第4話新たな出会い、新たな謎

 トンネルを抜けると、そこは大都会だった…


 ってこともなく。

 街に着いた俺が目にしたものは、洋風の建築物が立ち並ぶ風景だった。

 なんだろう、ヨーロッパをもっと田舎にしたような作りというか。

 しかし、車の往来は活発で車窓から眺めると機械らしきものもちらほら見える。

 コンクリートには見えないが道路はよく舗装されており、滑るように車が走る。


 街中に入って暫く車を走らせると、大通りから裏通りに出た。

 その先には小さなゲートのようなものがあり、そこを通るとどうやら駐車場になっているようだった。


(コインパーキングかな……?)


 車をそのコインパーキングのようなところに停めた後、ウェスは停めるのに手続きがいるとかで小さな事務所みたいな所に向かった。

 少しまってて下さいとの事だったので、俺は周囲を観察してみることにした。


 駐車場なので車が並んでいるのは当たり前だが、俺のいた世界の車の形に近いものもあれば、背中に透明な金魚鉢を背負っているような車や、ぱっと見カタツムリみたいな不思議な車もあるようだ。


 駐車場と道路はフェンスで仕切られているが、金網には見えない。

 なにでできているのか不思議でなんとなく見ていると、駐車場の外にいた子供がおもむろにフェンスに向かって体当たりをしては跳ね返る遊びをし始めたのが見えた。

 すぐ母親に注意されていたようだったが、なるほど。非常に弾力があって柔らかいということは分かった。


 俺はウェスの手続きが終わって声をかけてくれるまでの間。

 立ち並ぶ西洋建築や行き交う人々の風景にただただ心打たれていたのだった。





 駐車場を出たウェスは俺の先を歩き、案内してくれる。少しテンションが高いように見えるのは気のせいだろうか?

 

 案内を受けながら周りを見渡すと、道には露天商が立ち並び、騎士のような格好をした一団とすれ違うこともあった。

 まるで何処かの国のお祭りのような情景に自然と俺も心が弾む。まあ、他国どころか異世界なんだけど。


 歩いていると色々面白い所が見えてくる。

 魚みたいな肌をしている人が何かの肉を売っていたり。逆にオークと言うんだろうか?イノシシみたいな見た目をした人が魚に見える物を売り込んでたりした。

 とりあえず、安いよ安いよってのはどの世界でも通じる事は理解しておこうと思う。


 あとは途中、どうみても機械を使って料理を提供している露天商がいたが、購入客はどう見ても長い杖とローブという、魔法使いか賢者かという見た目だ。

 もう少し安くしてくれんかとか話してるのも聞こえた。


 そのギャップが面白かった。






 目的の店があるとかで、数分歩いただろうか。

 さっきからウェスが色々説明をしてくれているのは耳に入ってくるが、何だろう。

 段々と聞き取り辛くなってきた。


 さらには、俺はここを知っている。

 と、脳みそが知らない記憶を思い出させてくる。


 なかなか、この感覚は気持ちが悪い。


 ”ここマンドシリカという異世界において、今いる大陸の場所をまず示す。

 地図を平面に描くとすれば中央に位置する大陸。

 名をグラナリトス。

 現在地は、その大陸でもっとも北側にある漁村、イクダック”


 突然脳に直接刻まれるような感覚が起き、めまいを覚え立ち止まっていると不意に声がかかった。


「トウヤ?どうしました?」


 ウェスだ。すこし先を行っていたウェスがこちらに戻ってくる。


 声を出したいが、出ない。


「う、ぶ」


 歯を食いしばって耐える。中々に吐きそうだ。


「…そうでしたね。ごめんなさい。久しぶりに誰かとの外出に舞い上がってしまっていました」


 駆け寄ってきたウェスが何かを謝ってきているのはわかるが、脳がその内容を認識できない。


 でも謝られたことは分かる。

 なんでウェスはこんなに良くしてくれるのに謝ってばかりなんだ?

 ウェスが俺に謝ることなんて一個もないんだって。

 助けてもらってばっかりで。俺のほうが謝んないと……


 伝えたい。

 言葉を言いたいのに一言も発せない中、ウェスは俺の頭に手をかざし何かを唱えている。


 魔法を使ってくれているのか、不思議と少し楽になりつつある。が、だめだ。


 "魔法名 癒しの手 肉体を癒しす力がある"

 また、勝手に脳が動く。


 知らない事が思い出される感覚と、言葉を理解できるが認識できないという感覚が、また吐き気に拍車をかけ始めた。


(だめだ、もう限界。吐く)


 意識がグルグルと回る中。

 ふと、小さい何かがウェスに話しかけているのが見えた。


 その小さい何かは俺のほうに向きなおると何かをぶつぶつと呟くと


 俺の頬におもむろに手を添えて…


 ”バチーン!!!”という音が鳴るくらいの勢いで叩かれた。


 って。えええええ!?


 その衝撃で体が後ろに後ずさり、脳がグワングワン揺れる。

 脳が揺れたのと同時に”吐き気が吹き飛び”意識がはっきりした。


(なんだなんだ?一体何が起きたんだ!?)


 意識がはっきりとはしたが、なんだろう。

 カメラのピントが被写体に合った感覚というだけだ。認識が追いつかない。


 俺は状況に混乱していると、目の前の小さいのと目が合う。


(あ、人だったんだ)


 そんなことをボヤっと考えていると、その小さい人は俺の耳をグイっと引っ張った。


 すると


「アホー!ワシの店の前で何するとこだったんじゃ!!」


 と、それはそれは大きな声で叫びをあげたのだった。





「こちら、マケリテル魔道具店のオーナー、リテルさんです」


 先ほどのちょっとした騒動の後。

 何やらバニラのような甘い匂いが充満し、怪しげな薬品棚や巻物が沢山並んでいるお店のカウンター席に俺はいた。


 リテルという人物があのあと直ぐに店内に通してくれ、ウェスと俺に甘い菓子とミルクを出してくれたのだ。

 味はカステラのような物だが食感はケーキなのかプリンなのか。不思議だ。


 それはともかく。

 吐き気は飛んだとはいえまだ会話内容と呂律が怪しかった俺が落ち着いたところを見計らい、自己紹介しようという流れになったわけだ。


「うむ。ワシの名はリテル。この店の店主であり、魔道具士1級の資格を持つ。ウェスとはもう長く取引させてもらっておる。よろしくな、わらべ


 尊大に胸を張り、鼻すら高々になっていそうな子供。

 男の子か女の子かわからない中世的な見た目をしており、目は少々釣り目。

 茶髪を肩までおろしたリテルと名乗ったその子は、普通の人とは違う点が一つあった。


「…わらべ、何を見ておる?」


「いやあ、なにも…」


 耳だ。どう見ても猫と思われる耳がぴょこぴょこと揺れている。

 どうやら尻尾はないようだが、俺はどう見ても生きて動いているファンタジーな猫耳を見て場を取り繕うのに必死だった。

 

 猫と犬は人類の友だ。どの世界でもそれは変わらない


「ふむ、まあよかろう。して童の名は?」


 この子、見た目に反してすごく尊大な口調だと思う。


 思うが、しかし。しかしだ。

 こういう世界でよくあるのが、こう見えて本人は長命な種族で何百歳。

 とかそういう展開だ。


 ウェスとの取引が長いと言っていたし、目上だろう。

 魔道具士一級というのもよくわからないが、なんかすごい道具を扱うのに必要な資格なのかもしれない。ほら、危険物取り扱いみたいな。


 しかし、目上…

 くりくりとした純真無垢な目、ぴょんと伸びたアホ毛。

 めうえ、だろう。多分。きっとそう。


「ええと、敷上しきがみ 刀矢とうやです。リテルさん、よろしくお願いします」


 頭を下げる。なにやらリテルは驚いているが気にせず続ける。


「まずはありがとうございました。さっき叩かれたのは助けてくださったんですよね?」


 リテルの耳がなぜかピンとなり、目を見開き始めた。

 なんか徐々に瞳孔が開いてる気がする。


 怖い。


 なんだこの、えっと。


 この子。いやこの方?は。


「ええっと。とても楽になりました。あと、このミルクとお菓子はとっても美味しいです」


 リテルさんのおかげで助かりました。と勢いで最後まで言おうとした所で。


 リテルは泣き始めてしまった。おいおいと、大声でしゃくりをあげて。


「……て、えっ?なんで?待ってください。なんで泣いてるんですか!?」


 思わず勢いよくウェスのほうを見て助けを乞おうとする。


 子供を泣かせた描写にしか見えないだろこれ!とか焦っている必死な俺と目が合ったウェスは、ため息をつくとリテルの背中をさすり、あやしはじめた。

 その姿はまるで姉妹か、姉弟か。


「リテルさんはこの見た目のせいか、初対面ではまず子供扱いされるのです。

 ですからトウヤが見た目で判断しなかった事が嬉しかったんですよね?」


 この世界でも、というかこの世界の人たちですらそうなのね。

 俺は少なくとも対応を間違えていなかったようだ。

 そう思いながら二人を見ると、ウェスのあやすようなその声音を聞きながらリテルはうんうんと頷いていた。

 そのあとはグスっとか、ズピビなどの音しか聞こえてこない空間になっていた。

 もうなんか色々ボロボロのリテルはひとしきり泣き続けた。

 とはいえ、流石に暫く泣いて落ち着いたのか。

 徐々に肩の震えが収まっていき…


「うむ!」


 ばっと顔をあげ、真っ赤な目元を潤ませながら尊大な態度にもどった。


「合格じゃあ、童!いつでもこの店の門をくぐるがよい!あとおぬしらは商品全品50%オフにしてやろう!」


 えらく機嫌がよくなったリテルがすさまじい提案をしている。


 ただでさえお客居ないのに、赤字になりますよ。なんてウェスが突っ込みを入れている光景はなんだろう。気心が知れているというか。

 ほほえましいその光景を尻目に、俺はいただいたお菓子をかじるのだった。





「必要品はこれで全部かの?」


 どさっと荷物をカウンターにおいたリテルがウェスに確認している。


 ……結局あの後、今回は本当に50%オフになることが決まったため俺の必要品は大分安く収まった。

 ちなみに、貨幣の話が出たときに日本円と換算していくらだろう?と脳が勝手に”思いだそう”としてしまったのだが、リテル、ウェス両名が止めてくれた。

 その際『またあんな風になりたくないなら今日は何かを考えるのすらやめておけ』と言われたのだが。

 

 なんでこんなことになったかと言えば、あの強烈な吐き気は”知らないことを思い出す”ということに対しての代償行為らしく、初回のみ脳に尋常じゃない負担がかかるそうで。

 さっきリテルは店先に来た俺たちの様子がおかしいことに気が付いて強化魔法を拳に乗せて打ち込んでくれたらしい。多分一種の麻酔代わりなのだろう。

 

「まあ、何にせよ店先が汚れんでよかったわい。強化魔法はさっき言ったように今日の夜中までは続く。それまでに寝てしまえ」だそうだ。


(……ほんと、色んな人のお世話になってばかりだ)


 そんな風に店内を見ながら考えていると、名前を呼ばれた。

 振り向いて二人を見ると、購入品の確認が終わったようだ。

 この店は魔法道具以外に生活雑貨店もやってるんだ、という感想を言おうとしたのだが、そんな俺を置き去りにしてウェスとリテルは確認したものをすごい勢いで袋に詰めていく。


(……なっ!?くそ、手伝う隙が見つからない!)


 数分後、詰め終わったものを持つのはさすがに俺にやらせてくれと荷物持ちを買って出た。


 ウェスがやたら心配してくれるし、すごい持とうとしてくる。

 が、ここまでしてもらって何もしないのは筋が通らないからな。

 ただでさえ俺の荷物買ってもらって、さらにその荷物持たせるとかどんな最低男だ。死んだおじいちゃんに殴り飛ばされるわ。


「リテルさん、また来ます」

「本当、お世話になりました」


 日が暮れ始め、人の往来が減った通りに出て振り返る。


「よいよい。童、おぬしとウェスは敬語もいらんし、リテルと呼び捨てで構わん」

 ウェスにはいつも言っとるがな!

 なんて、また得意げな顔だ。


 どうやら仲良くなれたらしい。

 今後もお世話になるだろうし、お言葉に甘えよう。


「わかった。リテル、ありがとう」


「ありがとうございました」


 にこにことリテルは手を振っている。

 なんだろう、すごくいい人だったな。

 俺とウェスは別れの言葉を述べ、帰宅の路につこうときびすを返した、のだが……


「童」

 リテルに呼び止められた。


 振り向くと、リテルがこっちに駆け寄ってきた。

 にこにことしており、ウェスに内緒の話じゃとか言って笑っている。

 何だろうと気になっているとちょいちょいと手招きされた。

(耳を貸せ、ということだろうか?)

 俺はなんの躊躇いもなく耳を貸して……


「童、お主の祖父。ジンヤは偉大じゃった。おぬしも負けぬよう励めよ」


 ……は?


 思わずリテルを見るが、一瞬あいまいな笑みを浮かべたあと、店に走って行ってしまった。

 ウェスの声が近いのに遠くから聞こえる。


(なぜ、じいちゃんの名前を知ってんだ?)


 俺はウェスが荷物を腕から無理やり奪い取ろうとするまで、その場で呆けていたのだった。

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