第29話 独立都市の真実 (後編)

 『リテルが完全に寝静まってから続きを話そうか。リテルにとっても嫌な話だ』


 寝かしリテルが静かになった深夜。

 煎茶のような物を2人分用意してくれたディブロスさんは、俺と向き合う。


「トウヤ君。さっきのなぜ出ていかないのかというその質問に回答する前に、ちょっとだけ昔話に付き合ってくれ」

 その言葉を皮切りに、彼は語り始めた。遠く、遥かな遠くを見るような、なつかしさも相まった瞳で。

「300年前のこと。君にも言ったように、僕たち亜人は悪しき者と戦った。そして多くの亜人が君達の世界に向かわせないよう、封印のために命を落とした」


 そう。亜人は俺からしたら、いや、向こうの人間からしたら大恩ある人たちということになる。


「でもそれは、純粋な善意ではない。僕たちには、罪の意識があったからね」


「罪の意識?」


 ディブロスさんは落ち着こうとするように一口、お茶を飲んだ。俺も合わせてお茶を飲む。甘い玉露のような風味が俺たち二人を安心へと誘い、緊張を解していく。


「……あの戦いの時、人類、魔族、亜人、異人の4勢力は手を組み、悪しき者打倒を掲げた。でも魔族たちは突然、狂ったように皆を殺戮し始めたんだ。異人や亜人も含めて、その多くが犠牲になる惨劇が起きた」


 亜人は親が魔族であり、人との混血だ。

 それ故に、泣き叫び魔族への復讐を誓う人たちを見て罪の意識に苛まれたと、ディブロスさんは言う。


(ああ、そうか。街の人が言ってた裏切りの罪って……)


「……ここは元々、亜人たちの国と言ったね」


「はい」


「多くの、様々な種族の亜人や魔族が、人間より遥かな昔からこの砂漠一帯を故郷として居着いていた。だから戦後は王都が建国されてもそこには行かず、生き残ったみんなと此処を立て直したんだ。アスティも勿論ふくめて、ね」


 そして凡そ250年前から、ここに住み着いたという。勿論、勝手に住み着き直した訳ではない。当時の王からも許可も受けていたし、人の営みのルールを破ったことはない、とディブロスさんは言う。


「あの石碑と祠はね。マンドシリカの敵となった魔族、つまり自分たちの血への戒めと、悪しき者を語り継ぐためのもの。そして何より、あの戦いで命を落とした多くの同胞を弔う場所でもある。でも……」


「でも…?」


「一部の亜人は、もう過去なんて捨て去るべきだと主張したのさ。人間は代替わりして、亜人に対しての偏見を持つものは減ったから新しい生き方を探すべきだとね」


 最初は複雑な気持ちながらもディブロスさんも喜んだという。

 そして次第に人も、異人も亜人も、みんなが協力して村を開拓し、次に町になり、町は街になり。遂には都市になった、と。

 それはまるで変遷する大きな川の流れのように。

 長い長い時を生きる亜人であるからこそ味わえる喜びだったと、本当に嬉しそうな顔で語るディブロスさん。

 どこかに権力が集まりすぎないように、亜人、人間、異人と必ず長を年ごとに交代させる仕組みも作り、それでみんなが仲良くやっていたとも。


 しかし……


「亜人は罪を知り、人は欲を知り、異人は、人の欲をよく知っている」


 異人は、人間に良くないことを吹き込んだ。

 亜人の親の世代が魔族であり、その魔族は人間に反旗を翻したことを、多くの人々を殺戮したと長い長い時をかけて知恵を練り、吹き込み続けた。

 別の世界の人達のために多くの亜人が犠牲になったことは蔑ろにして


 そして遂に、悪意の芽が咲いた


「異人からすればレクス王がその最たる成功例だったろう。彼は亜人をとことん嫌っていたからね。彼がこの都市の長になったとき、王都に出向いて独立都市となる取り決めをまとめてきた。今思えば、あれは前準備だったんだろう」


 王都でも増えた異人の貴族により、更なる後ろ盾を得たレクス王は次第に暴走。遂には亜人を政治からも都市からも排斥するようになり、時には邪魔な亜人を裏で葬ったりもしていたらしいと、徐々に言葉の端々に怒りを滲ませながらディブロスさんは言う。

 最終的に、亜人に成り代わった異人と人間による意見が総意となった。今では内政干渉とされるため王都も口出しができなくなってしまった、と。


(セーマさんが言っていたのは、これか。内実は元からいた亜人の人たちはもう何も言えなくなっていて……)


「……少しのつもりが、話が長くなったね。要は、亜人にとってとても此処が大事な場所なんだ。僕にとってもアスティにとっても。それが、さっきのなぜ出ていかないかに対する答えだよ」


 納得してくれたかい?と、笑うディブロスさん。でも、俺はそれを見て疑惑が確信に近づきつつあった。


(……この人、そうか。そういうことか?)


「……なら、尚更おかしいですよ、ディブロスさん」


「うん?なにがだい?」


「なんで、”ここで”魔力を発散してたんですか?」


「…え?」


「言い方を改めましょうか。なんで自身の大切な同胞を弔う場所で暴れたんですか?排斥してきた人間を傷つけないように?本当ですか?」


「…何が言いたいのかな?」


 ディブロスさんは、言っていた。

 最初は、あそこで暴れていたのはアレゾークのせいで人を巻き込んで襲わないためにここに越したと。でも、次にディブロスさんはここが大事な場所だとも言う。


(排斥してきた人間に対する感情はレクス王に対する怒りから推し量れる。なら、そんな人間たちのために”ここ”を選ぶか?大切な石碑の近くで暴れるか?)


 被害を出さないようアレゾークの力はディブロスさんが抑えていたのはわかる。

 俺たちと戦うときに使っていないのはウェスが言っていたし。しかし、物理的に家屋を倒壊させたりはしていたわけで。

(アレゾークの力を使っていないのは人を巻き込まないためではないとしたら?)



 もし自分に建物を吹き飛ばすくらいの力があったとして。”本当に”そして”完全に”自分を制御できていないならまず自分の大切な場所の近くでは暴れない。

 もっと遠くまで行く。それか嫌いな相手のそばでやってしまうかもしれない。

(そこまで相手を憎んだことは、幸いなことに俺にはまだないけど……)



 だからこれはあくまでも稚拙な想定、推理、想像だ



(……でも俺の考えがあっていたとして。問題は、レクス王はイドス王と酒を飲む仲だということ。そして特殊装騎の要請をしていた。暗殺を恐れて雲隠れする人間が?)



「……ディブロスさんがああなっていたのはいつからですか?」

「……約二週間前、かな」

 イドス王もレクス王から砂漠の鬼の話を聞いたのは最近と言っていたし、おかしくはない。


「では、王軍が騒がしかったのはいつですか?」

「……」


 ディブロスさんは答えないが、畳みかける。俺の考察は間違っているかもしれない。失礼な奴だと侮蔑されるかもしれない。でも、アスティとディブロスさんがしたいことは、多分


「……ふう。そうか。気がついたか。ほんと。ジンヤさんに似てるなあ」


「僕に演技は向いてないや」と、諦観にも似た表情をし、少し微笑んだディブロスさんはお茶を飲み干すと


「来てくれるかい?君に見せたいものがある」

 そう言って家の外に出ていくのだった。





「紋章の輪、罪過の楔、生の流転」


 ディブロスさんは祠に向かって呪文を唱えている。

 あわく、しかし仄かに暗い赤い光が、ぼんやりと現れ始めた。


 それは次第にすぐ近くの石碑へと集まり、刻まれていた碑文のようなものを這うようにして照らしていく。


(文字には気が付かなかった)


 ここについた時はすでに夜だったためよく見えなかったが、多くの人名が乗っているようだ


「これはね、さっき話した魔族の名前だ」


 赤く照らされた文字はまるで怨嗟を放っているようで不気味だ。

 不気味ではあるが。悲しい嘆きが聞こえてくるような。


「ここにはね、僕とリテル。そしてアスティの親の名前も刻まれている」


(……想像はついていた。そうだろう、とも)


「立派なお店を作りなさいと言ってくれた父も、お前ならできるさと背中を押してくれた祖母も。アスティの、僕の義母も。リテルのお父さんも、みんなの名前が、ここにね」


『立派な警察官になるんだよ……』


 昔、祖母の”最後”をみとった。この人に比べたら少しだけかもしれないけど、失う痛みは理解できる。


「……」


 無言で見つめていると、ディブロスさんは一つ一つ、大切なものであることを示すように上から順になぞっていく。

 まるでそれによって慰められたかのように、その赤い光は和らぎ、徐々に収まっていった。子供のしゃくりが収まるかのように。徐々に。



 収まった後、緑の光がうっすらと明滅しながら現れた。それは命のはかなさを訴えているようであり、淡く、しかし強く輝く。

 しだいに光は文字の這う場所を変えた。どうやら照らす場所を変えることで別の人名を浮かび上がらせたようだ。



(そういえば、リテルがウェスを助けてくれた時も、リテルをディブロスさんが助けてくれた時も緑の光だったな)

 となると、さっきのディブロスさんの話に出てきた多くの同胞の名前だろうか?


「これはさっき話した同胞の名だ。そして。最近新しい名前が、加わった」


「……え?」



「僕と、アスティの子供の名だ」

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