第24話 砂上の独立都市(後編)

「お待ちしておりました」


 ヘッドドレスを付けた、肌が小麦色に焼けたメイドさんと血色の悪い執事さんのような二人が出迎えてくれたのは、エリモスの王の座す宮殿前でのこと。

 時刻は夕刻に差し迫るかどうか、といった時間だった。


 俺たちはそのまま顔パスで宮殿内を通り、応接間まで通される。


「随分警備が緩いような・・・」


 普通、宮殿ともなればもっと警備の人がいるのではないかと思っていたのだが。

 それに、この腰の刀も預けるとかしなくていい物だろうか。


 がらんとした宮殿内は静かなもので、ここに来るまでにあった中庭の噴水の音が聞こえてくる。

 やっと砂漠の町らしい光景を視れたことで、さっきまでの不快な思いは払拭できていたがこの胸のざわつきはなんだろう?

 まるで何かに見られているような。


 そんな感覚


 そう思ったとき、扉が開き人影が現れた。


「すまない、お待たせした」


 小麦の肌に精悍な顔立ち。

 鍛え上げていると分かる肉体に、こけた頬には立派なあごひげを貯えていた。

 砂の国の王を名乗るにはふさわしいと思わず思ってしまうほどの威厳があり、王都王城の王とはまた違った貫禄がある。


 いや、イドス王は大分気を使ってくれたのだろう。

 本来、この王の佇まいこそが正しいのだ。


 強い瞳が俺を射抜き、順にウェス、リテルを見る。


 リテルを見たときだけ、動揺したようだが。

 そりゃそうだ、恰好が奇抜すぎる。



 現れた王はレクスと名乗り、遅れたことへの非礼を詫びてきた、が。


 次に口を開いた時。


「ふむ、すまない。アント・バリオンを討伐したと聞いて、その、戦士を想像していたのだが・・・」


 と、含みのある言い方をした。


「まあ、期待とは違いますよね」


 俺は笑う。むしろ、笑うしかないのは向こうか?

 特殊装騎みたいのを想像したんだろうから。


 しかし、横を見るとリテルはぽんちょを脱がないでしらけているし、ウェスは王を見て興味をなくしたような瞳をしているのが分かる。


 この二人にとってこの王は何らかの基準以下ということなんだろうか?


「ふむ」


 場の空気を読み取ったのか、王は執事に書類を持ってこさせた。


「これが、今朝の被害地区、および破壊された場所だ。貴公らには、そこに向かい、調査を依頼したい」


 イドス王からもらった書類と変わらないように見えたそれは、徐々に郊外から町の方に被害を移しはじめているように見える。


「本当に調査が依頼なのですか?」


 ウェスが口を開く。


「どういうことかな?」


「ウェスは傀儡にはきいとらんよ。騙せるのはそこな純朴青年くらいなもんじゃろ」


 リテルは心底不快そうな顔をしつつ「下手な芝居しおって」と廊下を睨む。


「・・・なんだ。ばれてたか」


 奥から現れたメイドさん。

 さっきの小麦肌のメイドさんだ。


 その瞬間、王様はガクンと糸が切れたように倒れ、机に突っ伏してしまった。


 いや、王様というのは状況的に、もしかして・・・


 メイドさんはこちらに寄ってくると、頭のヘッドドレスを外す。


 そこから現れたのは、金に光る角が二本。

 まごう事なき亜人だった。


 リテルは不快な顔を保ったまま吐き捨てる。


「変わっとらんな。アスティ」







「亜人の王様?」


「あら、意外かしら」


 そう答えるのは、アスティと言われたこの女性。

 ここ砂漠の独立都市の王であり、今現在は実質的な支配者だという。


「亜人は異人より多くの歴史を持っておる。こういうのもたまには居るわい」


 リテルは余程嫌っているのか、アスティさんを睨んでいる。

 俺は妙に緊迫した空気の中で、思案していた。


“リテルにしては気が立っているな?”

“ウェスがしらけていたのは王様じゃないと見破ったからなのか。さすがだなあ”


 なんて、呑気にそう思っていたのだが。


 俺はすぐ、俺自身がどれだけ甘いのかを自覚することになる。



「そういえば、さっきの王様は?」


 いまだ机に突っ伏して動かない男性を見る。

 誰なんだろう。

 アスティさんの知り合いとか?起こした方がいいかと思って近寄るが。






「ああ、いいのよ。ソレは死んでるから」




「え?」


 背筋に冷たいものが通った。

 今、何て言った?こいつ。


「だから、それ死んでるの。亜人差別の急進派の一人でさ」


「割り出して、捕まえて。

 仲間の居所吐かせようとしたら、死んじゃった」


 あーあ、と。

 残念そうに。


 ウェスの目が徐々に吊り上がる。

 …そうか、気がついていたから。


「家族が居るんだーとか泣いてたのよ?自分たちは亜人を裏で葬ったりしてるのに」


「でもすごいでしょ?私は死ぬ前の人間の技能も操れるからさあ。人間て権力に弱いでしょ?だからコイツ使い勝手よくて。今は隠れ蓑にしてるのよ」


 貴方も騙されてたわよね?


 なんて、真っ暗な目で。


 そこまで言って


「不快じゃ。いい加減黙れ」


 リテルの目が、悪しき者を睨んだ時のような目になっていた。


「・・・ふうん」


 クルリと回るようにしてリテルに近寄るアスティ。

 ウェスが一瞬反応しかけるが、リテルが手を軽く上げ制止させた。

 俺は、腰に手を伸ばし鯉口を切れるようにする。


 リテルに何かしようもんなら。

 そんな俺たちの警戒とは裏腹に、アスティは楽しそうだった。


「随分丸くなったよね?」


「ワシは昔も今もお主程いかれとらんが、いい加減黙ったほうがいいぞ」


「そんなこと言ってぇ。さんびゃ・・・!?」


 次の瞬間、アスティは俺たちの前から消え失せた。


 ドン、という音と共に。

 リテルはその場から動いていない。


 ただ、座っているだけでアスティは吹き飛んだ。


「・・・は?」

「リテルさん・・・?」


 俺と、ウェスは目をむく。


 消え失せた、というのは壁をぶち抜いてアスティが吹き飛んでいたからだ。

 だが、俺とウェスが、目で追えなかった。

 何をしたのかすらわからない。


 が、次の瞬間には、何かを跳ね除ける音がして穴からアスティが戻ってきた。


 明らかな殺意を湛えたそれを見て、俺は鯉口を切る、が。


“抜けない!?”

 手入れの時は普通に抜けたのに!

 何とか鞘から抜き放とうとしている間にも、アスティはリテルにとびかかろうとしている。


「コノ、クソが!痛いじゃねえ、ガ」


 そこまで。

 跳ね飛ぶように飛び掛かったアスティは何も言えなくなる。

 ただ座っているリテルに頭を垂れるように、動けないようだ。


「小娘。もう、動くな。しゃべるな」


 ゾッとするほど、やさしい声だった。

 リテルの声は、鈴のように響き渡り。


 次の瞬間にはギギギギという音と共に、屋敷が歪む。

 凄まじい音を立てながら、アスティは頭から床にめりんでいく。

 曲がってはいけない方向に曲がりながらどんどん沈んで…


「リテル!」


 呼びかけるが反応がない、かと思ったが。

 虚な目で俺を見た。


「…ふう」


 と、いつもの調子で息を吐いたリテルはアスティにトコトコと歩み寄ると、汚なそうにアスティの頭をつかんで持ち上げ、何かを呟く。


 ガクガクと震えたアスティをその場で放り投げ、リテルはこちらを向いた。


「目的地は郊外のあばら家じゃ。行くぞ」





 王宮を出て、郊外に向けてしばらく歩く。

 日は暮れ、街灯の灯りが優しく俺たちを包む。


 時間の経過とともに人々の雑踏は消え、店のシャッターが降り始めている音が聞こえた。


 先ほどの殺気立った空気とは裏腹に流れて行く優しい時間。

 俺はこういう時間は好きだった。


 しかし、そんな周りの空気とは裏腹に。


 俺たちの雰囲気は最悪だった。


 リテルの凄まじい力を目の当たりにした俺たちは、トコトコと先をいくその後ろ姿に声をかけることができないでいたのだ。


 屋敷を出る時、あの顔が青白い執事さんも倒れ伏しており、どうやらあの屋敷に生きている人間はいなかったようだと知る。


“あの時感じた悪寒はあれか”


 警告が発動しなかった理由は、厄災レベル程の危険性はなく、またアスティは少なくとも俺たちに危害を加える気はなかったからなんだろうか?


 そんな事を考え歩く道は、皆無言で。


 それから更に歩き、屋敷を出て一時間はたっただろうか。

 店類は見えなくなり、家々もまばら。


 灯りもポツポツと見えるかどうかという状態になると、ムードメーカーが押し黙るだけでこんなにも心細いものなのだと知る。


 耐えきれなくなった俺がリテルにさっきの事を聞こうとした時、先をいくリテルの足が止まった。


 ウェスと2人、並んで止まる。


「…すまんな」


「え?」


「さっきは、すまん、少し、気がたってしまった。どうかしていた、の」


 俺たちの方を向いたが、その目はどこか焦点があっていない。


「すまん、本当にどうしたんじゃろうな?加減が、あれ?あれ…?」


 リテルの様子がおかしい。

 2人、心配になって近づくと、リテルは震えているのに気がついた。


「リテル?」

 なんだろう、顔が赤い。

 近づいて、額に手をやると


「ウェス、熱だ!すごい熱!」


「!!」


 ウェスが駆け寄ってきて、2人で確認する。


「リテルさん!?なんですかこの熱!」


 珍しく、殆ど叫ぶようなウェスの声を聞いてリテルは首を横に振る。


「…なんかおかしいと、思ったんじゃ。どうにも、力の加減がおかしいと」


 小さい体がブルブルと震えている。

 どんどん熱が上がっているようにも思えて、2人して焦ってしまう。

 そんな俺たちを見かねてか、リテルは


「2人、とも。ワシを、あのあばら屋に連れて行ってくれ、頼む」


 震える指で、少し離れた先に見える灯りを指さす。

「あそこにはワシらの目的であり、ワシを治せる物を、持つ者がいる…」


 頼む


 そう言って目を閉じた。


 俺はウェスに花篝になってもらい一体化。

 身体強化をかけてリテルを運ぶ。


 文字通り飛ぶように加速しつつ走り、あばら屋へと急いだ。



 この後に起こる出会い。

 それはこの街に潜む問題と直面することになる要因となると同時に、リテルの過去を知る者との出会いの始まりでもあったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る