第36話 激突

「リテル、車停めて下がってて。ウェスと出る」


 リテルを連れてきたのはディブロスさんと話す際の説得要員であって、戦いの場に出てもらうためではない。

 ウェスと、俺の目を順に見たリテルは、神妙な顔をして頷き減速。

 未だ動かないディブロスさんらしき存在から距離をとり、建物の影に隠れるようにメタルマイマイ二世を停めた。 


 しばし待つように言われ、ごそごそと荷物を漁ったリテルからリストバンドのような物が渡された。


「なにこれ?」

「これは魔素転換装置。万が一の為じゃ。如何におぬしらが魔素に対して耐性があってもな」


 リテルが言うには俺の体は今、魔素をいったん魔力に再変換して呼吸できる体らしい。いうなら高濃度酸素を体が中和して酸素にして取り込むということで。


 それがセーマさんの言っていた俺に耐性があると云う事であり、こっちに来る時にもたらされた物なのだろう。

 だが、万が一その中和限界をアレゾークが上回ったとき、これを使えということだった。


「おおよそこの濃度の3倍までは対応しとる。5分程度は魔素を魔力に変換して中和できるからの。その間に何とか逃げてくるのじゃ」


 リテルは何とか倒せとは言わない。アレはそれほどまでに強力なのだろう。



「ありがとう。いこうか、ウェス」


 そう言って俺は外への扉に手をかけたが。


「トウヤ、私からも少し聞いてください」


 開けて出ようとした所、ウェスが俺の服を引っ張って止めた。


「どうしたの?」


「今やここはアレゾークの支配権。リテルが言うように、如何に耐性があっても本当に危険です。砂の一粒一粒に至るまで、私達の敵だと認識してください」


「……わかった」


 ウェスタの子供たち。

 イリニスの時は何かを封印するという能力であり、その対象は悪しき者だった。

 故に、アレは何かを攻撃するものではなかったのだろう。


 だが、今回は明らかな攻撃能力だ。

 対峙してどうなるかは全く想像がつかない。


「あとは、そうですね」


 グイっと。

 体が引き寄せられた俺は、そのまま抱きしめられた。


「え?」


 暖かさと、気恥ずかしさ、あとは言葉に出来ない気持ちのあまり、心臓の音が加速する。それと同時に。


(リテルがめっちゃ見てくる!?)


 ガン見である。目を皿のようにして、にんまりとしながら俺たちを見てくる。

 しかし、ウェスはいたって真面目な声だ。


「…すみません。でも、もう少しだけ」


「は、はい!」


 そんな少々情けない俺を気にすることなく、ウェスからの忠告は続いた。


 まず、今回は攻撃魔法は使えない。魔素を含んだ多量の砂の影響で魔法が届かない可能性が高いという。されに、今回はアレゾークが真の力を発揮できる状況であり、縛鎖の典礼も使える状況ではない。


 下手をしなくても、死ぬ可能性が高い。ウェスはそう言って顔を伏せた。


 それを聞いた俺は黙り、ウェスも何も言わない。

 しばし、無言でそのまま抱き合った後、身を離した。


「ウェス、つまり今のはお別れかもしれないからってこと?」


 ウェスの目を見て、真意を問う。


「……」


 ウェスはいつものごとく目を伏せ、思案している。


(これは、言い辛い事を言うときの仕草だなぁ)



 俺は最近ウェスに考えを先回りされることが多いが、ウェスもかなり分かりやすいのだろうと思う。

 それに仕草以外にもいろいろ、一緒に居る内に見えてきたものが多くて。


 話を聞いて妙にしょげ始めたリテルだってそうだ。

 出会ってからのイメージはどんどん変わって行く。大人な姿があったり、かと思えば子供みたいだったり。


「ああもう、わかった。じゃあこうしよう」


「…?」


 ……例えば、俺が何かの英雄だったら。


「ウェス、悪しき者を打倒しようというのにそんな弱気でどうする。世のため人のため、死んだって使命を果たそうよ」


 とか、鼓舞できるのかもしれない。本当に命を懸けないといけない場面で他人にそれが言える人間は、自分自身もそうして納得させられるのだろうから楽なものだ。


 そして、そうした存在を英雄と呼ぶのかもしれない


 でも、俺はそんな理由では命を懸けて戦えない。この数日間でいかに俺に英雄の気質が備わっていないかを自覚した。ウェスだって悪しき者を放っておけないのは事実だろうけど、本心は復讐の為の筈だ。


(警察官になりたかったのだって、そもそもは憧れ。自分がそうしたいから、だったんだよな……)


 憧れた人を目指したのも、力のない人のための存在になりたいと思ったのも。


 あの時、子供を放っておけなかったのも、今ディブロスさんを止めたいのも。これら全ては誰かからの押し付けではない。自分がしたいからだ。


 俺もウェスもきっと、”誰かのために”じゃ生きられないから。

 だったら、自分自身のために戦って、生きて帰る目的を作らないといけない。


 だから


「さっきのがそういう意味でのハグなら、ナシ。戻ったら、頑張ったって意味でハグしよう」


「え、と?」


(……あれ?おかしい。俺は何言ってんだ?変態みたいなこと言わなかったか今)


 付き合ってもいない、ましてやいつもよくしてくれてる女性に邪な感情を挟んだことに自己嫌悪をし。すぐそばでリテルが凄い顔をしているのも分かるが、とにかく!


「なんでもいいから生きて戻る理由を作っとこうよ。せねばならない、じゃなくて。したいことで。俺のはもうさっきのいいです」


 もう羞恥やら何やらで俺は真顔である。ウェスは何とも言えない表情をした後俯いてしまった。


 というか戻ったらハグしたいから生きようなんて、そりゃ怒るよな?と思っていると。顔を上げたウェスは笑っていた。


「私も、それいいです」





 俺たちはディブロスさんの前に飛び出した。

 未だうつろな目でただ立ち尽くし、絡みつく魔龍を見て怖気が走る。


 花篝を持って、地面を這うように走り、身体強化を付けてもらい加速。


 ディブロスさんはまだ動かない。


 ”このまま動かないなら……!”


 刀身に炎が奔り、そのままアレゾークを持つ腕を斬りとばすため飛び上がろうとして


 ”警告”


 警告に飛びのいた。


 後ろに加速した勢いのまま飛びのいたが、そこに砂が襲ってきた


『トウヤ!』


 花篝を振りぬく。花弁が散り、それは爆炎へと変わる。

 砂の完全な融解には凡そ1500~1600℃必要のはずで、花篝の最大温度は4500℃

 迫る砂を燃やしつくして尚余りあるその爆炎は、建物に引火する。


 しかし、気にしている余裕がなかった。

 爆炎に焼かれながらディブロスさんが突っ込んできたのだ

 咆哮も、叫びも、言葉も何もなく、ただ俺を殺すためだけに。


「うお、おおおお!?」


 躱しきれずに受けた結果、葉っぱみたいに吹き飛ばされたが上に飛ばされたのが幸いした。体を無理やりひねり、空中で体勢を整える。


 ”ディブロスさんは!?”


『後ろです!』


 空中で回避不可能ななか、すさまじい速さで後ろに迫る影。視線を向けたくないとすら感じる圧倒的な圧力。

 視線の端に映るのは赤い目のような内臓で……!


「オラァ!!」


 爆炎を振り向きざまに、喰らいついている魔龍に向けて放つ、が。およそ重力とは何かと聞きたくなる勢いで空中でぐるりと回転。爆炎は魔龍の部分には届かず、宙に舞う。


「あ」


 花篝は右手で振りぬいてしまって、防御には間に合わない。

 無防備に投げ出された体に振り下ろされるアレゾーク、眼前に迫る死は回避しようもない、が。


「まだ、一本あるんだよ!」


 じいちゃんの日本刀。

 リテルが最早執念という域で強化し続けたこの大業物は左手で抜きはらった勢いでアレゾークと激突。

 その勢いでわずかに俺の体の位置が下がり、ギリギリ即死は免れた。


「……!!!」


 が、落下する勢いも同時に加速。

 吹き飛ばされたまま家屋へと落下した。


「くっそ……!」

『トウヤ!』


 上を見るとそこには迫り来る死。

 確殺せんと、アレゾークを持ったまま降ってくる鬼が居て……!


「二人とも、頭を下げるんじゃ!」


 横からはリテルの声。

 俺はとっさに頭を抱えて伏せた。


 一瞬、伏せた地面が光るのが見えた。

 次に来たのは、爆風のような衝撃波。それと少し離れた所に何かが落下する音だった。


『今のは……?』


 リテルが俺たちに駆け寄り、例の携帯みたいなものを耳に当ててくる。聞こえてきたのは、知り合いの声だった。


《トウヤ君、すまない。君たちの戦闘のおかげで攻撃目標が確認できた。これより援護に入る》

《おいおい、奴さん今のでまだ生きてるぞ。しかもぴんぴんしてやがる……》


 セーマさんと、マルティアの声だった。









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