第25話 任せとけ
目的のあばら屋が見えたため、速度を緩めるつもりだった、のだが。
俺は加速した勢いを殺す事ができず、危うくあばら屋に激突するところだったが一度空中に飛ぶ事でそれを避けた。
自分でも焦りすぎだとは思いつつ、空中で体勢を整えて減速を図る。
夜天の星々に手が届きそうな程飛び上がった俺は、そのまま周りをぐるりと見渡すことにした。
深夜の郊外
都会的な灯りが独立都市エリモスの中心方面から漏れており、思わず見惚れてしまうほどだ。
見えるのはネオンの光や、オレンジのあたたかい光。
人々が息づいていると分かるその有様は、王都とはまた別のあたたかさがあるように見えた。
夕刻に起きた悲惨なやりとりがまるで嘘のようだ。
その反面
この辺りは砂漠と、ちらほらと見える家々がまばらにある程度。
その家々はまるで時代に取り残されたかのように古ぼけ朽ちており、とても人が住んでいるようには見えない。
しかし、不思議とこのあたりに漂う身が引き締まるような空気感は神社の境内のようで。
そんな風に思った時だ。
轟音が響き、建物の一つが倒壊したのは。
『トウヤ、あれを!』
「…!」
空中にいる俺たちから少し離れた建物。
それが土煙をあげて倒壊した。
細かくは分からないが、目を凝らすと何かが暴れているのが見える。
リテルを抱えた状態で向かうのは危険すぎるため、俺は目的地"だった"あばら屋の裏手に着地した。
かなり大きい音と衝撃を伴って着地したのだが、リテルは一向に起きない。
うなされている様を見るに、相当熱があるのだろうと思う。
風を防げる所で休ませてやりたいが、この家屋はどう見てもいつ倒壊するか分からないように見える。
俺は急いで周囲を見渡す。
すると、このあばら屋から少し離れた場所に大きめの石碑と祠のようなものを見つけた。
駆け寄ると作りがしっかりしていそうであり、手入れがされた形跡もある。
俺とウェスはここにリテルを置いていく事にした。
リテルを石碑に預けた時、遠くから凄まじい地響きと、なんだか悲しげな咆哮が聞こえた。
「リテル、少し待っててくれな」
“行こう、ウェス”
『はい。ですがあの…』
“?”
踵を返して音の方に向かおうとした時、気がついた。
ちょこんと袖を摘んだリテルがこちらを見ている。
熱にうなされた子供が親に行かないでと縋るように、あるいは特別な誰かに甘えるように。
「ジンヤ。あいつは、殺したらだめ」
「あいつは…」
それからリテルがポソポソと熱にうなされながらも語る内容に俺は驚いたが。
それよりも俺とじいちゃんを本気で間違えたリテルが心配でしかたなかった。
熱は秒読みで悪化しているのだろう。
病に耐えるように虚な目で俺を見て、小さく息をするリテルを見る。
なんだか家族に置いていかれたような。
そんな寂し気な姿を見て。
…せめて、置いて行く以上は少しだけでも安心させてあげたい、そう思った。
“ああ、だからか。じいちゃんの刀は。多分、もしかしたら…”
そこまで思考は至ったが、全ては空論。
意味のない妄想だ。
だから今俺がすべき事は
「…リテルよ、”ワシ”はいつもこんな時なんと言ってたかな」
『…トウヤ』
ウェスが、俺になんともいえない複雑な思いを伝えてくる。
でも、さ。
「何、言ってんの?"任せとけ"っていつも…」
そう言いながら段々と目を閉じるリテルに。
俺は、確かに聞こえるように、言葉を告げた。
「ならリテル、”任せとけ”」
俺の今すべき事は、リテルを心配する事ではなく、あの傍迷惑なリテルの友人を止めてやる事のようだ。
その瞬間、カッコをつけた俺は飛び出した。
打ち出された砲弾のような勢いで地を駆ける。
あの人、いや今はあいつと言う方がいいのか。
あいつはリテルの病気の治し方を知っている。
だから、少し頭を冷やしてもらわないといけない。
『…トウヤが熱くならないでくださいね』
そう言うウェスからも、早くリテルをなんとか楽にしてあげたいという思いが伝わる。
強い想いのせいか?
気のせいか、纏う影まで熱い気がした。
そのまま飛ぶように走り、あいつの場所に着きそうなったとき。
ウェスから声がかかった。
『…トウヤ、大事な事を伝えておきます』
“何?”
『今回の戦闘は影桜が使えません。
夜のように私たちより影の面積が遥かに大きい場合、影の中で魔力が散ってしまうので転移できないのです』
屋内なら別ですが
なんて、それを今更言われても引き返せない場所まで来てしまった。
アレがなければ回避できる確率が格段に落ちる。
とはいえ、引き返すつもりも毛頭ないが。
“此処にくるまでに言わなかったのは、それでもやるしかないから黙ってたんでしょ?”
『ごめんなさい…』
“いいよ。どのみち朝まで待つわけにいかないんだから”
むしろそれを今知れておいて良かった。
下手したら戦闘中にやらかしていたかもしれない。
数秒後、先程見えた場所に着いた。
…土煙がいまだ上がる、倒壊した建物の横。
そこにそれは居る。
月もあまり見えない曇り空。
そんな闇の中、"鬼"は立っていた。
身長190センチはあろうかというその鬼は、なんと背丈よりでかい金棒を持っている。
雲を割るように差し込んだ月の光のおかげで、和服のような服と羽織をまとっているのはわかる。
しかし、背を向けている為表情は読めない。
とはいえガタイの良さから男だろうという事は流石にわかった。
そして前から見ると隆起しているであろう二本のツノの先端が、月明かりを受けて煌々と輝く。
その様はまるで神話に登場する鬼そのものだと思える。
それは、まるで何かに慟哭をあげるかのように天に向かって吠えていたが、近づいてくる俺たちに気がついたのだろう。
慟哭を止め、ゆっくりと振り返る。
その顔は、血肉を喰らう鬼の顔そのものだ。
勿論本物を見たことはないが、きっとそうなのだろうと思い、背筋が凍り手足が恐怖する。
そんな俺を見てゆっくりと前傾体制になり、金棒を背負うようにして”敵”を見据える”鬼”
俺とウェスは鳴り響く頭の警告を受けながら臨戦体勢をとる。
…リテルの話と、警告が本当ならコイツは
『気をつけて。ウェスタの子供達の一本を、持ってるから…』
鳴り響く咆哮。
地を割るほどに四肢を漕ぎ、凄まじい勢いで俺たちに駆けてくる。
奴が振り上げたウェスタの子供達の名を、ウェスが呟いた。
『アレゾーク…!』
郊外で鳴り響く轟音
それはまるで大砲の撃ち合うような音であり、また何かが爆発するかのような音だった。
“いや待て!受けたら死ぬ、受けたら死ぬ!”
最早それしか考えられない。
カッコつけてきたわりに情けないと自分でも思うが、こんなモノを受けたらミンチになる!
影桜が使えないなら、と身体強化を4倍に重ねたのだが奴の剛腕に全く届かない。
血に飢えた鬼のようなそいつは、身長よりでかい金棒をまるで小枝のように振り回す。
更にはとんでもない膂力で凄まじい加速をしてくる。
足捌きを使って細かく避け回る俺たちに、技術なんか関係ないとばかりに追いついてくるなど、俺たちは力任せの勢いに押されて防戦一方になっていた。
“まるで小枝のようにって表現をリアルでするなんて思わなかったよ、クソっ”
『私もですよ。ッ!来ます!』
破壊の一撃一撃を、下がり、飛び、流し、避ける。
余計な事を考えれば、即ち死。
190センチもある大男が、化け物みたいな力を使って身長よりでかい鈍器を振り回して追いかけてくるのだ。
恐怖以外の何物でもない。
更に、警告が常に頭に浮かび続けると言う最悪な状況。
全くもってイライラする。
この邪魔な警告のせいで逆に死ぬわ!
などと焦っているとはいえ。
…本当のところ、倒すか殺すとなれば手段がないわけではないみたいなのだが。
ただ、それはできないわけで…!
『”リテル”さん…!』
2人の思いが重なる。
コイツに手間取っている時間がないが、コイツでないとリテルを助けられない。
しばし隙を伺うように逃げ回り、息を落ち着ける。
『奴はアレゾークを使いこなしていません。今ならまだ、なんとかできます』
"アレで…?"
『アレは単に振り回しているだけ。能力は全く。多分、理性がないので使えないのか、或いは…』
そこでウェスは考えるのを止めて黙ってしまう。
俺はどうするか悩みつつ、ジリジリと距離をなんとか離し奴の隙を伺う。
そして、膠着状態になり始め。
月が完全に隠れた時だ。
不思議と体に魔力が宿るような感覚と共に
『…トウヤ、逃げ回るのも飽きませんか?』
そんな声が聞こえた。
一瞬皮肉かと思ったが、ウェスに限ってそれはないとすぐに考えを打ち消す。
ウェスは何かを思いついたのだろう。
『一つ、今の状況なら使える魔法があります』
ウェスから作戦が流れてくる。
花篝を通して、どう動き、”どう刻む”かを教えてくる。
それは、ウェスの得意とする本来の魔法。
"魔素"ではなく、"魔力"を用いた”魔法”だった。
『このままではジリ貧。リテルさんも危ない。なら…』
俺は心の中で頷く。
鬼はこちらを向いて、いまだ殺意を向けてくる。
月は完全に隠れ、夜の帷は下りた。
ウェスの魔力が溢れ出す___
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます