第31話 選択は君次第(後編)



「僕の、僕たちの目的はね。お察しの通り、レクス王への復讐と、子どもを殺害した特殊装騎への復讐だ。君たちが来たのは、予想外だった」


 ディブロスさんによれば。

 最初は、特殊装騎を何らかの事情を適当にでっち上げてそのまま呼べればよかった。しかし、傀儡化したレクス王を使って交渉の席に着くと、それはまずいと気が付いた。


 イドス王はエリモスが都市となる前に起きたとある問題を解決するために特殊装騎を動かしたことがあったらしい。それ事態は解決したものの、当時は多くの亜人から内政干渉だと反発を招いたのだ。


 その為、イドス王は運用に慎重になっており、亜人を排斥して実質的なパワーバランスが変化した今も、レクス王は内政干渉を盾にうまく立ち回っていたということを知る。


 あくまでも穏便な解決の提案から始める必要があった。

 そこでディブロスさんがあの状態で騒ぎを起こし、派兵を求める方針となったのだ。


 そのタイミングで偶々俺たちが来た。リテルがいる上にシキガミの名からじいちゃんとの繋がりを察したディブロスさんは、傀儡でごまかそうとするも二人に看破され失敗。


 俺たちが王都に戻って報告が上がれば特殊装騎が動くと踏んだものの、リテルがアスティを打ちのめし、ディブロスさんのもとに向かうという番狂わせが起きた。

 その為、紆余曲折はあったものの戦闘を経て、俺自身にも興味がわいたため、こうしてすべてをさらした。ということだった。




「子どもが握りしめていたこれで、殺したのは特殊装騎だと分かった。なぜ、奴らがエリモス内にいたのかはわからないが、だが……」


 ディブロスさんがポケットから差し出してきたのは、血で黒ずんではいるが赤と白で構成され、金で縁取られた紋章だった。


(セーマさんが持っていた剣にあった……)


 それをギリギリと握りしめ、再度しまうディブロスさんの目には、激しい憎悪が浮かんでいる。


「子供が殺された理由はわかっている。亜人排斥反対運動に加わっていたからだ!しかしなぜだ?なぜ!なぜ殺した!」


 最早、これは叫びだ。魂の悲鳴。慟哭。

 叫びは、続く


「僕はまた、人と、異人とも分かり合えると信じていた!ささやかながら“言葉”によって!署名によって!排斥運動に抵抗をした。言葉で、言葉でだ!なのに、なぜ……!」


「……」


 なにも、言えない。言うわけには、いかない


「…アスティは、戦争の際自らの親を殺してね。亜人の同胞を守るため。人間の、異人の、仲間を守るために。でもそれからおかしくなった」

「僕はアスティがいつか戻るだろうと見守り続けた。実際子供ができたときはおちついたんだ。いつかリテルにも見せに行こうって……」


 でも例の件があって以来、離婚届を置いて姿を消した。

 再び姿を現したとき、傍らにはレクス王の傀儡がいた。



「……リテルがアスティにイカレてる、と言っていたのは」


「……僕と出会う前は、わからない。素養は在ったのかもしれないね。でも僕から見て、本当におかしくなったのはあれ以来」


 怒りは状況になりを潜め、目に陰りが現れたディブロスさんは、深い闇の部分を見つめているようにみえた。


「戦争は、人をおかしくする。おかしくして、人生を変えて。その後は知らぬ存ぜぬだ。そういうリテルも300年前の戦争中。噂を聞く限りではだけど、正直イカレていたよ」


 ほんの少し、光がもどった瞳で、だから僕たちはジンヤさんと出会えてよかった、とも。


「…トウヤ君。君は多分、こう思うだろう。戦うべき時はどんな手段を用いても戦わないといけないと」


「…はい」


 そう。今戦わないと確実に大切なものが傷つく、奪われるという状況があったとして。

 話が通じない相手だった場合、“色々な意味”で戦わないといけない。

 俺はそうしたことができない弱い立場の人の為に警察官になりたかったというのも、ある。


(戦わないといけないときは迷わず鯉口を切れは、敷上家の家訓だから…)


「…そうだろうね、ジンヤさんのお孫さんなら。聞くまでもないか」


 なら、と言葉を切って



「…なら、僕とも戦うかい?」


「え……?」


 いきなり、何を


「主義主張の小さな諍いがいつしか大きくなったのが戦争だ。僕たちは、戦争をはじめようとしている。それをなんとなく察したから僕を問いただしたんじゃないのかい?」


 ……そうだ。

 答えが出た今、王都で報告を上げれば特殊装騎が動くだろう。

 報告を上げない場合はレクス王を傀儡として虎視眈々とチャンスをうかがうのかもしれない。


 どっちにせよ、特殊装騎が殺されれば王都は黙っていないのはたしかだ。


「トウヤ君、僕は確実に子供を殺したやつを見つけて殺す。アレゾークの力を使ってね。庇いあうなら皆殺しだ。見つかるまで殺し続ける。さっき言ったように王都との戦争を始めても構わない。この街ごと戦場になる可能性もある」


 たった一人で、王国の軍隊と渡り合うことは普通不可能。


 だが、ウェスタの子供たちなら可能なのだろうと思う。真の力は未だに目の当たりにはしていないが、アレはそういうものだ。


(では、復讐によって始まる戦争に巻き込まれる人々は?なんて。考える意味がない。エリモスの人々ごと、だろう。確実に)



 押し黙る俺に、答えは促されなかった。

 優しく微笑むディブロスさんは、先ほどまでの鬼気迫る声が嘘のように優しい声で


「君は、どうしたい?」


 と、聞いてきた。



「俺、は」



 正直、ディブロスさんの気持ちは分かってしまう。物語のヒーローのように、人々を守るためにたたかう、とは到底言えない。


「…そうか。きみは、優しいね」


 ふぅと息を抜いて。最後にディブロスさんは告げた


「報告をするも、黙っているのも君次第だ。どちらにせよ、確実に子どもを殺した奴は殺すけれど、報告をしなければ少なくともすぐに戦争が起きる事はないだろうね」


「…トウヤ君、この街を見てからどうするか決めなさい。僕だけの意見ではなく、君自身がどう考え、見たのか。その上で答えを出しなさい」


 そう言ってディブロスさんは去って行った。

 残るは静寂と、静かに佇む石碑だけ。


 俺は……





「トウヤ、難しい顔をしないでください」


「え?」


 意識が現実に戻される。

 あのあばら屋を離れた俺たちは今、エリモスの商業施設に来ていた。

(あれ?そうか。フランクフルトみたいなのを買って…)

 どうやらぼーっとしていたらしい。そんな俺を心配してウェスが声をかけてくれた。何も言わないが、リテルもフランクフルトを齧っている。待っているように伝えたのだが、ワシも行く、とついて来てくれたのだ。


「トウヤ、少なくとも”今は”一度切り替えて楽しみましょう?」

「そうじゃ。何考えてるかは分からんが飯時はたのしい顔するもんじゃ」


 そう言って微笑むウェスと、フランクフルトを頬張るリテルの顔を見て俺は


「ごめん寝不足だったかも」なんて誤魔化した。


(そうだ。とりあえずはフラットにこの都市を一度見て回ろう)


 そんな事を考えるのだった。

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