第32話 束の間の休息と、選択

 エリモスの商業施設をぐるりと回ったのち、街に出る。

 来た時は色々不快なもの見たので宮殿に急いだが、こうしてゆっくりと見渡してみると中々趣のある街だったのだろう。


 砂漠の中に駅ビルがあるような光景に最初は面食らったとはいえ、街の外を見れば広大な砂漠が見え、街中は美しいガラス工芸品店が立ち並び、異人や人で活気ある飲食店やブティックであふれている。

 ふと垣間見える異文化、異人種の作り上げる若干のゴミゴミとした景観は何も知らなければ見ていて面白かったろうとも心から思った。


「そういえば、リテルはなんで着いて来てくれたの?」


 例のポンチョを羽織り、顔だけ出しているリテルに問う。ウェスもリテルも観光を楽しみながら来てくれているが、ふと気になったのだ。


「んー?別に特別な理由はないわ。この街の事情は来る前に、それこそ店にいる時から知ってはおったしの」


 じゃが、と続けて


「その、あんな事になって、ワシもお主らには面倒をかけたからの。少しでも”楽しい思い出”にしたいのじゃ。トウヤが気遣ってくれたのはわかるが、待っているのではつまらない思い出になってしまう」


(…あ)


 これから楽しい思い出なんて山ほどできるわいと言ったリテルとの会話を思い出す。この人は本当に、いい人だと改めて思った。


「そうですね。リテルさんもとりあえずは元気になりましたし。でもはしゃぎ過ぎたらダメですよ?」

「じゃから、お前はワシの母親か!……いや待って?もしかして逆に年寄り扱い受けてる……?」


 そんなくだらない冗談のやり取りをしながら、街を3人でふらふらと歩く。

 元々の目的は忘れていないが、この2人といるとどうにも気が緩む。


 街並みを見ながら歩いていると、どこも治安が良いようにも見え、往来の活気は盛んだ。チラホラと1人で歩き回る子供の姿も見える。


 途中、砂漠の工芸品体験という看板が見えたので3人で入ってみたり、砂漠を泳ぐ魚の岩塩焼きという名産品を食べたりした。


 フランクフルトも食べたのにまた食べるのかと思いつつ、砂漠を泳ぐ魚に惹かれてつい入店してしまったのが運の尽き。

 出てきたのは形容し難い形をした魚に、砂漠色をした塩がベッタリの超塩辛い珍味だった。


 リテルは辛いものが好きなのでそれこそ猫のように食べ始めたが、俺とウェスはハオウジュドリンクというどことなくスイカの味がする物を飲む事で漸く食べ切れた。


 俺の脳はハオウジュを覇王樹と書いてサボテンと認識するのに、マンドシリカでは正式名称がハオウジュで味はスイカ、見た目は透明とか最早意味不明な代物である。


 意味不明、だが。

 ほんの少しだけ、異世界グルメ旅してみるのも良いかもしれないとも思った。





 食後に支払いをしてくれたウェスにリテルと2人で礼を言って、また街を目的なく歩く。


 財布をしまうウェスを見て、現状金銭面ではウェスとリテルに負担をかけている事に改めて気がついた。


(…身分証発行されたら、海を渡るか何かして別の大陸に行くんだよな?ウェスタの子どもたちを持つ人を頼りに。そのうち悪しき者と対峙する事になる……)


 目前の問題たるディブロスさんの件や、最悪死ぬこともあるのかもしれない、ということはとりあえず考えない。リテルの気遣いに水をさすことになるからだ。


(でも、倒した後は?イリニスが折れた今、ウェスの目的は悪しき者の打倒で、それを終えたらどうなる?)


 生活をするにはお金を稼がないといけない。それは仕事、社会との関わりを意味する。となると……


「ウェス、あのさ。失礼かもしれないけど、ウェスのお金ってどこから出てるか聞いて良い?」


 まだ塩辛さが残るのか、少し口をモニョモニョしていたウェスがこちらに振り向いた。


「はい?ああ、私のお金は先代の残した莫大な遺産や、ギルドでお仕事をして手に入れたお金ですよ」


 最近はごたついていたので遺産から出てますね、と。


「ギルド……?ギルドって、よくあるあのギルド?」


 あの、荒くれ者どもがステータスやレベルを競い合い、依頼を取り合うあの……


「よくあるのかはともかく、あのギルドです」


「それ、詳しく聞いてもいい?」




 少し興奮した俺は歩きながら話を聞くと、どうやら想像しているギルドとは少し違っていた。


 まず、資格がないと魔獣討伐の依頼が受けられない。掲示板からビリッとやって「こいつは、俺がやる」とかはできないんだとか。


 資格と言っても、魔獣討伐1級とか、武器取り扱い3級とかそういうものではない。所謂、ランク制だ。

 ギルドに登録するとまずはグリーンランクになる。

 実績を上げて試験に受かると段々とブルー、レッドにあがり、最高はゴールドに昇格するという。なんだか免許証のようだ。


 騎士団入隊条件は最低ブルーランクから。

 レッドランクは騎士団への合格率9割。余程性格に難がなければ受かるし、ゴールドランクともなると特殊装騎からお誘いが来る事もあるという。


 ちなみに、魔獣討伐の仕事はレッドランクからでないと受けられないそう。

 魔獣を倒して一儲け、というのは簡単ではないらしい。


「魔獣を討伐しないならなんの仕事するの?」


「なんの、ですか?たくさんありますよ?」


 魔導パッカーの運転手、配達員、お店の警備兵、販売員などなど。最早職安だ。


「え?じゃあ魔獣を狩りたい場合は?」


「まずは普通のお仕事をして、装備を整えたり魔法を習うなりして実績を上げるしかありませんね。私は元々攻撃の魔法が使えましたし、実績も勝手に作っていたので……」


 登録した時点でレッドランクになったらしい。何があって勝手に実績を作ることになったのかはさておき、魔獣討伐以外にも色々な仕事をしたそうだ。


「そんな中でリテルさんから声が掛かりまして。アルバイトをしていたんです。でも、トウヤ」


 まじめな顔をして、俺の目を見てくる。どうしたんだろう?


花篝はなかがりやウェスタの子どもたちで麻痺しているのはわかります。何せ、こっちに来て一番最初に出会ったのがアルペシャやイリニス、悪しき者ですから。でもアレらの魔獣だって、本来はかなり危険な存在なのです」


「…ああ、そうか、そういう事か。そうだね、ごめん」


 麻痺しているが、アント・バリオンは厄災級という小国なら滅ぼせてしまう魔獣であり、アント・ルーも本来は特殊装騎の出動案件。

 つまり、おかしいのはウェスの、ひいてはウェスタの子供たちの持つ力ということになるのだろう。


「調子に乗ったら危なかった。ありがとう」


「…はい。トウヤ、そういう素直な所を無くさないでくださいね。そういう所、素敵だと思います」


 微笑みかけてくれるウェスを見ながら、なんだか照れ臭いと思うのと同時に。耳がぺたんとなったリテルが俺たちを見て呟いた


「2人の空気、いいのう。年寄りは置いてけぼりじゃあ」





 夕方から夜に差し掛かる。夜の闇が現れ、眩いくらいの街灯が道を照らす。

 メタルマイマイ2世に戻った俺たちは、明日の昼から王都に戻る為の準備をしていた。

 まあ忘れ物がないかとか、タイヤの状態のチェックなど帰路で問題が起きないかという点検が主だったが。


「さて、と」


 それらが落ち着いて後は寝るだけ、という時のこと。

 俺は考えていた事をまとめることにした。




 エリモスには、どこを見渡しても、何をしていても亜人がいない。あの子供も、いつのまにか姿を消していた。 

 レクス王が傀儡となっている以上、多分普通に引っ越したかなにかしたのだと思いたいが。


 王都では街中でも亜人をチラホラ見かけるし、リテルによれば逆に沢山いる国もあるそうで。リテルによれば、亜人と異人とは微妙な関係があるが、ここ程バランスがトチ狂った場所はないらしい。


 俺はメタルマイマイ2世に備え付けの布団に潜り、考える。


(ディブロスさんのいう事も、今ならわかる。復讐を止めるべきなんて言えるわけがない)


 俺はウェスと一緒にアルペシャに立ち向かったとき、理解できないほどの感情の濁流。激しい憎悪、怒り、嘆きを体験した。

 "自分自身が"そうした思いをしたことがない、というのは幸せだと感じると同時に。それを阻む権利もまた無いと思った。


 でも、今日街を見て回って、沢山の人々の命を感じたのも事実だ。

 往来を走り回る子供、呼び込みの元気な声、活気ある通り。それら全てに、人々の息遣いが宿っていた。


 観光のようなものだし、1日で問題とは見えるものではないのはわかっている。

 それでも。沢山の人が、生きているのだ。


(よし……)


 方針を決めて、俺は眠りにつく。


(王都に向けて発つ前に、ディブロスさんに会わないと……)


 その思考を最後に、俺の意識は微睡の闇に落ちた。





 明日待ち受ける戦いの兆候に気が付けぬままに。

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