第28話 独立都市の真実(前編)

「うん、もう大丈夫だよ」



 ディブロスさんがそう微笑む。どうやらリテルの容体はもう安定しているらしい。今は別室でウェスが心配して寝かせてはいるが、ぎゃーぎゃーと元気な声が聞こえる所を見ると、とりあえずは本当に心配はないのだろう。

 細かい事をリテルの口から直接聞きたい気持ちはあったが、今はまず休ませるのが最優先だった。


 ちなみに、今俺たちがいるのはあのあばら屋だ。倒壊が怖くて正直入りにくかったが、実は魔法がかけられているそうで。中に入ると外観からは想像できない程清潔。雨風など通る余地のない綺麗な壁で覆われた室内が広がっていた。

 3部屋あり、一つは俺とディブロスさんが今いる麻色の絨毯が敷かれてちゃぶ台がある部屋。

 ウェスとリテルはその隣の寝室を借りる事になった。もう一つの部屋は趣味の部屋、という事で。男には不可侵の世界があるからな。うん。



 亜人差別の強いこの都市においては外からは見えない部屋というのは重要らしく、外界からの目を遮断する事に重きをおいたという。


「見てくれはあばら屋だ。訪れる人もいない。しかもそれが、あんな化け物がいると知れたら余計にね」


「まあ、そうでしょうね」


 苦笑いしか出ない。普通自分のこと化け物って言うか?なんて思いながら


「その。なぜあんな風に?」


 今目の前にいるディブロスさんは温厚そのもので、あんな鬼と同一人物には思えない。

 見るからに優しそうな、線の細い男性である。


「まあ、魔力を吸ってもらった事からわかるように、魔力が扱いきれなくて少し暴走してしまっていてね。僕たち鬼人族は角に魔力を集めてしまう。普段はそれをためておいて使用することで魔獣に対抗したり、戦ったりできるんだけど……」

 俺の目を見て、しばしの沈黙の後

「ま、君ならいいか。実のところアレゾークのせいさ。アレ、持ってると抑えが利かなくなるんだよねえ、最近。いやはや、歳は取りたくないもんだ!」



 アレゾークというのは、"ウェスタの子供たち"の一つだ。

 聞くところによれば、300年前は別の所持者がいたが、大戦中に死亡。

 ディブロスさんに託されたのち、じいちゃんと共に戦った。だからディブロスさんは言うならばこの世界の英雄という事になるのだろう。

 

 しかし、年々抑えるのが大変だということらしく、人を傷つけないようここらへんで夜に魔力を発散していたらしい。

 参った参った、なんて笑っているが、そんな彼を見て俺は妙な違和感を持った。

 しかし、それは本の一瞬のこと。疑問は次の話題に向かうことで消えてしまっていた。


「それは、なんというか大変ですね。ちなみにあの、リテルとは300年前から?」


 熱にうなされたリテルからあの時。ディブロスさんとは友達だということ、ウェスタの子供たちを所持していることも聞いた。

(ディブロスさんもリテルと親しげだし、一体どういう仲なんだろう。中々気になる)

 それを聞いたディブロスさんはしばし頭をひねり、どういったものかなあなんて言っていたが


「……うん。友人であり、ジンヤさんの弟子としてはライバルでもあり、かな?」


 なんだろう、衝撃の事実が告げられた気がする


「今はリテルに負けちゃったなあ。商売人には向いてなかったみたいで」


「あのお、細かくお聞きしても?」


 純粋に興味がある。

 じいちゃん、何やってんのさ……




 まあ、聞くところによると。

 じいちゃんはこちらに来てからすぐに悪しき者と戦ったり、リテルと出会ったわけではないらしい。普通に帰れなくなったじいちゃんは、和菓子屋さん(のような物)を経営し、戦地に届ける仕事をしていたとかで。

 そんな中、リテルと出会って旅を始めたじいちゃんは、ディブロスさんとも出会い、色々あって弟子にしたそう。

 それは剣の弟子でもあり、和菓子屋の弟子でもあったとか。


「いや、ジンヤさんには頭が上がらないよ。あの戦争の折に僕、鬼になっちゃう事があって」


 懐かしいなあ、なんて言いながらスッと遠い目をして


「”このクソガキ!目ぇ覚ますまで折檻じゃ!”って、その刀で殺されるかと。いやあ、鬼の目にも涙だよ、あれは」

 正しい意味でねえ、なんて俺の持つ形見を見てとんでもない事を言っている。

「え、あの状態のディブロスさんを、これで?」

 嘘だあ!じいちゃん、流石にそこまで人間やめては…

「うん。今回みたいにアレゾークの能力は使ってないけど、あんな金棒持ってるんだよ?僕。それなのにズンズン歩いてきてね?」


(ああ、想像がついてしまった……)


“てめえこのまま目ぇ覚さねえってんなら鬼退治してやんぞ!!”


“やめてジンヤ!友達を殺さないで!”


「って、ね?」


 ああ、遠い目だ。

 遠い目でその時のその時を思い出しているのがわかる。


(ん?リテルが殺したら駄目ってうわ言を言ってたのって……)

 俺はなんだか、疑問が解けた気がした。





「アスティが?そうか……」

 俺は、ここに来たきっかけを話す事していた。調査から始まり、独立都市の宮殿で起きていた凄惨な事件。そして、その顛末のことを。


「ついにレクス王が崩御したか、なるほど」


 えっ?


「あの?レクスって人本物の王様だったんですか?」

 いや、あの威圧感とか、アスティが言うには本物だったんだろうけど。でも亜人差別の急進派だから探して見つけ出した、というようなことを言っていたから、てっきり偽物とかそんなのかと思ってた。王様が隠れる?


「うん、レクス王は本物の王様だよ。確か暗殺を恐れて雲隠れしたとは聞いていたけど」

 王軍があわただしかった時期があるらしく、恐らくそれがらみだろう、と。



(なるほどそうか、そういうこともあるのか。だとしたら、リテルの件でうやむやになっていたけど、結構まずい状況じゃないか?)


「あの、俺たちが真実を伝えたら絶対王都が動きますよね?」


「そうだね。こうなっては内政干渉など関係ない。恐らく王都が特殊装騎を動かそうとするだろう。犯人探しか、亜人狩りか。ここも戦場になるかもしれないね……」


 そう言って暗い顔になったディブロスさんは、頷いてどこか吐き捨てるように言った。


「……悪しき者が倒れても、蘇っても。そんなこと関係なしに争わないといけないのか」




 暫く無言で座っていた俺たちだが、ふと気になったことを聞いてみた。


 アスティはリテルの古い知り合いのようだったし、リテルとディブロスさんは友人。

 ならばその辺の繋がりも聞いてみたい。


「あの、話を掘り返すようなんですけど、アスティとリテルはどういう?」


 何故か目を白黒させたディブロスさんは、少し笑った。


「口調は違っても、やっぱりジンヤさんに似てるね。事情聴取みたいだ」


 ……ジジョウチョウシュ?事情聴取!?


「ええ!?ごめんなさい。単に気になって!言いたくないことでしたら無理には…」


「いいよ!懐かしかっただけだから。アスティとリテルはそうだね」



「あの二人は元々の友人。リテルと僕はアスティの繋がりだね。アスティは僕の元嫁だから」


(え、えええええええ!?なんだその繋がり!)


「あの二人は幼馴染ともいうか。リテルはアスティと一緒に生まれたけど、リテルは親御さんが違う国の人で他国に帰ることになった。それで、しばらく離れ離れ」

「再開したのはあの大戦の少し前。僕とアスティはその時結婚していて、リテルも祝ってくれたよ」

 言葉を切ってリテルとウェスがいる部屋を見るディブロスさんは、少し

「何もかも全部、あの悪しき者が悪いんだよ……」

 悲しげに見えた



 アスティさんのことをリテルが吹き飛ばした件については仕方ないらしい。また

「ああ、彼女すぐ再生するから、粉みじんにしない限りは大丈夫。まだ生きてるはず」

 ということで。


(ということはレクス王の肉体で場を取り持つ可能性もあるのか)

 考える。イドス王に俺たちが正直に報告をした場合がどうなるかを。

(そう。俺たちが報告をしない限りは、平和といえば平和、何だろう)

 亜人の子供、亜人の少ない街を思い出す。

 どちらがどう、とはこの世界の生まれではない俺がとやかく言える事ではないのだろうが……

(でも、それを行った王が殺されて傀儡になった。ともすればアスティの狙いって……?)


 俺は、気になったことを聞いた。

「ここ、ディブロスさんが住むための家なんですか?」

「妙な事を聞くね。勿論そうだよ?あんな化け物になる自分を、いつまでも制御出来る自信がなかったからね」

 だから郊外のここに越したのさ、と言うが。


「……?」


 やはり、何かが妙だ。


「あの、アレゾークの影響でそうなったなら、アレゾークを誰かに預けちゃうとかできないんですか?」


「え、と。うん、ウェスタの子供たちだからね。誰かに預けたら悪用される可能性があるだろ?それに、アレは引き継いだものだから。まあ、君の形見と一緒だね」

 だから、手放せないだけさ。と、言っているが……


(言っていることは一理あるんだけど、何か……)




 ……ふう。

 よし、迷うのは俺らしくない




「ごめんなさい。失礼を承知で伺います。亜人差別の根強い国だと分かってて、ディブロスさんもアスティも何故出て行かないんですか?」


「……うーん、難しいなあ」


 ははは、と笑う。

 こうした問題は根強い。それ故に言うべきことではない、という分別はあるつもりだ。

 だが、ここで何かを聞いておかないと、後で決定的な物を取り零す。

 そんな確信に似た何かが、俺を突き動かした。


(本当にごめんなさい。リテルを助けてくれたのに)

 失礼なのは重々承知。それでも。


「……ああ、そうだね。君には、嘘がつけなさそうだ」


 暫し、間はあったもののディブロスさんは答え始めてくれた。


 この街の根底に関わる、その話


「この場所はね。元々は亜人の国だったんだよ」

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