第8話覚悟と契約(前編)

(リテルがなぜここに?)

 疑問を抱きながらも、俺はウェスを背負って2階下の鍛冶場に駆け下りていた。


「ほれこっちじゃ!早よせんか!」



 先を行くリテルが手招きを繰り返す。

 体は羽のように軽いのだが、完全に気絶している人を背負った経験がないため望みどおりに動けない。

 だんだん呼吸が浅くなるウェスをすぐ運んであげられない自分がもどかしかった。


 段を飛ばしながら降り続け、何とか1階の鍛冶場の前に立った。

 それを確認したリテルが最早体当たりのような勢いで扉をあけ放つ。


 誰もいなかったのだから当たり前だが、室内の暖かさは消え失せていた。

 暗く落ち込んだ室内に気を付けて入る。


 足元には鍛冶で使う道具が転がっているのか、歩くたびに何かを蹴飛ばしてしまっている気がするが気にしてはいられないだろう。

 リテルはひょいひょいと先に進んでいくため、暗い中でもよく見えているようだ。


「ここと、ここじゃったか?」


 リテルが奥の書棚を何やらいじっていたと思えば、何やらガコンという音がした。

 それと同時に、リテルのいる奥から手前の入り口まで順に壁掛けに火がともり始める。


 室内が明るくなっていく。


 やはり足元には道具が散乱していたようだ。

 それを行儀は悪いが足でどかし、ウェスを下せる場所を作ろうとするが


「何をしとるんじゃ、こっちじゃこっち」


 中央のに足をかけ、リテルが手招きする。


「こっちって、そこは炉じゃないか」

 まさかそこに下せというのだろうか。


 いや、火と炉の女神だ。

 もしかしたらそこに入れることでウェスが助かる?


 そう思いながら近づこうとすると、いいから来いと言いながらリテルは炉の中に飛び込んでしまった。


「え?リテル!?」


 慌てて駆け寄るが、そこにリテルの姿はない。


 代わりに炉の中には階段が現れており、下から呼ぶ声が聞こえる。

 ここを降りて行ったらしい。


 狭いのでウェスの頭をぶつけないよう慎重に、かつ急いで降りていく。


 小走りで降りていくと、広い空間に出た。

 リテルはどこだ?



「リテル!どこにいるんだ!」


 声を上げると、少し遠くまで反響する。どうやらなかなか大きい空間らしく、離れた位置から返答があった。


「今ゆく!」


 またもガコンという音が聞こえ、今度は歯車のような音が聞こえ始めた。

 地下の密室のなか、キュリキュリという音が響く。


 その音は直ぐに止まったかと思えば、続けてガン、ガン、ガンという音がする。

 その音が段々小さくなり始めると、次第に室内に明かりがともっていく。


 どうやらリテルは明かりをつけに行ってくれていたらしい。




 明るくなった室内に目が適応するのに時間がかかる。白けた視界が徐々にその輪郭をとりはじめ、更に数秒して目がしっかり見えるようになったとき。


 寄ってきたリテルも気にせず、俺は周りを見渡すと思わずつぶやいた。


「何だ、ここ?」


 その部屋は想像より大分広かった。


 正方形の部屋だが、普通車が10台以上入りそうなスペースがあり、壁には古めかしいが金で装飾の施されたランプがついている。

 それが均等な間隔でつるされ、部屋を明るくしていた。


 とはいえ、部屋のつくりは簡素だ。

 床は碌に舗装もされていないため土がむき出しになっていると所すらある。


 が、よくよく見ると壁の一部には装飾が施されていたような跡がある場所もあったりするため、ただの倉庫や地下室目的で作られた部屋ではなさそうだった。


 その中で何よりも目を引いたのは部屋中央の


「なんだこれ・・・?」


 恐らくは炉だろうか?


 俺たちが通ってきた物より3倍は大きい炉が鎮座ちんざしていた。


「そう。ここにウェスを下すのじゃ」


 リテルが指さすそこは炉の中だった。


「・・・ここか?」


 確認しながらゆっくりとウェスを下す。

 もう意識はなく、呼吸も浅い。顔色も蒼白を通り越し始めた。


 もう時間はない


「リテル、ここからどうするんだ?」


 俺はリテルに問いかけるが、ウェスを見たまま何も言ってくれない。

 何かを考えて、どうしようかと迷っているようにも見えた。


 いや、何をためらっているかはわからないけど急がないとウェスがまずい。


 俺は先をうながそうとして


「・・・トウヤ」


 まっすぐな目のリテルと目が合う。その目には強い何かを感じられる。

「な、なに?」

 思わず気圧されたが、その眼には真剣に答えなければならない何かが宿っているようにも見えた。


「ウェスを頼むぞ」


「・・・え?」


「おぬしは思い出したのじゃろ?ウェスの役目と孤独。そして自らの役割を」


 リテルは顔を伏せた。

 その肩は震えているように見える。


「こやつはずっと一人で戦ってきた。まだ五つか六つのころからだったか?」


 ウェスの頬をなで、黒い髪を梳きながら向けるその眼差しは、まるで娘を見るような眼だ。


「だからトウヤ。おぬしに問う」


 俺の目を見る


 逃げないでくれという不安のないまぜになった目をこちらに向ける


「おぬしは、役目を負い、ウェスと共に在る覚悟があるか?」

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