第1話 夢の終わり (後編)
薄暗くなるまで歩いていると、駅前の繁華街にでた。
食欲がそそられるにおいが周りに溢れており、家族連れやカップルの楽しそうな声がする。やれオムライスが美味しかっただの、フレンチが素敵だっただの。
なんだか聞いていたら腹が減ってきた為、何か食べようかと考える。しかし一人でレストランに入るのも味気ないし、かと言って何かしらの露天が出ているわけでもなかった。
街路樹に寄りかかり、ポケットの財布を確認。小銭が少々と札が3000円分ある。
どうしようか少し悩んだ結果、コンビニでホットスナックを買うことにした。
ちょうど20メートルくらい先に有名チェーン店の看板が夕暮れ時でも良くわかるよう輝き始めていたため、俺はあそこで買うと決めた。
(一人で寂しくチキンをモソモソ食ってやろう)
すれ違うカップルや家族連れを見て悲しく決意した所で、俺はポケットでスマホが光っているのに気づく。取り出してみるとメールは母さんからだった。
“今日は早く帰れるよ。一緒に食べようか!??(^_^)”
ホットスナック、食いそびれたな。と顔文字つきのメッセージをみて脱力する。
すぐに腹を満たせなくて残念なような、でも誰かとご飯を食べる幸せがいいような。
そんな複雑な気持ちを抱いたものの、結局"早く帰ろう"という、ただそれだけの思いが残った。
「……もう一度、頑張ってみようかな」
一人呟く。こんなことにはなったけれど、俺にはまだ家族がいてくれて、迎えてくれるわけで。だから、塞ぎ込みすぎないようにしようと思った。
人間関係もあきらめないでまた作りなおして、その人達と美味い飯でも一緒に食えるようになろうと。
とりあえずは帰ったら今後の方針を決めて、もう、中途半端はやめるんだ。
(現実を、なんとか見て……)
そう。そう思った矢先だ
目の前で悲鳴が上がったのは
聞こえてきたのは、男のどこか狂ったような叫び声と子供の悲鳴。
更には女の人の金切り声が響き渡る。
最初に頭をよぎったのは
”テンションがおかしい家族連れがいるみたいだな”だった。
でもすぐに違うことに気がつく。どう見ても我先にと人々が逃げ始めている。
その間も、男のよく分からない奇声のような叫び声は聞こえ続けている。
頭が追いつかずにボーっと立つ俺を避けるように逃げていく人達の合間から見えたのは、血に濡れた刃物らしきもの。
(なんかの撮影か?でもなんか、女の人倒れてるな)
そんな事をぼーっと考えている間にも、赤い染みがどんどん広がっていく。
(……あれ?もしかしてあの女の人刺されてる?)
と、思いつつ。そんな訳ないかと考えを改める。
ふと、女の人の近くに目をやった。
わんわんと、子供が泣いているような気がする。
(ああ、やっぱり、子供が泣いているな)
そんな事を思いながら、どこか現実感のない光景をただ見ていた。
(女の人は子供を守ろうとしてるのかな?子供に向かって身動ぎしてるけど動けないみたいだ)
__他人事のように。ただ
子供に目掛けて振り下ろしていく。ああ、あれは確実に刺さるな……?
「……あ、ああああああああ!!」
全力で叫びながら走る。血に塗れた男の方へ、とにかく走る。
(俺は何馬鹿みたいにボーっとしてんだ?馬鹿か?馬鹿だ!)
俺の叫び声を聞いたからか男がこちらを見て止まった。
ならいい、間に合う。いや、間に合わせる!
無我夢中に男へ駆けていき、持っていたペットボトルを思いっきり投げつける。男は面食らったのか顔にクリーンヒットし、たたらを踏んだ。
俺はその勢いのまま、空手の飛び蹴りを男に向けて叩きつける。
プランクがありすぎてヘッタクソだったけど、男は2メートルほど吹っ飛んだ。
俺は身長はそんなにないけど、不意をついての全力の勢いでの飛び蹴りだ。すぐには起きてこれないだろう。
俺は子供の方に向き直り、無事を確認する。
(あれ?変だな、手がぶるぶるぶるぶるふるえて……)
「大丈夫!?大丈夫だよな?怪我ないか?」
息がめちゃくちゃにきれる。呼吸が苦しいくらい心臓がバクバクしてる。
思わず大声で子供に向かって怒鳴ってしまった。
子供は恐怖からか、
また大きな声で泣き始めてしまうが、泣きながら女性を指差して叫ぶ。
「お母さんが!お母さんが!」
俺は手も足も震えながら、血で塗れた子供の母親らしき人に急いで近づいて様子を伺った。
「呼吸はしてる……!」
抱きかかえようとして、ふと冷静になる。
(こんな時って動かしちゃいけないんだよな?沢山血が出ちゃうから、駄目なんだよな?)
少し触っただけで手にべっとりと血がついた。
血か冷や汗かわからないが、髪が頬にペタリと張り付いていて顔は見えない。が、呼吸が浅いのはわかる。
「だいじょぶだ!大丈夫だから!」
それを見た子供が泣き叫びながら
落ち着かせて、とりあえず引き離そうとする俺のかけている声も、手も震えている。
(救急車?パトカー?どっちを呼べば良い?!)
…いや、冷静になれ!
普通に救急車だろ!チクショウ、手が震えて上手くスマホが操作できない!
ふとスマホのパネルを見ると、女性の血でベタベタになっていた。
そのせいで上手くスワイプできないことに気づいて、グシグシとズボンで血を拭う。
上手く拭えたなんて事を思いながら、なんとか先に救急車を呼んだ。
上手く伝わったかわからないけど、番地と目印の建物を復唱してくれたからすぐ来てくれる筈だ。
「お母さんはきっと大丈夫。すぐ救急車きてくれるからな!」
俺は子供に励ますように声をかけた。
子供はまだ泣いているが、少し安心したようだ。まだ油断はできない状況だが、ほっとした顔になりつつある。
周りをその時になってようやく見渡した。
どうやら刺されたのはこの女の人だけらしい。
一部の逃げ惑っていた人は警察を呼んでくれたりしたようで、向こうから数人の警察官が駆け寄ってきているのが見える。
建物内にいる人はガヤガヤ言いながらこっちを見ていたり、更には携帯をこっちに向けている人も居る。動画でも撮っているのだろうか?
まあ今はそんな事どうでも良い。そんな事まで考えられない。
(とりあえず今は子供を、安全な所に……!)
手を引いて立とうとした時。
男を蹴飛ばした方をふと見た。
暗い目をした男がたっている。
さっきみたいにぎらぎらしたナイフを振り上げて子供に向けて走ってきている。
奇声を上げ、叫び始めた。
(ああ、ヒーローって凄いよな)
他人事のように見える情景の中で思う。
彼ら彼女らはこんな時に手が震えないんだろうか?
じいちゃんならずんずん進んでって投げ飛ばすだろうし、親父ならなんか棒が有ればあんなのに負けないだろうと思う。
俺はといえば、手が震えて足も震えて、習った技も使う余裕なんか無い。
物語の人物とかさ。
かっこよく刃物をいなして相手を倒したり、剣を使って
光線で怪獣を倒したりするけどさ。
(あんなの、あんなのは俺には無理だ)
わかってるさ。でも。
目の前でぴーぴー泣いてる子供ってなんかさ。
(ほっとけないよなぁ)
ちらりと警察が駆け寄ってきていた方向を見る。まだ遠い。
(これは、間に合わないな……)
周りが何か叫んでる。
警察の人達もなんか焦ってる。
俺はもう何もわからないし、考えない。
ただ無心、夢中で。
出来ることをするだけだ。
俺は子供を守るように抱きしめた。
子供が泣いてる。
大丈夫、大丈夫だよ。
きっとお母さんも。
背中にガツンと衝撃がきた。
目がチカチカする。これ、痛いんじゃないな。もうなんか背中、熱い。
なんカいもなんかイもガツンガツン衝撃がくる。
お湯がかかってるより熱い。
お湯…?
そういえば、じいちゃんからコテンパンにされるまで稽古された日の夜は。
あのひ、一緒に入ったお風呂もこんなふうに熱かったな。
じいちゃんは情けないななんていっててさ。
オレは次はまけないなんていって。
いろいろまえむきにさ。
あきらめようとしたけど、やっぱり。
だれかをまもれる人になるって夢はあきらめられなかったみたいで。
かあさん、おやじ。
ごめんな。
なあ、じいちゃん。
おそわったこと、なにもできてないけどさ。
すこしは
じいちゃんみたいになれたかな?
――――――――――――――――――――――――――――もう一度目を開けた。
開けたというより、開いたのか。
その瞬間、全部思い出した。
なんでこんな風に血まみれになったのかも、自分が誰なのかも。
背中に手を回す。
痛くないし、穴も空いてない。
血が衣服についていて、さっきまでの事をこれ以上ないほど物語っているのに。
「????」
わたわたと体を触る。
少し髪が伸びたような気がする。目に掛かってるし。
力が上手く入らない。
手も体も動くけど、ずりずりと這うように動くしかない。
(妙な状況だ)
動揺しながらも、とりあえず周りを見渡す。
少なくとも病院には見えない。
更に、俺が寝ているのはフカフカのベッド。
金の装飾のついた
横を見ると大きな窓が開いている。
外の光が差し込んでおり、カーテンが風に
体がとにかく重いが、引きずるようにベッドから窓の方に向かう。
ベッドから転げ落ちたが、壁を沿うようにしてなんとか立つ。
立ち上がり外を見ると、そこには一面の海が広がっていた。
「どこだ?ここ…」
テレビや写真で見た事のあるエーゲ海や、修学旅行で行った先の海なんか目じゃなかった。透き通るような青空と、どこまでも続いていそうな海。
目の前の景色に思わず息を呑んでいると、後ろからガチャリと音がした。
「気がつかれたのですね」
女性の声がした。
振り向いた俺の前に、ゆっくりと歩いてきたその女性と目が合う。
灰色の瞳と、黒く長い髪。
暖かさすら感じるような赤みがかったドレスを着ている。
かけられた声は凛としているが、どこか柔らかい。
正直、こんな綺麗な人をテレビでも見たことがなかった。
息を呑むほど美しいというのは本当にあるようで、目があったまま何も言えない。
(やばい、変に思われる)
「あ、の」
「無理をなさらないでください。今、お茶をご用意します」
その女性はニコリと微笑むと、また扉の方へ歩いていく。
「あ、あの!ここどこなんですか?」
素っ頓狂な声を上げながらやっとのことで絞り出したその言葉に、変わらずニコリとした微笑みを浮かべたその女性は答えた。
「ここは貴方にとっての異世界です」
「名をマンドシリカ。貴方の目覚めを待っていました」
そう告げた
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