プロローグ

第1話 夢の終わり (前編)

 この作品には1話後編終盤に残酷な描写があります。

 お気をつけてご覧ください




『大きくなったらおじいちゃんみたいな警察官になる!』

 声を大にしてそんなことを宣言したのは俺が5歳の時だった。


 警察官の家系でおじいちゃんと親父がそうだったからだけど、俺は殊更ことさらおじいちゃんみたいになりたかった。


 ばあちゃんは絶対にダメだと反対してたけどね。

 でもなんだかんだいって"最期"に話した時は『立派な警察官になるんだよ』なんて言ってくれたのを覚えてる。


 それから俺は少しずつ体を鍛えて、勉強して。空手に剣道、時には柔道をやったりしながら、いつかおじいちゃんみたいな正義の味方にって、そう思ってた。


 …それで


 何で俺は体中、血まみれになってるんだっけ?


 (わからない)


 俺は閉じてくるまぶたの重さにあらがう事なく、目を閉じた。




      ハース・メモリア

   第一章  炎と氷 始まりの終わり


 俺は小学生の頃から警察官になりたかったけど、勉強が大嫌いだった。 

 ほら、テレビのヒーローはみんな勉強なんかしてないし。

 とはいえ、中学2年になる頃には、勉強をしないとなりたいものにはなれないと薄々だが気が付き始めていた。

 それからは勉強も自分なりに頑張った結果、進学校になんていけなかったけど高校には無事入学することができた。

 3年の間、とにかく警察官を目指して体を鍛えたり。勉強したりしながら友達と馬鹿やったりもしていたし、彼女もいた事はある。


 あれは青春だった。


 そのうち進学か就職か選ぶ時期が近づくと、俺は大学には行かずに警察の道を志す事にした。じいちゃんが叩き上げの警察官だったから。

 まあ、心配した周りが色々言ってきたりもしたけれど、俺はそうすると決めたんだ。

 でもその時、憧れてたじいちゃんが反対してきた。

 色々と思う所があったんだろうけど、今思うと心配してくれてたんだろうな。

 子供の頃は警察官になるために色々教えてくれてた癖に、いざ目指してるのが本気だと分かるとすごい動揺してたから。


 親父からは、そもそも警察に入るなら若いうちに少し遊んでからにしろという格言をもらった。

 年齢制限までは試験を受けられるし、受かったら遊べなくなるから、と。

 親父は高校卒業後すぐに警察学校に行ってるからな。

 俺はそれからいろんな人の話を聞いて、色々悩んだが。結局は最初に決めていた道を選ぶ事にした。




 でも高校卒業日の1週間前。


 親父が殺人の容疑で捕まった。


 警察内部は大分揉めたらしい。

 俺の警察学校の件は決まっていたものの、流れた。


 親父は誰をったか?


 ウチのおじいちゃんさ





 __ジリリリとわずらわしい目覚ましの音で瞼が開く。


 ……夢の中で人生の再放送を見るって中々の悪夢だ。

 寝汗で気持ち悪い体をのそりと起こすと、そこは自室のベッドの上だった。

 時刻を確認すると夕方の18時。もうすぐ夜勤バイトの時間だ。


 高校を卒業後、母親に引き取られた俺はフリーターをやっている。

 掛け持ちしながら休日をあまりとらないようにして。

「働いてくれてる母さんの給料だけじゃ生活費が大変だから、すこしでもお金稼がないとな」

 と、自分に言い聞かせている。

 本当の所は暇だとネガティブな事ばかり考えてしまうからだけど。



 正直な話、お金の心配は今のところない。

 俺は一切手をつける気はないけどじいちゃんの遺品整理をしたらかなりの金額になった上に、親父の貯金が沢山あるからな。

 母さんの今後の幸せや、人生のために使ってほしいと思う。

 出かける準備をしてじいちゃんの遺影の前に座る。

 俺は自分の力で頑張ってみせると、じいちゃんの遺影に誓うのが日課になった。




 あの件以降、俺のためになるならばと、両親は離婚した。


 母さんとしては「身内がそういう事になった以上は警察を目指すのは無理かもしれない。でも、出来るなら今から少しずつでも勉強しなさい。そして大学に行けるなら、行ってから会社を探したほうがいい」という考えらしい。


 でも卒業して2ヶ月。それでも切り替えられずグダグダやってる俺を、静かに見守ってくれている。

 母さんは高校卒業後、親戚の会社の事務員をやっていたがある日やりたい仕事が出来たらしい。

 それには大卒の資格が必要だった為、仕事しながら猛勉強して数年後に大卒になったという。

 まあ、卒業した時には他にやりたいことができたらしく、結局最初にやりたかった仕事にはつかなかったらしいが。

 それでも、なりたいものになるためには勉強しないといけないと中学で気づけたのも母さんのお陰だろうな。


 うん、そうさ


(その経験をしてきた人の言葉は、真摯に受け止めるべきなんだ)


 "心の声"はそう言っている。


 でも俺は、小さいころからたった一つしか見ていない。こんな状況で贅沢なことを言ってるのは分かってる。

 こんなどっちつかずの選択肢すら、選べない状況にいる人が沢山いることもわかってるんだ。

 何より俺は子供で、誰かに守られてるから出来る選択だということを。


 だから、一人で頑張ると本気で思うならこんな中途半端をやめないといけない。

 勉強の時間を増やして本気で大学を目指すか、今働いてる所で正社員になれないかとか交渉するべきなんだろう。

 それでも。俺は今こんな風に気が抜けたような生き方をしてしまっている。

 目標とした存在も、そこに至るまでの道も見えなくなった今。


俺は自分自身がわからなくなっていた




 バイトが終わったのは夜中の3時だった。

 最近は母さんを起こさないように帰宅して、飯食って風呂入って寝るのが日課だ。

 明日明後日はバイトは休み。明後日は親父の面会に行く事になっている。

 俺は布団を頭からかぶり、瞼を閉じて意識を閉ざした。


 夢の中で、親父の面会に行った日のことを思い出す。

 親父はどこか壊れちまったのか、今となっては俺はやっていないを繰り返すだけだ。 

 母さんは親父を信じているが、かなりの凄惨せいさんな現場で血に塗れたじいちゃんの日本刀を握ってたらしいから俺は何もいえない。

 状況的には親父が犯人にしか見えないから。

 でも、漠然ばくぜんと親父は何かにおとしめられたんだとも思ってる。


 これは、現実逃避なのだろうか?



 


 夜勤明け。明日は親父の面会に行くので、実質自由な休日は今日しかない。

 だというのに、もう午後だ。

 残念ながら、結構寝てしまったらしい。

 残念といっても、例の件以降友人とも彼女とも疎遠になったので休日の用事なんてないけど。昔は体を鍛えたりしてたのに、今はやめてしまった。


 ……ふと思い立ち、部屋にある鏡の前に立つ。

 傍にある昔よく振っていた木刀を手に、構えようとして、やめた。


(こんなことやったって何かかが変わるわけじゃないしな)


 そうネガティブな考えが頭に広がる。

 流石に息抜きをした方がいいと思った俺は、外に出かけることにした。



 家の外にでると、近所の公園からは子供が遊ぶ声が聞こえてくる。天気がいい平日、幼稚園児とかが先生と遊んでいるのかもしれない。

 そんな事を考えながら、とりあえずふらふらと散策し始める。平日の午後はどこを歩いてても人通りはまばらだ。

 途中ペットボトルのコーラを買って、飲み物を飲みながらまた散策を続ける。

 が、途中交番のある道だけは避けながら目的もなく進む。

 ……俺は卒業しているとはいえまだ18だ。しかも、俺は母さんに似て少し童顔だった。

 だから平日の午後にふらふら歩いてて警察官に見つかると職務質問されたりする。

 二重の意味で嫌な思いをするのは御免なので、俺は人気のない道を選び歩く。


 それはそれで怪しい行動だが。


 ふらふら目的もなく。ただ歩き、ゆっくりと沈んでいく夕日をなんとなしに見つめていると。


 "こんな日常がずっと続くんだろうか?"


 そんな事が脳裏によぎった。






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