第33話王都に舞う砂塵 序 交差する道

 郊外のあばら屋。

 ここは僕にとって、思い出の生家であり。最近では都合のいい潜伏地だった。

 だがそれと同時に、懐かしさを感じる友人たちとのほんの少しの思い出の場所になった。


 子供を殺され、復讐しかない僕の胸にはひどく温かみを感じるような。そんな過去を想起させる存在たち。

 昔からの友人の顔を見ていたら、全てを吐き出してしまいそうで。僕は恩人の孫に選択を投げてしまった。逃げた、と言ってもいいのかもしれない。


 情けないと自分でも思う。ミツゴノタマシイヒャクマデと云うことわざを恩人がむかし僕に言ったけれど。なるほど、確かにそうなのだろうと思う。


 そんな僕の目の前には


 その孫からの答えが、手紙として置いてある。


「そう、か。トウヤ君なら、そうか……」


 僕は、彼を信じてみようと、そう思った。


 でも、その思いはきっと“ダレか”からしたら、とてもとても都合の悪いもので。


「アスティ……!」


 僕は薄れゆく意識の中、失いたくなかった人の名を呼ぶ。



 きっと届かないその声は、宙に溶けた




 




「……本当に良かったのか?」


 メタルマイマイ2世にて王都に向かう帰路の途中。ふと不安げに、しかし心配するかのように問いかけてきたのはリテルだった。


 明け方目を覚ました俺は、郊外のあのあばら屋に車を寄せてもらいディブロスさんへの手紙を残して王都に戻ることにしたのだ。きっと信じてくれる、そう願って。


「…大丈夫だよ。リテル?よかったのかって、どうしたのさ?」

「……いや。そうじゃな。なんでもないぞ!」


 もしかしたら、いや確実にリテルは状況を察知しているのだろうと思う。でも、何も言わない。それは俺の選択を見守ってくれているのだろうと考えた。


 思えば昨日ついてきてくれたのだって、俺の様子がおかしかったのも理由としてはあるのかもしれない。


(おかげで楽しい思い出にはなったな)


 …かつての幼馴染との再会、友人の選択、年若い小僧の拙い正義感の発露。

 それを見ても何も言わず、ただ見守る事を選ぶというのは相当なことだろうと、俺は砂漠を抜け、だんだんと緑が増える外の景色を眺めながらそんな事を考えているのだった。





「…ウヤ!トウヤ!起きてください!」

「起きんか!はよ!早よせい!いや起きて!早く!」


「んえ?」


 どうやら。

 おれは気が付いたら外を見ながら寝ていたらしい。


 馴染みのある安心する声と、いつもよりテンパった耳に残る声を聞いて目を見開く。

 振り返るとどこか薄暗いメタルマイマイ2世の車中にて、不安げな顔をする2人の顔があった。


「……どしたの?」


 呆れた顔をして見合わせた2人がため息をつく。


 なんだなんだ?俺がわるいのか?







「砂嵐?」


 俺の問いに、深刻な表情で頷く2人。いや、なんで砂嵐でそんな顔をしてるのさ。


「いや、砂漠の街なんだから砂嵐くらいあるでしょ?」

 神妙な顔をしたウェスが頷く。その顔は真剣そのものであり、若干の緊張も混ざっているような気がした。

「勿論、砂嵐自体はよくあることです。ですがトウヤ、感じませんか?じっとりと纏わりつくような、この魔素の流れを」


 ウェスは神経を研ぎすませている。リテルも耳がピコピコと動くが、レーダーのようになっているのだろうか?しかし、いくら頑張って神経を研ぎすませても“思い出そう“としても俺は……


「えっと、ごめん。言ってることはなんとなくわかるけど、細かい事はわかんないや」


 あはは、と頬を搔いてしまう。アルペシャの時に言っていた魔素を使うと流れが違う、というやつだろうか?

 その感覚を“思い出そうとすると”魔素の流れを感知するやり方を知識で語ってくるが、そのまま使えるわけではないようだった。


(魔力が減ると息苦しくなるからなんとなく濃い薄いはわかるけど……)


 それにアント・ルー、バリオンの時のような視認していなくても出るような警告は出てないし、凄く危険な状況というわけではないような気がするが。


「……なるほど。トウヤは今後、本格的に基礎から魔法の勉強をしましょう。警告だけに頼るのは危険です。それに今後の為にも“思い出す“ことの弱点も克服しないといけませんね」


「トウヤ。まずは外を見てください」


「外?」


 俺はそのまま寝落ちする前まで見ていた窓から外を見る。

 外ではすさまじい勢いで砂が舞っており、視界はほぼゼロだ。自動操縦がなかったらすぐに事故を起こすであろうことは想像に難くない。


「結構な嵐だね。今どのあたりにいるの?」


「ざっと王都まではあと半日ってところまできておる。それゆえに、おかしいのじゃ」


「何が?って、あ……」

 王都からエリモスまで凡そ片道1日と6時間。

 ほぼ1日たっているのに、砂嵐?


「この辺はまだ砂漠が見えなかったはずだよ、ね?」


 寝てたりご飯食べたりしてたから正確な風景は覚えていないが、少なくともさっき寝落ちする前には緑が見え始めていたのに。


「気が付いたか。ここまで来てこんな嵐が起きることなど普通はありえぬ。それこそ」


 ウェスタの子供たちでも使わぬ限りは、と。


 リテルと、ウェスが俺を見る。


 話せ、と目が言っていた。






「そう、か。そういうことじゃったか。なんとなく、察してはおったが……」


 リテルは沈痛な面持ちで。ウェスはどこか達観した表情で俺の話を聞いてくれた。

 ディブロスさんとアスティに起きた事、夜中に二人で話したこと、そして俺がどういう選択をしたのかも。


「信じて、くれなかったのかな。そりゃ、そうだよな……」


 3人、押し黙る。薄暗い車内が砂の勢いで若干揺れる中、重たい沈黙が場を支配する。



 俺がディブロスさんに書置きで伝えた答えは、復讐の邪魔はしない。だった。


 でも、お願いをした。


 数日、待ってほしいと。イドス王とセーマさんに掛け合って、レクス王の傀儡かいらい化は伏せた上でエリモスの惨状を伝え、亜人排斥運動に加わった特殊装騎とくしゅそうきを割り出すから待ってくれと。

 その後どうするかは、決めていなかった。だからこうも添えてきた。


『割り出したら必ず、また来ます。その時にどうするかを一緒に考えましょう』




 あいまいで、中途半端で、どちらの立場にも立っていない答え。


 ディブロスさんからしたら、業腹物の答えだったのかもしれない。

 エリモスごと巻き込んだってかまわないって考えだっただろうし、そもそもそれも目的の一つだったのかもしれない。

(でも、色々まわってみて思ったのは……)

 誰か一人の復讐のために、無関係とは決していえないかもしれないが大勢が死ぬ光景は見たくない。そんな思いだった。


(エゴかもしれない。理想論かもしれない。でも、間違っているとは思いたくない)



「……それが、考えた末のトウヤ自身の選択なら。そんな顔をしないでください」


「ウェス?」


「トウヤは、自分で考え、決めて。それを選んだんです。なら、相手がどういう行動を起こそうが、トウヤがするべきことは自身の選択を後悔することではないのでは?」


「…そうじゃな。あいつがどう動こうが、あくまであいつの選択じゃ。おぬしの意思は、まあ少しは関係あるかもしれんが、決め手にはなりえんかったろうよ。で、トウヤはどうするんじゃ?」


 二人、どこか諭すように。

 しかし、見守るような瞳で、俺を見てくれている。



 誰かが何かをしたから、というのは誰かの選択であって、俺には関係ない。

 ただ自身の意思で、自身がしたい何かのために動けと。そう二人の目が告げている。


 俺は……


「二人とも、エリモスに戻ろう」


 待っていた、とばかりに笑ったリテルとウェスが微笑み


「……まったく、おぬしらは考えない方がいいぞ。そもそも小難しく考えすぎる癖がある。考えて余計に判断が鈍るのは、考えることに向いていないということじゃ。脳筋め」


「おぬしら?、ですか?リテルさん?」


 リテルさん?と圧を発するウェスと、視線を逸らすリテル。

 そんないつも通りの締まらない空気の中、メタルマイマイ二世の進路が切り替わる。

 戻り始めた俺たちは徐々に速度を上げ、急ぎエリモスに向かうのだった。




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