第30話 選択は君次第(前編)
「……よ!トウヤ!起きんか!」
(ああ、五月蠅い。キンキンと耳元で甲高い)
何か重たいものがのしかかってきて、揺さぶられる感覚がある。俺は揺れる体の感覚に呼び起こされるようにそっと瞼を開けた。最初に霞む視界に入ったのは差し込む日の光。そしてその陽光で煌めく亜麻色の毛と猫のような耳。
(……うん?猫なんて飼ってたっけ?)
寝ぼけながらそんなことを思う。
するともう一人、女性の声が奥から聞こえた。耳によくなじむ、落ち着いているが鈴のように通る声だ。
「リテルさん、トウヤさんは昨日遅くまで話していたようですし。もう少し、寝かせてあげてください」
声は徐々に近づいてきて、頭がゆっくりと触られている。なんだろう、凄く安心する。そう思っていると徐々にまた、意識が遠くなってきた。覚醒していた意識は、泥のように沈み、微睡む。
微睡みの安寧の中で、夢を見る。
その夢は、いつも安心したり幸せだと思って寝ると見る。宝くじが当たったら俺は毎日悪夢に悩まされるのかな?なんてふざけたことを考えて目の前の夢から目をそらすのがお決まりだ。
決まってその内容は……
(俺が10歳の時の夢だ。震災で倒壊する家屋。嫌だ嫌だと泣き叫ぶ俺。俺を助けてくれたじいちゃん。下敷きになってまで俺を突き飛ばして助けてくれた……)
『トウヤぁ!立派な警察官になるんだよ……!』
『……トウヤ!!行くぞ!』
『嫌だ!やだああああああああああアアアア!』
……俺は背中に抱えられたまま、ばあちゃんに必死に手を伸ばすけど、いつも届かない。
いつもいつも取り零す。
(いつもいつもいつも!)
そうして微睡みは終わりを迎える。
大抵汗がべったりで、気持ちが悪くて、ただただ不快で。言いようもない寂しさと、掴めなかった後悔だけが手に残っている。
「起きましたか?」
「……今日は、違ったみたいだけど」
「……?」
今日は後悔ではなく。何故か、ウェスに手が握られていたのだった
布団から起きた俺は朝食の準備が整ったというので、ウェスと共に昨日ディブロスさんと煎茶を飲んで話していた部屋に入る。
部屋に置いてある質素なテーブルにはパンとス―プが置かれており、視覚的には質素ながらも寝起きの腹が自己主張する香ばしい匂いが鼻に届いてきた。
テーブルの横に目を移すとリテルが腹減ったのおーと言いながら足を広げパタパタさせている。もう体調は問題ないようだ。
「みとったぞ。おぬしらが何やらかたーい握手をしとる間に、ワシの腹とあばらがくっつくとこじゃ」
(くっつくのは腹と背中だ……!)
見られていた気恥ずかしさ優先で突っ込むことを忘れた俺にウェスが口を開いた。
「うなされていたので起こそうと思ったら手が伸びてきましたので思わず掴みました」
という、なぜか少し早口のウェスにリテルがにやにやと笑いかけ、パンのような何かを頬張りはじめた。
「トウヤよお、役得じゃなあ……!」
頬張りながらにやりとしている様はまるで猫耳を付けたリスがビーバーの真似をしているような。
(なんだろう、この顔。物凄い、何だろう……!)
気恥ずかしさと、ほんの少し芽生えた殺意に似た何かをかみしめながら俺とウェスは席に着く。
「リテル、元気そうだね」
心配してたのになあ、揶揄われるなんて心外だなあという思いを乗せた視線は無事通じたらしく、耳がペタンとしたリテル。
「すまんかったの。反省した。今度からは早めに、言わせていただくのじゃ」
ウェスの方を見て、さっと視線を逸らす。余程寝かしつけられたのが利いたらしい。
ちなみに、封印に関わっているという件に関しては王都にて話すと誓ってくれた。その方が分かりやすいからと言っているリテルがウェスから必死に視線をそらしていた。その様から話したくないとかではないのだろうと思う。
(なんにせよ、今日はエリモスに戻らないと……)
なんて思いながら、俺はこの場にいないディブロスさんの事情を二人にどう話すかどうかを決めあぐねていたのだった。
「なんかいないと思ったら。あやつも大変じゃの」
「そうですね。本当に、大変そうです」
おなかがいっぱいになったからだろうか?
膨れたおなかをポンポンと叩くリテルと、今は上品にお茶を飲んでいるウェスにディブロスさんは緊急の要件で今日はもう戻ってこないことと、アレゾークの件は昨日の戦闘で解決したことを伝えた。二人に挨拶する時間がないことを詫びていた、とも
(……二人とも、ごめん)
俺は、嘘を吐いた。
「あのさ!王都に帰る前に少しエリモスの町を見ていきたいんだけど、だめかな?」
俺はついた嘘をごまかすように声を上げ、二人を誘う。どのみちエリモスに戻る以上、提案としては在りだろう。リテルには窮屈な思いや嫌な思いをさせてしまう可能性があるしメタルマイマイで休んでいてもらう必要があるかもだけど。
(でも、それでも俺は見ておきたい)
ディブロスさんと昨日話したことを思い出す。
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