第22話 麻袋に秘めた想い
王城 ガロフロシス
魔層壁によって守護されたエリアにあるこの城は、城本体も魔層壁によって建築されている。
魔層壁とは、魔力で重ねられた素材を幾重にも重ねた素材であり、非常に防御性能が高い。
そのためこの壁は、アント・バリオンなどの厄災レベルの魔獣を軽く跳ね除けるらしく、さらには城の内外を特殊装騎と言われる精鋭達が守りを固めている。
特殊装騎。
通称特装と言われる彼ら彼女たちは、各々が最も得意とする武具を携えている。
セーマさんは大剣、マルティアは大弓。
大弓、マルティアが、弓である。
斧とか槍とか大剣だか持ってそうな見た目なのに。
魔法の実力も相当高いメンバーで構成されており、現在団長は不在。
副団長はセーマさん、その(自称)右腕はマルティアだ。
それらが軍として統率されて動くわけだからかなり強い。
とはいえ、単体1人1人相手にすれば俺でも戦闘可能らしい。
嘘か真か、制圧も可能とウェスは言う。
「前に言った事は本当です。
貴方本来の戦い方を躊躇わなければ、体術や剣技に限れば、この世界にトウヤ程戦える人間は滅多にいない筈ですよ」
「…本来の?」
「はい。元になった動きは貴方の魂に刻まれていました。貴方は”人”相手に使うことは躊躇っている気がしますが」
なんて。
そんな自分的には厨二心をくすぐられる会話を行なっているここは、ガロフロシスのエントランス。
内装は白亜の壁や大理石のような床で建築されており、意匠にこだわりがある椅子やら白い大きな柱などがひと際目を引く。
城内ではツノの生えた亜人や、トカゲのような異人がなにやら難しい顔で歩き去って行ったり。
ふと周りを見渡すとアレは騎士だろうか。
鎧を着た人間と亜人の男女が談笑しているのが見えた。
なんと言うか、ファンタジーだ。
マンドシリカに来てこんなにファンタジーなのは初めてと言うくらいだ。
ここには謁見の時間になるまでここで待ってくれとセーマさんが通してくれた。
どこか個室に通そうともしてくれたのだが、厄災級の魔物が現れた事で対策会議やらなにやらで各部屋を使用中らしく、階層を変えれば個室を用意できるとの事。
そこまでしてもらうのもなんなので、ここで待つことになった。
「待たせたな、2人とも」
セーマさんが大階段から降りてくる。
赤い鎧に白いマント、特装の鎧を着た彼女はウェスの知り合いだ。
「全く、待ちましたよ」
「そう言うな、ウェス」
2人は古い知り合いらしく、軽口を言い合う。
ウェスにしては珍しい対応に新鮮味があって見ていて面白い。
「トウヤ君も待たせたな。さ、王座はこっちだ」
「よろしくお願いします」
なんて言いながら、内心焦る。
やばい、この世界の礼儀作法とか聞いてない。
「大丈夫ですよ。トウヤ」
俺の顔色で察したのか、ウェスが話しかけてくる。
「フランクな方ですので、そこまで思い詰めなくても大丈夫です」
とはいうものの。
武道をやってると自然と礼儀作法に厳しくはなるわけで。
やっぱり少し不安な俺だが、気が付いたら玉座は目の前。
ここまで来たからには覚悟するしかない。
とりあえず、礼儀作法はウェスに合わせようと思う。
待つこともなく、やや早足に見える足取りで。
しかし雑なわけではなく、洗練な高貴さを忘れない足取りで俺たちの前に王が現れた。
厳つい、威厳のある顔だ。
口髭を蓄え、右目には刀傷のような痕がある。
目つきが鋭く、睨むだけで人を殺せそうな目をしており、白と赤を基調としたローブを纏って現れた王は、右手にはデカい杖を持っていた。
よくある王杖とか、魔法で戦うための物だろうか?
いや。
見た目で判断してはいけない。
きっと凄い、フランクな方なんだろう。
いやでも、あれで?あの見た目でフランク?
ほんと?
王はセーマさん以外に下がるように伝え、玉座の間には俺たち4人のみとなる。
王の隣につかつかとセーマさんが歩いて行き
「イドス王の御前である。控えよ」
想像以上に厳かな雰囲気になった。
どこがフランクなんだろう、と内心では疑問に思いつつ。
”最初が大事だな。うん”
そう俺は控えようとして
「という堅苦しいのは無しだよね。父さん」
そんな気の抜けた声が聞こえた。
「ああ、やってられるか。ウェスちゃん、よくきたな!」
続けて俺の方を見て
「君がトウヤ君か。報告通り、礼儀正しい青年だ!」
ガハハハ!と笑うイドス王
玉座から降りてきて、最近顔見せないから心配してたんだよ。
トウヤ君も遠路遥々大変だったね。
なんて朗らかな、人懐こい笑みを浮かべている。
近所のおじさんが何かだろうか?
よくきたなあ何て言いながら西瓜を切っているのすら見えたのだ。
一瞬そんな幻視が見えた俺は絶句していると、セーマさんが近づいてきた。
「ごめんね、ウチの父さんこんなだからさ。昔、ウェスに怖がられないようにってやってたらいつしかこんな風になってて」
セーマさんもフランクになっていて驚くが、そうか。
この二人親子だったのか。
「ずいぶん、親子そろってフランクなんですね?」
「まあ身内用の顔だけどね?昨日ウェスから色々聞いたよ。
しかも、トウヤ君はウェスを助けて、更には厄災討伐に大きく貢献した。これは、ウチからしても大きな借りなのよ」
そう言って俺に右手を差しだしてくるセーマさん。
固い握手をする。
「・・・昨日は部下もいたし、ゴダゴタしてたから言えなかったけど。改めて、ありがとうね!」
父親によく似た雰囲気の朗らかな笑みを湛えたセーマさんはそう微笑んだのだった。
「なる程、悪しき者、ウェスタの子供達…」
挨拶も済ませ、アント・バリオン討伐報酬を受け取り、次に俺の身分証の話になった。
厄災級の討伐が行われた場合。
本来は何らかの式典が開かれるらしい。
が、今回は事情が事情だったため、そこは略式、かつ秘密裏の賞金渡しのみ。
王様は祭りしたかったねえなんて言っていた。
今は真面目な顔で思案しているが、大丈夫なのかこの王様は。
それと、どうやら2人が言っていた伝手とは王様の事だったらしい。
俺は王様が伝手なら検問とかであんなに焦る必要なかったのでは?と思ったが。
セーマさん曰く
「ちょっと理由があってね。ウェスやリテルが何かやっても。
まあある程度揉み消したりはしてあげれるけど、それはあくまで内々の話。人目に触れちゃうとそうはいかなくなるのよ」
まあ、政治的な。と締め括る。
「何かもなにも、もみ消しが必要なことなんてするわけないでしょう?」
とウェスから突っ込まれていたが、それでも色々事情がのは分かった。
「二人の事情はわかった。身分証の発行は任せなさい。また、悪しき者の対策も各国連携して事に当たるよう動く」
そう力強く宣言してくれた。
しかし、と続けて
「トウヤ君の事情は特殊だ。カバーストーリーを作るのも兼ねて、7日程、時間を貰う事になる」
「結構かかりますね?」
ウェスが訝しげな表情だ。
「すまんな、ウェスちゃん。最近魔獣の被害が増えてて、と。そうだ」
何かに気がついた、のか?どこか芝居がかった様子で、王はセーマさんに何か書類を持って来させる。
「君達は砂漠の鬼を知っているかい?」
そういうと、王は俺に資料を渡してきた。
「いえ。砂漠の鬼?」
「ああ。最近、砂漠の独立都市にて奇妙な咆哮や破壊活動が見受けられるそうでね。
とは言っても、それは郊外での事で、今の所誰も死傷者は出ていない」
資料を捲る。
この世界の言語は問題なく読めるので資料を追っていく。
どうやら破壊された建築物や、倒壊した建物はあるようだ。
しかし確かに、今のところ人の被害はないようだった。
「あそこは古来から住んでる部族が元になった独立都市だから、私たちザ・王族特務みたい存在が行くと内政干渉だーって言われちゃうのよ」
そう言って肩を竦めるセーマさん。
イドス王は頷き、続ける。
「とはいえ、向こうの王とは個人的に酒を飲む仲でな。本当は特殊装騎の助けが欲しいらしい。しかし、向こうにも国民への示しがある」
「それで、一週間の間に様子を見て来いと?」
「うん。頼める?ウェスちゃん、トウヤ君」
途端におねがーいという表現がピッタリな顔でこちらに頭を下げてくる王様。
簡単に王様が頭下げちゃダメでしょ!
いや、勝手なイメージだけど!
「そんな簡単に頭下げんじゃないの!」
あ、セーマさんに叱られて叩かれてる。
それはいいのか?
少し逡巡していたウェスは俺に向きなおると
「トウヤはどうしますか?」
と、俺に判断をゆだねてきた。
3人の視線がこちらを向く。
”え?なんでそこを俺に振るの?”
内心焦るが、俺は素直な感情を三人に告げる。
「まあ、その。今は被害が出てなくても、出る可能性がある以上は放っておけないと思う」
「なら、行きましょう」
ウェスがまっすぐ俺を見てきた。
どちらからともなく2人頷く。
セーマさんがなにやら珍しい物を見るような顔でウェスと俺を見る中
「ほう。うん、そうか」
なにかを納得したイドス王がこちらに寄ってくる。
「君が契約者でよかった。ウェスちゃんを、守ってあげてね」
肩にポンと置かれた手は、大きく、また暖かい気がした。
「では、身分証の件は任された。
向こうには我々から話を通しておくから、トウヤ君も滞りなく入れる筈だ。よろしく頼む」
そんな少し堅苦しい口調に戻ったセーマさんの言葉を背に、王城を後にした俺たち。
リテルとはどうやって連絡を取るのかと思っていたら、ウェスは懐からリシアさんが連絡を取るのに使っていた携帯みたいな物を取り出してなにやらメッセージを打ち始めた。
これの正式名称は
【契約者専用連絡魔導帯同機】
通称 契帯
結局ケイタイじゃねえか!という俺の心中とは裏腹に、予定は進んでいく。
どうやらリテルから合流地点の指定のメッセージが来たようだ。
ウェスに見せてもらうと、その合流地点には俺の世界で見慣れた物があるらしい。
少し驚いていると、追記のメッセージが届く。
"あと、この道を通ってくると面白い物が見えると思う。入るかは、トウヤ次第じゃ"と。
王城のある区域を中を抜け、今は市街区に入った。
暫くリテルの指定するコースを辿って歩き続ける。
今のところ、リテルのいう面白い物らしきものは見当たらない。
2人でのんびり歩いている最中、なんとなく。
「…王様、想像以上にフランクな人だったね」と、話題を振ったのだが。
何故かくすくすと笑うウェス
なんだろう。
「トウヤ、中々緊張してましたね」
「う、そりゃね。王様なんて元の世界ならテレビの先の人だったし」
「魔獣には引かないのに、王様に引くなんて思いませんでした」
「魔獣はほら、話通じないから緊張しなかったんだよ!」
なんて、そんなことを言いながら。
ふと気がつくと大通りに出ていたようだ。
この辺まで来ると警備も少なくなり、また車の往来が増えるようで、若干活気が出てくる。
そんな時、気になる店が反対の道路にあった。
「ウェス、あれって…?」
「ああ。和菓子の店ですね」
Wagasi?
和菓子!?
「う、うん。どう見ても日本語で和菓子って書いてあるね?」
リテルの言ってたものはこれか?
”あの、少し寄っても”そう言う前にウェスが歩いていく。
すたすたと和菓子屋に向かって。
「来ないんですか?」
そう言って、振り向いた。
2人店内に入ると、まあそれは見事な和菓子屋さんだった。
「いらっしゃい、お客様」
甚兵衛のような物を着た、角刈りの黒髪のおじさんが座っている。
え?ここ日本?
「こんにちは、えっと、繁盛してますか?」
「それはもう」
なんて笑うおじさん。
「あの、日本の方、ですか?」
思わず聞いてしまうが、返答は
「いいえ、あっしはシュレキオンの生まれです」
そういう貴方は、異世界人の?
「―!?」
彼から飛び出た言葉に思わず警戒してしまう。
別に異世界人だということを隠すつもりはない。
でも王様やセーマさんにはウェスが伝えてくれたのはわかるけど、この人は?
「ああ、そんな警戒なさらず。あっしはこの店の初代社長、ジンヤ殿の3代目の後継者です」
えっ?
思わずウェスを見ると
「はい。昨日、トウヤがお風呂に入っている間にリテルさんに聞きました」
“時間があればトウヤをあの店の前に連れて行ってやってくれんか?”
「メッセージでも言っていたように、入るかはトウヤ次第じゃと言ってましたが。あと、入店したら繁盛してますか?と伝えるようにと」
こういうことだったとは、とウェスは言う。
「リテルさんにも世話になってます。お元気にされてますか?」
「はい、勿論」
「まあ、そうですよね。あっしらより元気に長生きされそうで。っと、ああそうだ」
店員さんは何かゴソゴソし始めた。
「リテルさんとの合言葉なんですよ。繁盛してますか?と男女2人が来て言ったら、これを渡すようにと言われてました」
「リテル」
ベンチに座って街を眺めていたリテルに呼びかける。
丘の上。
王都を一望できそうな場所に、それはあった。
“待ち合わせ場所は王都を見守るサクラの木じゃ”
こちらの四季はわからないが、まだ季節でないのだろう。
花をつけるわけでもなく、ただ王都を見守っているように見える。
「トウヤか。それを持っておるということは、まあ。入るわな」
ウェスと2人、和菓子屋を後にした俺たちはリテルとの待ち合わせ場所に向かった。
その場所がここだ。
「あの、リテ…」
再度呼びかけよう。
そうした時、言葉は遮られた。
「・・・ここはね。ジンヤが最後に帰っていった場所なんだ」
…そこから先は、何も。
誰も喋らない。
「…」
無言の俺たちの間を、風が抜けていく。
空高く舞い上がるように流れる風。
見えはしないが確かにある物を、俺とリテル、ウェスは眺め続ける。
リテルの表情は、こちら側からは読めない。
だが、それでもつらそうに、何かを堪えるように。
「…王都が作られた時にね。
アイツ、此処にワシが居た証として桜を埋めようとか言って。
…前に、ジンヤが寂しそうだから桜月を投げ入れたって言ったでしょ?
あれね、嘘なんだ。
ここであったことを、貴方も忘れないでって、それで、やっちゃった」
言葉を切った。
それでも、俺とウェスは待つ。
仲間の一言一言を、心に刻むために。
「…それ、ジンヤが置いて行った物。トウヤにとっての形見。だから!だから・・・」
ぴょんとベンチから降りたリテルはこちらを振り向き。
コホンコホンと咳払いをして。
「…じゃから、大事にせいよ!」
いつもの、朗らかな満遍の笑みでそう告げた。
俺の左手には、麻袋に入った日本刀が握られている。
風が強くなってきた。
「さ、行くかの!」
道行は、まだ半ば。
目指すは砂漠の独立都市。
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