第27話 雨と、顛末と

 鬼の人の肩に手を回して走る事数分。

 俺たちはリテルを置いた場所まで引き返すために道をひた走る。

 先ほど鬼となっていた彼の名はディブロス。

 ポツポツとしていた雨が本格的な雨に変わり始め、ぬかるんだ道を3人の足跡が乱していく。


 途中、焦ったくなった俺は影を纏う事をウェスに提案したのだが、断られた。ウェス曰く、今はさっきの魔法縛鎖の典礼の影響で魔力が安定しないと言う。


 アレは対象から問答無用で何かを奪える代わりに、それと同じものを奪われる。

 それは対象の肉体にあるものであればなんでもいいらしく、元からなくて奪えないものを指定した場合は自分だけが奪われるという割と理不尽な魔法らしい。

 こちらにも影響が出ると言っていたのはどうやらこのデメリットの事を指すようだ。


(だから唱える言葉によって効果が変わるって言ったのか……)


 あの時。例えば命といえばどうなるのかと考え、身震いする。

(他にも倒すための手段ならいくつかあるとか言ってたもんな……)

 俺は想像したことに若干の恐怖を覚えたが、余計な事を考えまいとリテルの話をする事にした。

「ディブロスさん、リテルのあの高熱はどうすれば治せるの?」

 俺の方を見たディブロスさんは何故か自嘲するような笑みを浮かべたかと思うと、語り出す。

「……トウヤ君、ウェスさん、君達はジンヤさんのことや300年前のことも聞いてるよね?」


 聞いている、リテルの高熱にどんな関係が?

 そう聞くと、更にディブロスさんは妙な事を言ってきた。


「じゃあ悪しきものとの戦い。その顛末は知ってるかい?」







 雨の中ただ走る俺たちは沈黙していた。

 別に、先ほど聞いた話しで気分を害したわけもなければ疲れたわけでもない。


 ただただ、誰も、何も。

 次に告げる言葉が出ないだけ。

 だが、多分この場の3人全員がいま思うのは"早くリテルの所に"


 ただそれだけ、それだけなんだ



 雨が降る中、駆けて、たまに転びそうになりながらまた駆けて。

 漸くリテルの所に戻れたのはその約10分後。


 俺たちはリテルの所に急いで駆け寄った。


「リテル!おい、リテル!」


 顔は青白く、ほぼ血色がない。

 ガタガタと体を震わせているため、生きているのはわかるがぱっと見は死人にしか見えない程顔は青くなっていた。


「火を、なんとか…!」

 そう言いながらウェスが魔法を使おうとするが、霧散する。

 どうやらあの魔法の影響は根強いらしく、まだうまくいかないらしい。


「ディブロスさん、さっき言ってたものをお願いします!」


 わかった、と言ってあのあばら屋に入っていくディブロスさん。その足取りはすでにしっかりしていて、俺は亜人の回復力を見た気がする。


 暫くすると、ディブロスさんは何か玉のようなものを持って戻ってきた。

 それは緑にゆらめきながら輝いており、生命の躍動のような物を垣間見るものだった。


(これが……)

 さっきの話を反芻した俺は、その玉をただ見つめる。ディブロスさんはリテルにその玉を与えると、祈るように目を閉じた。


 ぶわぁと風が吹く。

 その瞬間雨音が遠ざかり、木々のざわめきも、建物から落ちる水の音すら遠ざかる。

 その静寂はまるで幕間のよう。

 一切の音が消え、光が溢れる。


「これは……?」


 地から、リテルが身を預ける石碑から。

 緑の光が溢れ出す。


 これはまるで、リテルがウェスを救おうとしてくれた時の光のようだった。


「地母神の精、命の芽吹き……」


 ウェスが、まるで夢を見ているかのような表情で虚空に言葉を投げた。


 それを聞いたディブロスさんがウェスに問う。


「ウェスさん、さっき僕を助けてくれたのは縛鎖の典礼だね?」


「はい。天地祭礼と想起黎明は失われました」


「……それを知るということは、君はシュレキオンの?」


「はい。影の紋章です」


「そうか……」


 2人、敵意なのか、憐れみなのか分からない視線を交差させたのち、俺を向く。

(俺に向かれたって、何のことかさっぱりだぞ)

 何せ、思い出そうとしても出てこない言葉たちで話をふられても困る。と思って身構えたのだが。


「トウヤ君、君はジンヤさんにそっくりだ」


「え?」


 突然の話題の転換に間の抜けた声が出る。


「さっき話した事。忘れないで」


 ディブロスさんと目が合う。

 強い、強い思いを込めた、しかし、何かを諦めたようなそんな顔。


「……はい」


 俺は、頷く。300年前に起きた事。

 その顛末を知ったからにはこうしてはいられない。ウェスの為にも、リテルのためにも。


 そして、向こうの世界のためにも。


 そんな時だ


「うぐっ、かふ」


 血色が戻ったリテルの意識が戻ったのは



「リテル!」さん!」


 2人、リテルに駆け寄る。

 目を覚ましたリテルは俺たち2人の勢いに驚いたのか、なんじゃあ!?と叫んでいるが知らん!


「頼むから心配かけないでくれよ!」

 リテルの肩を掴み、目を見て告げる。

 強く言わないとこの頑張り屋の友人は、どんなに辛くても何も言わないだろうから。


「う、心配かけたの……」


 耳が垂れ、叱られた猫のようなリテルを、後ろからウェスが抱きしめた。

「よかった、本当に。よかった……!」

 心なしか、少し声が震えているように聞こえるのは多分、勘違いではないのだろう。


「すまぬ、ウェス。ありがとうの」

 だが、見ていると徐々に抱きしめる強さが増しているようにみえた。

 あ、リテルちょっと苦しそう。

「……次は、ちゃんと辛い時に言わないと燃やしますからね」

「ひえっ!じゃから!お主最近オンオフが過ぎるわ!トウヤか!貴様が諸悪の根源か!」


 なんて剣呑な会話が聞こえるが俺は知らない。

 現実逃避をするように空を見上げる。


 いつのまにか、雨は止んでいた。

 先ほどまでの光たちはまるで蛍か、あるいは魂が登りゆくかのように空へと上がっていく。


「……トウヤ君、これから大変だね」


「……そう、なんでしょうね」

 隣にやってきたディブロスさんに返す。

 なんだか面白そうに目を細めたディブロスさんは

「他人事みたいに。いや、実感なんか沸かないか」

 と、目を細める。でもさ

「いえ、沸いてはいます。でも、友人が倒れたから医者を探すくらいのつもりだったのに。話が一気に飛躍したなとは思いました」


 それを聞いて、はははは!といい笑顔で笑うディブロスさん。


「呑気だなあ。まったく、君たちの系譜は。お父様もそんななのかい?」

 目に涙すら溜めていそうな調子で笑うディブロスさんは、俺の肩に手を置いた。


「絶望的な状況でも、僕は力を貸すよ」


 差し出された右手。

 満点の星空の下、握手を交わす俺は思い出す。


【あの時の顛末はね。悪しき者を封印する時に、多くの亜人が犠牲になったのさ。悪しき者をあちらの世界に行かせないようにね】


【奴の目的は世界を超える事。そのために邪魔な物を全て消し去ってね】


【リテルが体調を崩したのは恐らく、直近で莫大な魔力を使ったから。封印には、リテルも力を貸していてね】


「……悪しき者は倒さないと。リテルは」


【次にリテルが力を使ってそうなれば】


 "リテルは死ぬ"


【間違いなく、ね】







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