第5話客人
俺はまた、あの白い空間にいた。
ウェスの声だと今はわかる声が、頭の中に響いてくる。
“生きたいですか?”
ああ、これはきっと夢の続きだ。
そういえば昨日出かける前にお茶飲んだっけ。
ふと昨日のことを思い出す。
出先から帰った俺は、とにもかくにもいったん寝てしまうことにした。
夜には強化の効果が切れるといっていたし、リテルがじいちゃんの名前をなぜ知っているのかを考えたかったからだ。
ウェスに告げようとしたが、帰るなり無理しないで寝てくれというのを丁寧かつ簡潔に圧力を伴って言われてしまったので、寝るしかなくなったのもある。
(いつの間にか寝落ちしたってことだろうか)
言葉は続いている
“しかし、あなたの魂は傷つき過ぎています。
癒せたとしてもその後は今よりも過酷な世界が待っています。
それでも、生きたいですか?“
ああ、はっきり聞き取れる。
耳を澄ます。
完全に聞き取れなかったところがいよいよ聞けそうだ。
“本当によろしいのですか?あなたは_____
(……そうか。ウェスが気にしていたことって)
完全に思い出した。
ウェスの目的、俺が呼ばれた理由。
そして、約束。
いや、最早契約と言えるそれと、そして何よりウェスの本当の…
……目が覚める。
窓を見ると、今日は曇っているようで、薄暗い。寒くはないが、どんよりとした空気だ。
(ウェスに会いに行こう)
俺は重い
昨日、ウェスが買ってくれた用品の中に寝巻があったので、それを使っていたのだ。
なかなか心地よい寝心地だった。
これ、もしかしなくても高級品では?
自分のお金じゃ無いけど、コレ半額でよかったのかなー?とか思いながら。
ふと、視界の端をみた。
丁寧に折りたたまれている元の世界の服をつかみ、ポケットを探る。
(スマホは、っと。ああ、あった)
電池は切れていないが、もう少しで10%を切るところだ。
多分今日には何もしなくても電源が切れるだろう。
開くのは、あの日最後に見たメッセージアプリ。
(いつか届く事があればいいな)
そう思いながら、俺はメッセージを打ち込み送信を押した。
『おはよう、ウェス』
そう言おうとした俺は出鼻をくじかれた。
送信ボタンを押したあと、俺は屋敷を歩き回りウェスを探していた。
ここはやたら広い屋敷なので結構歩き回る羽目になるようだ。
暫く歩き回って、ようやく人の気配がした。
近づいてみるとどうやらウェスの他に女性の話し声が聞こえる。お客さんが来ているようだった。俺は邪魔しないように、少し離れたところから様子を伺った。
ウェスと会話している相手は、ウェスとは対照的に見えた。
ウェスは何かこう、暖かくなるような雰囲気を持っている。
それは決して赤いドレスを着ているからではないだろう。
しかし、ウェスと会話している相手は。
魂まで冷えそうな薄い青のドレスを着ており、冷たい雰囲気をまとっている。
長く伸ばした金髪が、窓から差し込む陽光にキラキラと照らされていた。
瞳は冷たい雰囲気とは裏腹に燃えるような赤い瞳をしており、顔だちもかなり整って見える。ウェスとはまた別方向の美しさがあり、多くの人は心の底から美しいと思うのだろう。
ただ、俺にはなぜか死のイメージが強くこびりついたのだった。
「……じゃあ、さっきの話。頭の片隅にでも入れといてね」
「お断りいたします」
「そう、残念」
何の話をしていたのかはわからないが、雰囲気は険悪そうだ。
声をかけるか迷っているうちに二人は屋敷の出口のほうに行ってしまったのだった。
ウェスの応対が終わるまで一人手持ち無沙汰だった俺は、屋敷で迷わないように間取りを覚えようと思い立ち、探検をはじめた。
とは言え勝手にウェスの寝室とか、魔法の家にありがちな秘密の部屋を探し当てたりしたら大変だ。
なので、やることといえば廊下を歩き回って部屋の配置を覚えるくらい。
それくらいのつもりだったのに。
まあ、やはりというかなんというか。
(迷ったんだけどね)
どこ行っても白い壁で、同じような間隔で部屋が配置されているんだもの。
どの廊下に出ても同じ光景というか。
「トウヤ?」
さて、どうしようかと迷っていると後ろから声がかかった。
「ウェス、おはよう」
朝の挨拶は大事。歩きまわりすぎて今何時かわからないけど。
「おはようございます、トウヤ。あの、なぜこちらに?」
聞くとここは使っていない客室のある棟とのこと。
なぜここにいるのかは俺にもわかんないや。
屋敷で迷子になっていた、なんて。
情けないことだが正直に伝えた。
「私は見慣れてますが、確かに迷うかもしれませんね」
と、ウェスは見取り図があったような、なんて言いながら隣を歩いてくれている。
(……さっきの人のこと、ウェスに聞いてみるか)
「さっきのお客さんは?なんか不穏な空気が流れてたけども」
すると一瞬、ウェスにしては珍しく不快感を
「彼女はアルペシャ。親の世代からの知り合いです。傍若無人、傲慢の塊みたいな方ですよ」
ウェスがそこまで嫌うとは。
「トウヤが気にする相手ではありません」
思い出すのも腹立たしいといったところだろうか。ウェスはそのまま口をつぐんでしまった。
ううむ、いつもお世話になってるんだ。何か恩返しくらいできないだろうか?
たとえば、そうだ。
「ウェス、気晴らしでもしようか」
「気晴らし、ですか?」
「そう、運動するとかさ。何かいっしょにできることとかないかな?」
ウェスは少し考えた後。
では、お付き合いいただけますか?なんて言って微笑んだ。付き合いは短いけど、本心からの笑みだとわかる。
よかった。
まんざら悪い提案でもなかったようだ。
二人の息遣いが部屋の中に静かに響く。
たまに熱が入りすぎて、もっと!とか、そこ!とか息を切らしながらも叫ぶように声が出てしまう。
でも仕方ないと思う。
俺は本当に久しぶりで、気を抜くとすぐ飛ばされそうになるからだ。
ウェスのほうは余裕そうだ。
少し息切れは起こしているものの腰の動きはまだまだキレがあった。
お互い落ちてくる汗にも構わず肉体をぶつけ合う。ああ、こんなに気持ちいいのは久しぶりだ。
(そう、こんなに……)
気を抜いたらあっという間に(意識が)飛ばされそうになる戦いは、本当に久しぶりだった。
「ッシ」
ウェスの蹴りが来る。鋭く鞭のようにしなるそれは、まともに受けたらいけないと脳が警鐘を鳴らす。
“警告 “身体強化魔法” の発動を確認“
女性の蹴りとは言え、今回は“魔力で強化”されている蹴り。
(危険だ__!)
俺はそれを足さばきを使って下がりながら威力を減衰させた。
そのまま右手の腕で受け、半身で踏み込み左手で
ウェスはそれをすり抜け、バック転で距離を離したのちに構えをとる。
(うーん、どうしてこうなった!)
先ほど気分転換を提案したところまではまだいい。
ただその後のウェスのストレス発散というのが、まあ完全に予想外だった。
『私は“少々“体を動かす事が好きで』
いや、魂に刻む云々やってる時から片鱗はあったよ?
それに"少々"で嫌な予感はしたけど、こんなに本格的にいい動きができるなんて聞いてないぞ。しかも魔法で強化アリときたものだから始末に負えない。
ウェス曰く
『刻んだ知識が戦闘中やトラブル発生などの際にとっさに思い出し、無事に使えるかテストしましょう』
とのことで。
さっきも魔力強化の蹴りと判別できたのも脳が勝手に“思い出す”ことで判別できた事だ。
事前にウェスが魔法使いますよーなんて言ってはくれない。
構えながら息を整える。
ウェスと組手しながら気が付いたのだが、この"思い出し"は相手がこっちに“敵意“を持って迫ってくる場合。
相手を“視て“いる限りは警告として脳が教えてくれるようだ。
開始前にウェスが、万が一俺が怪我したときに発動するように調整した“癒しの手”を俺に付与してくれた。
その時は警告なんて浮かばなかったから、たぶんそういうことなんだろう。
問題は別にある。
それは俺の動きに俺が対処できていないことだ。体が覚えている動きが、より洗練されているというか。
“武道“ではなく、武“術“として仕上がっている。
自分の体が小さいころから覚えた所謂武道の“型“。
その型の内容が相手をより素早く倒すための物に組み替えられているという感覚。
そして、知らない技術を何年も使ってきたかのように体が覚えている、という不思議な感覚。
厄介なのは習った覚えのない動きが連携に組み込まれているあたりだ。
その動きを意識より先に体が再現してしまうため、意識が後から引っ張られるという状態に陥っており、どうにも混乱する。
しかし確信した。
“戦える“
あの通り魔の時、これだけ動けたなら無傷で制圧できたろうという確信が生まれるほどだ。
これが“少々”の結果なのだろうか。
「なかなかですね」
ウェスはまだ構えを解かない。
上半身はボクシングのような構えだが、足運びは空手とカポエラを混ぜたような動きだ。
手合わせする限り感じたのは、魔法で強化できる分パンチはとにかく素早く打ち込んで当てにいき、全体重+強化の蹴りでとどめを刺す構成だろう。
でも、魔法強化されたパンチの威力が軽いわけでは無い。なぜわかるかって?
さっき壁ギリギリで避けたとき、拳圧で壁に穴があいたもの。
…なんだろう、俺の中でウェスの印象が大分変わってきているぞ
ちなみにウェスはドレスから着替え、これまた赤い運動着のようなものを着ている。
髪を縛ってやる気満々だ。
あれか?赤いのは実は熱血だとか、3倍速いとかそういう
ふと意識を戻すと、くだらないことを考えていた俺にウェスが迫る。
警告 “身体能力強化”検知
警告 “影の支配権”検知
また強化してきた!と思ったの同時に、見慣れない文字の羅列が目に入ってきたため思わず身構える。
ウェスの姿がぶれた
嫌な予感がした俺は、構えたまま左足を軸に右足を下げ時計回りに半回転する。
その直後、ウェスは俺がさっきまでいた場所に現れ、拳を振りぬいていた。
「!?」
まさか避けるなんて!みたいな顔!?
あんなもん喰らったら死ぬわ!
と、内心すさまじい拳圧と謎魔法にビビり散らかしているため叫びそうになるがぐっとこらえる。
そのままお互い構え、睨み合う
半歩踏み込めば互いの間合いだ
構えたままお互い見やり、そして……
「この辺にしましょうか」
晴れやかな微笑みを浮かべるウェスの言葉で、無事お開きになったのだった。
「本当にすみません、少々熱が入りました」
頬を少し赤らめ、いつものドレスをまとったウェスが謝ってきた。
あの激闘(ストレス発散)から約一時間三十分ほど。
異世界の食材に興味があった俺はウェスと一緒にご飯を作り、大広間で二人、食べ始めていたところだった。
ちなみに、今いる大広間は以前ウェスを探した時に行かなかった3階にある。
「いいよ、俺も久々に楽しかった。でも、ウェスの少々は少々じゃないからね?」
本心を伝えた。
あれだ。いいのを貰ったらスイッチ入っちゃうみたいなもので誰にでもある。
それに、ストレス発散にはいくらでも付き合うし、今回みたいのだってウェスの頼みなら大歓迎だ。
ただ、ただね?
少なくとも“少々”については自覚はしてほしいと思い、その願いを視線に込めたところ、無事に伝わってくれたようだった。
なんだか少し小さくなっているウェスを見る。
そこでふと、朝見た夢を思い返した俺は口を開く。これは、きちんと話さないといけないことだ。
「あのさ…」
ウェスがふと視線をあげ、俺と目が合った瞬間
「こんばんわぁ」
何者かの声が聞こえたかと思うと、轟音と共に壁と室内の物が吹き飛んだ。
土煙が沸き上がり、視界が見辛くてしかたない。
俺は吹き飛んだ時の衝撃で5メートルほど椅子から投げ出されるも、受け身をとって壁のほうを向きながら体制を整えた。
と、同時に黒い影が俺に迫ってくる。
半歩引いて近くに飛んできていた椅子を投げつけてけん制。
黒い影は思ったより巨体だが、勢いそのまま椅子に激突。が、だめだ、止まらない。
そのまま俺に突っ込んでくるのを
「っ」
横に向かって力任せに飛ぶ。
無様にも転がるように何とか避けた形だが、危機は回避した。
ゴオオンという音と、煙を巻き上げながらさっきまで俺がいたところに、黒い何かが立っていた。
ソレは拳を地面に叩きつけており、床に穴が開いている。巨体は黒い甲冑を着た騎士のように見えた。
って、今はそんなことより。
ウェス、ウェスは?
付近を見渡す。
ウェスが座っていたところはまだ立ち上る煙でよく見えない。
目を凝らしてウェスを探す。
必死に探している中、視界に炎が
さっきまで舞っていた煙はその炎が現れた瞬間吹き飛び、消え失せる。
段々と強くなっているように見える炎の中心に、彼女はいた。
額から軽く血を流しているものの、無事のようだ。
「ウェ…」
声をかけようとした時、黒騎士が動いた。
俺が気づく
騎士がもうウェスのほうに
手を伸ばす
黒騎士はウェスに
届かない
追いかけて
間に合わない
(黒騎士の方が、早い!)
「ウェス、危ない!」
駆け寄ろうと足に力を込めながら叫びをあげる。
騎士は鎧を着ている。
いくらウェスの体術が強くても、あんな速度で突進されたら!
ウェスは一歩も動きはしない。
ただ一瞬。
虫ケラを見るような目を黒騎士に送ると、気怠げに片腕を振り上げた。
その次の瞬間、黒騎士は消え失せていた。
「え」
絶句する。今、ウェスは何を?
「どうやら」
見る。ウェスらしき何かは口を開いている。
でも、あれは
「無礼な客人がいらっしゃるようですね。
”アレ”は本当にウェスなのか?
最早爆炎とも言える炎がウェスを中心に放たれ始める中。
俺は動くこともできず、ただ立ちすくしているのだった。
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