第26話 影の禁術

 ウェスの魔力が溢れ出した時、鬼を見据えながら俺は走り出していた。


 ウェスから流れ込んできた作戦通りに。


 ウェスがいう本来の魔法の使用条件というのは、人が周りにいなくて、尚且つ夜でないといけないということ。


 更には、その夜の間一度でもいいから完全に月が隠れること。


 徐々に土と水の匂いが鼻につくようになってきた。

 恐らく雨雲か何かでさっき月が隠れたのだろうか。


 だがおかげで、その条件はクリアしたようだ。

 あのみなぎるような感覚がそれだろう。


『トウヤ、ここです』


 影篝を地面に軽く刺し、横に斬る。

 不思議な紋章が浮かび上がって止まる。

 それは仄暗い黒い色をしていた。

 妖しく光り揺らめいている。


『…トウヤ、私と同じことを唱えて下さい』


“分かった”


 そう頷くと同時に“なんだか魔法みたいだな”なんて思った。

 散々氷と炎が飛び交うのを見ていたのに。


“…あれ、なんで詠唱が必要なんだ?

 ウェスもアルペシャも確か詠唱をしていなかったような?”


 影を纏ってアント・バリオンと対峙した時もそうだった。

 いつもウェスは詠唱をしない。



 そう考えた時、いつもの如く。


 俺は”思い出”す。



 …詠唱は魔力という無形のものに形を与えて扱う為のものであり、所謂言霊のようなもの。


 日常使いの魔法の場合は自然そのままの姿を魔力を使って扱うだけの物。

 つまり、”元から在るもの”には形を与えるための詠唱は必要ない。


 アルペシャのように氷を剣にしたり、ウェスの炎弾や花篝のように炎を斬りつけた相手にぶつけて吹き飛ばす、そうした事は自然の摂理に反している。


 それゆえ、これらは魔法の域になる。


 しかし、ウェスはウェスタの力で無詠唱の戦闘を可能にする。


 アルペシャは恐らくイリニスや悪しき者の力



 しかしウェス本来の魔法、禁術はウェスタの力や花篝とは一切関係のない力である。


 影篝や影桜などはあくまでも内側に作用させるためウェスタの力で扱えるが、外に展開する場合はそうはいかない。

 その為、今回は詠唱によって形を与える必要がある。




“……相変わらず便利な能力だなコレ”



 そんな事を考えながら、俺はウェスに合わせるように唱えた。


 ”俺たちに対して”ではなく”外に対して”影響を与えるために。


『「地を這う絞縛の蛇」』


 とはいえ、それを黙って見過ごすような鬼ではない。

 唱え終わるのとほぼ同時くらいに、鬼が突っ込んでくる。


 咆哮すら武器になるのではないかと思うほどの声量を張り上げ、俺たちに向かってくる。


 が、俺たちには届かない。


 今は月が少し顔を出し、月明かりが差し込んでいる筈なのに。


 その光を飲み込む闇が浮かび上がる。


 ぽっかりと、夜の闇より暗い闇。

 その中から蛇が現れる。

 小さいが、しかし強靭。暗い物を纏った鎖のような蛇が現れ、鬼の腕にじゃらじゃらと音を立てて這い上がり、腕を締め上げ動きを止めた。

 向かってきた勢いそのままに鬼は半回転し、その場に倒れ伏す。

 人の言葉ではない、しかし動揺が混ざる叫びが木霊する。


『次です』


 淡々と次へと向かわせようとするウェスに、俺は畏敬の念と若干の恐怖心を抱きながらも、次のポイントへ走り、そこもまた斬りつける。


 ぼんやりと闇に浮かぶ紋章は青白く光り。

 これもまた、怪しくゆらめいている。


 鬼は最早油断が許されないと悟ったのか、危険を感じたのか、力任せに鎖を振り解き咆哮を上げた。

 アレゾークを振り回し、そのまま俺たちに向かおうとするが


『「闇よりきたる夜天の紋章、その扉」』


 鬼の後ろから、音も無く闇夜より黒い扉が現れる。

 奴は、まるで何かに気を取られたかのように静止する。


 俺はその隙に最後のポイントまで走る。


 走りながらふと見ると、先ほどの鎖の蛇達はじゃらじゃらと音を立てながら扉に向かっていた。

 辿り着いた蛇は我先にと鬼の足に絡まり、徐々に上の方へ登っていく。

 上がりながらどんどん身体を締め上げていくのが見える。


 そのうち、ギギギギギという音がこちらに聞こえるほど鳴り始め、鬼が苦悶の声を上げた。


 まるで罪人が罪を贖えと言われているかのように。

 ギリギリ、ギリギリと。

 しかし。

 鬼は何かに取り憑かれたかのように動かない。

 扉に向いたまま、何をするでも無く。

 虚空を、扉を見つめている。


 その様を見て、背筋がゾクリとした。



『トウヤ、最後です。唱える言葉によって結果が違うので”絶対”に間違えないで下さい』


 最後のポイントに着いた俺にウェスが怖い事を言ってくる。

 中心に鬼を置いて、正三角形になるように指示された場所に立った。


 地面に刻む。

 まるであたたかな夜の光、月の光の色を伴った紋章だ。

 揺らめきながら浮かび上がるそれは、何故だか酷く危険な物に見えた。


『「贖罪の鍵はここに。汝差し出したる”魔力”を以って罪の贖いと認めん」』


 両腕を開く。

 まるで抱擁をするかのように。


 あの鬼を受け入れるかの様に腕を開き


『「縛鎖の典礼」』


 パァンと、強く手を打ち鳴らしたその瞬間。



 シン…と、全ての音が無くなる。

 周囲の音も、ギリギリとした拘束の音も、鬼の苦悶の声も。




 それら全てが消え去り、門が開く。


 俺は目を離せない。


 門からは鎖で出来た蛇が出てくるのが見える。


 ズズズズズと、沢山沢山這い出る。


「オ、オ、オオオオオオォおおおぉ!」


 鬼は初めて人の声を上げた。


 まるで歓喜に、祝福に包まれるように。


 その様はまるで、天国に受け入れられた罪人か、産まれ出でた赤子のようだ。


 這い出た沢山の蛇は絡みつき、噛み付いて離さない。

 四肢に、首に、まるで祝福するかのように絡んでいく。


 それは抱擁の如く、離さないのだ。



 …見ている俺自身にもとんでもなく疲労が溜まっていく感覚がある。


 まるで高熱を出した後の、病み上がりのような。

 吐き気と脱力感というか。


“ウェス?これ。大丈夫、なの?”


『…発動すれば問答無用で相手から指定した物を奪う禁術です。その分、こちらにも影響が出ます』


“うえぇ…”

 イメージで聞いた作戦にこの感覚はなかったが、手立てがコレしかないなら仕方がない。

 ウェスが立てた作戦なら信じよう。


『…この使い方なら、大丈夫です。疲労する程度で済みます』

 続けて、信じてくれてありがとうとも伝わって来た。

“お互い様だよ”と返したが。


 魔法をじっと見つめている間、ウェスから伝わってくる感情は、何か複雑な物だ。


 この使い方という別の使い方があるような言い方に起因する様で、気になった俺はウェスに問おうとしたのだが。


 その前に蛇は鬼から力を奪い終わったようで


『トウヤ、そろそろです』という言葉に、俺は質問の機会を逸してしまったのだった。


 鬼は抵抗をやめ、アレゾークを取り落とす。


 ズシンという音と共に、落下するウェスタの子供達。

 やはり圧力通り、凄まじい重量だったのだろうと思う。


 それを見て満足したかのように、スルスルと蛇達は門に消えていく。


 バタンと静かに閉じたその扉は、まるで霧のように霧散して消えてしまったのだった。


「…」


 なんだか、凄まじいものを見た気分だ。


“ウェス”


『はい』


“なんか、疲れたね?”


『…はい。早くリテルさんの所に戻りましょう』


 俺たちは鬼にきつけを行う。

 少し、いや結構怖いが、起こさないとリテルが危ないわけで。


 近づきながら花篝を解いたウェスが鬼に歩いていく。

 見ると癒しの手をかけているようだ。


 俺も何か手伝えないものか。


 そう思って周りを見渡すと、あのアレゾークが落ちている。


 …なにか気になるな


 俺はそちらに向かおうとして


「…待ち、たまえ。それは、今や危険だ」


 声が聞こえた。

 振り向くと、鬼が体を起こしている。

 スルスルと体が縮み始め、身長は175位になった。

 それでもまだ身長は高い方だろう。

 白い髪に、眼鏡をかけ、線は細いが強さを感じるなんだかダンディなおじさんだ。


 誰だアンタ!


「君達が、助けてくれたんだね。ありがとう」


 呻きながら体を起こす彼は俺たちを見た。


「ずっときみ達は見えていたのだが、もう抑えが効かなくて。せめてアレゾークの力だけは抑えていたんだけど…」


 ウェスがそれを聞いて頷く。


「やはりそうでしたか。砂塵の鉄塊アレゾーク。能力使用をされていたら危なかった」


 かっこいい二つ名みたいのが聞こえて、正直詳しく聞いてみたい所ではあるが、

「そんな事より、立つのも大変かも知れませんが来てください!お願いします!」


 男性は俺の勢いに気圧されて目を白黒させている。

「どうしたんだい?」


 比較的冷静なウェスが説明を引き継いでくれ、話を進める。


「私達の友人。仲間が熱を出したのですが、貴方なら薬を持っている、とうわごとで…」


「熱、私が薬を持つ…?」


 ハッとした表情をした彼は、立ち上がる。


「リテル?リテルに何かあったのかい?」


 ウェスと俺は顔を見合わせ、急いで男性に肩を貸して歩き出す。


 待ってろ、リテル。

 もうすぐだ…!


 雨と土の匂いは強くなる。

 ポツポツと、肩に当たる感覚が出始めた中、俺たちは元来た道を引き返すのだった。

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