。


 "大丈夫。全部見えてる"


 そこにじいちゃんの日本刀を突き出すだけで、真ん中からばらりと真っ二つに裂け、魔龍がのたうつ。

 聖弓というものが当たっても無傷と言っていたが、よく見ると所々が焼けこげている。ダメージは通ってはいるようで、後はそこを狙っていくだけだ。


 ディブロスさんは、ついに悲鳴を上げた。


 でも、そんなのはどこか遠くに聞こえる事で。


「……次は、なんだっけ」


 独り言が口から溢れる。また今ではなく過去に集中する。


 中学の2年に上がる少し前か。


 友人との遊びの予定は急遽喧嘩になった。

 待ち合わせ場所に行ったら知らない中学生がいて。

 友人が何かトラブルに巻き込まれていて、戦う術を習っていた俺を呼び出したのだ。


 気がついた時には後の祭りで、こっちが2人で相手は6人。自然と仲間認定されて、俺も殴られた為に仕方なく応戦する事になった。


 彼らは本当に普通の学生で。

 喧嘩や習い事もしたことがないようなパンチを振り回してるだけだった為、投げ飛ばしたり捕まえたりしたら次第に逃げていった。

 でも、最後の1人が逃げ回る。

 友人にほっといたら仕返しされる、と泣きつかれたために仕方なく追いかけて、話をしようとした。


 そしたら、逃げ回った先の廃材置き場。そこに5人の高校生がいた。


 逃げようとしているうちに、友人が捕まった。俺は相手2人をなんとかしたところで守る余裕なんてなかった。

 相手は高校生だ。同じ年齢ならともかく、いくら鍛えていても体が出来上がった相手とは何もかもが違うわけで。今考えても2人倒せた時点で十分だろうと思う。


「おい、こいつの腕折ってやれ!」


 リーダーらしき者が高らかに宣言した。俺が何かやってるとわかったからか、近づいて来ずに友人を人質に取ったのだ。


「やめてくれ!やめて!」


 泣きじゃくる友人、それを見て俺は。


 怖くなった


「あ、そうだ!てめえが代わりにテメェが腕差し出したらこいつ許してや…!?」


「……!」


 そこから先は、俺はずっと、怖かった。


 怖いから、俺を抑えにきた残り高校生2人の手足を落ちていた鉄パイプで打って動けなくして。


 そのまま友人を抑えていた奴の前に立った。震える声で、友人を離すように言った筈だ。

 そいつは懐からカッターを出してきた。


 でも、その動きから刃を出そうとする指の動きまで俺の目には見えている。


 全部、見えているから対処した。


 まず関節が外れるまで腕を捻り上げた。

 カッターを落とさせるためだ。


 次に左の腕刀を何度も何度も何度も打ち付ける。そいつの顔面目掛けて、ただ打ち付ける。


 その間に仲間が起き上がってきて俺を殴った。


 仲間の攻撃は見えていたけど、体が動かなかっただけ。すぐに腕を折っておくべきだったと気がつき、受け止めてから体全体を捻るようにしてへし折った。


 仲間が悲鳴をあげている中、自分だけ逃げようとするさっきのリーダーを捕まえて、打ち付けるのを再開した。


 血が出て、歯が折れて、鼻が折れてもやめなかった。でないと、刺されて殺されてしまうかもしれないから。友人の腕が折られちゃうから。


 俺は怖くて、怖くて。


 怖くてたまらなくて、止まらない。



「もういい!もういいよ!トウヤ!」


 その声で、我に返った。


 目の前には、俺を見て震える友人がいた。



 ……幸いな事に、友人はそれ以降トラブルに巻き込まれる心配はなかった。


 向こうはカッターを所持していた事の他に万引きなどがあり、未成年同士の喧嘩だからか俺は特にお咎めなし。


 復讐に来るかと思って震えていたけど、何もなかった。


 そう、特に何も。


 ただ、俺はその日以降。1人の友人を失った。


 力を使う躊躇いは、あの時に。

 使わない恐怖は、あの時に。


 トラウマになって俺を縛るその2つの記憶。

 でも、通り魔の時も【ナイフが振り上げられる】のはしっかり見えていた。


 何もできなかったのは、俺が弱かったせい。

 異常な状況に竦み、震えてしまった。

 俺がもっと心が強ければ。もっと躊躇わなければ。こんな面倒も起こさなくて済んだのかも知れないと思う。


(まあ、喧嘩の時も技を使う余裕なんてないし、必死だっただけだけど)


 そう自嘲しながら、でも。

 今はウェスのおかげで本当に気分がいい。

 怖くないし、何も躊躇わなくていいから。


 (ああ、本当に最高だ……)


「ディブロスさん。喋れるんですよね?まさかわざとこんなことしてます?」


「……!?」


 無駄なのにまたアレゾークを振り回す。

 本体は当たらないと知って今度は、砂の一つ一つを纏めて大きな槍のようにしたようだ。

 俺に何本も凄まじい速度で襲い来るが、それは悪手だ。俺を殺す気なら、大量の砂で視界を覆うとか。押しつぶすとか。

そういうことしないと、じゃないと。


「全部、見えてますよ」


 最小、最短の動きで躱し、歩いて進む。


「会話、できるんですよね?なんでですか?」


『トウ、ヤ?』


 困惑と狼狽、そして心配の感情が伝わってくるが、今は考えられない。


 次は、ディブロスさんがアレゾークを振り下ろした。砂が俺の周りに凄まじい圧力を伴って集まる。

 俺の視界を覆いつつ、圧殺するのか、あるいはそれを盾にしながら飛び込んでくるのかはわからないけど。


「落ち着いて話しましょう?ディブロスさん」


 砂が集まったのがほんの少しだけ遅かった薄いところ。そこに花篝を振り下ろし、球体から抜け出す。初めて、ディブロスさんの顔に恐怖が見えた。


 "……え?恐怖?なんで?"



 俺は一瞬、歩むのを止めそうになるが、このままではセーマさんが降りてくる。そうなる前に早く止めないと。


「その魔龍に操られてるんですよね?大丈夫です。必ず助けます」


「チカよるな!君は、ナゼ!?」


「あ、ディブロスさん。意識が戻ったんですね?」


 よかった。全力を出して正解だったようだ。痛みか、攻撃を受け流される驚きからかは分からないが、会話ができている。


 しかし、まだ油断は出来ない。アルペシャの時は中に悪しき者の仲間がいた。であれば、あの魔龍を完全に引き離すまでは安心できない。


「よかった。あとはその魔龍を取り除けば……」


「クルな!ウごクな!」


 ディブロスさんはジリジリと後退りし始めた。恐らく、形勢が不利になったと見て魔龍がディブロスさんに変な想像でもさせているのかも知れない。

 俺はより強く、一歩前に踏み出す。


 "早く助けてあげよう、ウェス"


『……はい。トウヤ、あの。聞いてもいいですか?』


 こんな時にどうしたのかと思いつつ聞こうとするが、続けてウェスから若干の怯えの気持ちが伝わってきた事で俺の足が止まった。


『なぜ、今トウヤは笑ってるんですか?』


 "え?"


 床に左手の日本刀を突き刺し、顔を触る。


 "あれ?気がつかなかった。本当だね。なんでだろ?"


 まあでも、特にやることは変わらない。強く踏み込み、めげずに周囲を覆いつつあった砂塵を爆炎を持って吹き飛ばす。

 吹き飛ばした砂が回転しながら槍を形作り、俺に対して降り頻る中をただ歩く。

 ただ歩くだけで、それは避けられる。破壊力を増すためにただ密度を増しているだけでは、俺には当たらない。


 近づいても、ディブロスさんは最早動かず。

 悲鳴のような咆哮をあげながらアレゾークを振り下ろし俺を潰そうとするが。


「これで、大丈夫です」


 振り下ろしたそこに俺はいない。


「あ、ああアアアア!?」


 俺はディブロスさんを真横から斬りつける。魔龍を、その黒い物を狙って。

 燻すような臭いが広がり、魔龍が抵抗しようとするが、もう遅い。


 斬りつけたところから炎が吹き出し、魔龍を焼いていく。その瞬間、周囲に漂っていた砂が落下。ディブロスさんも、悲鳴をあげながらアレゾークを取り落とした。


「あ、あ、アアあ?」


 徐々に鬼化が解けていく中、魔龍がズルズルと離れていく。焼けた臭いが広がり、ズルズルとした魔龍は次の瞬間には猛スピードで走り去った。

 エリモスの住民を、その死体を踏み躙りながら、逃げようと必死のようだ。


 "……アレ、先に片付けないとまずいかな"


 俺は既に数百メートル先まで逃げている魔龍を追おうとして、やめた。


「う、ぐ。トウヤ君」


「あ、ディブロスさん。気がつきました?」


 俺はまだ警戒を解かない。何が起こるか見極めようとして。後ろで凄まじい光と爆発音が起きた。マルティアがうまくやってくれたようだ。


 俺と目があったディブロスさんは、俺から視線を逸らした。どうやら俺の後ろを見ているようだ。


「……僕は負けた。アスティを返しては、くれないんだろうね」


 そこには、アスティが立っていた。

 が、花篝が震えだす。やはり、そうなのだろう。

 俺はウェスから伝わる憎悪の気持ちを受け止めた上で、代弁する。


「アルペシャの時と同じか?芸がないな、悪しき者」


「へえ?ずいぶん強気だな?契約者風情が」


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