第20話 フラグ管理は慎重に (後編)

『トウヤ、右の陣形が崩れ始めました』


“わかった!”


 俺は魔法を使って騎士たちを援護しながらも、アント・バリオンの隙を伺う。


 おれは別にアント・バリオンの撃破が目的ではない。

 最終的にはそれが必要だが、少なくとも特殊装騎が来るまではこの騎士たちを死なせないように動く。


 魔法の使用自体は問題なくできる。

 だが、その魔法の火力調整や、今必要な魔法の取捨選択は俺ではできない。


 例えばファイアーボール、ファイアーボール(中火)とか書いてあればまあなんとなくわかるだろうけど、そうではなく。


 効果の分からない魔法名がびっちり書かれている本を目の前で広げられて


「さあ、読んで好きに唱えていいよ?あの大技やそれに近い大魔法。さらには問答無用で大火事を起こすような魔法も初級編に入ってるけどね?ははは」


 と、言われているようなもんだ。


 なので、俺が戦況を見てこんな魔法があれば、と思考し、それに即座に反応したウェスが状況に適した魔法を用意してくれる、という状態だ。

 が、さすがにこの人数を助けるには経験の浅い俺ではさすがに厳しかった。


 なので、いまはウェスも戦況把握に努めてくれており、それによってより効率のいい援護を行えている状況だ。


 別にかっこつけて出たわけではないが、現状ではウェスに頼る部分が多くて申し訳ない。


 とはいえ、ウェス本人曰く。

 俺の体術は魔法を使わないウェスと互角、剣の扱いならウェスより数段上らしい。

 これは刻まれた知識によってそうなったのだが、元から磨いていた部分が光ったというのは素直にうれしいものがある。

 何が言いたいかと言えば


『トウヤ!』


 影桜を使い、刃物のような足が迫る騎士の影に飛ぶ。

 飛び出した俺はその足をはじき、軌道をそらす。


 その足はすさまじい勢いで地面を貫き、大穴を開けた。


「すまない。たすかった!」

 感謝の言葉と共に再度陣形に戻る騎士。


 こうした接近戦なら俺も役に立てるということだ。


 騎士から注意をそらしつつ走りまわっていると、シビレを切らしたかのようにこちらに注意を向けたアント・バリオンが咆哮を上げる。


“警告 尻尾による切断攻撃 ”


 どうやらこの警告は魔法以外にも反応してくれるようだ。

 見据えて、身体強化をかける。


 迫るバカでかい刃物みたい尻尾


 それを


 間違いなく首が飛ぶ距離まで引き付けて


 見据えて


「っしゃあ!」


 頭めがけて飛んでくる尻尾。

 俺は刀身を右わきへ構え、踏み込む。

 左膝を限界まで下げるようにして、躱す。

 目標を失った尻尾は俺がさっきいた場所のほんの少し後ろに突き刺さり、一瞬停止した。


 おれはその隙に、躱した勢いで跳ね飛ぶように前へ。

 ダン!と左足で踏み込み、脇に構えた影篝を斜めに斬り上げた。


 ガチン!という音と共に刃が止まる。


“こいつ、硬い!“


『トウヤ、この魔獣は魔銀でおおわれています。硬さだけならウェスタの子供たちに匹敵します』


“なら!”


 戻ってきた尻尾が振り回され、俺に向かって迫る中、身体強化を重ね掛けする


 今の状況なら、見える。


 細かいが、関節の節目がある。


「だらぁ!!!」


 そこめがけて影篝を突き入れた。


 通る!


 咆哮を上げたアント・バリオン。

 振り払おうと尻尾を振り回そうとするがもう遅い。


 突き入れた刀身からは炎熱が吹き上げ、尻尾の先を焼いて斬り落とす。


 金属が溶けるような鼻につくにおいと共に驚異の一つはなくなった。


 後は。


 本体を・・・!


 援護に回りつつ残った本体を隙を見て対処しよう。

 そう思った時だ。


“!!”


 尻尾を切断されたアント・バリオンが暴れ始めた。

 それくらいなら、問題はない。

 ただ、暴れて逃げようとしている先には


「あ、あ・・・」


 あの新人の子がいた。

 盾持ち騎士の陣形が崩れたのか、孤立している。


「クソ!」


 影から影に。

 ほぼ一瞬で新人の子の後ろに飛んだ俺はその子を抱える。


「え、えええええ!?」


 一瞬で現れた俺と、アント・バリオンの二つに驚愕しているのか、慌てふためいているが構ってられない。

 影篝をいったん消し、所謂お姫様抱っこをした状態で走って避ける。


 頭上を刃物みたいな脚とかいろんなものが掠めていくが気にしている余裕などない。


 なんとか抱えたまま離れ、少し離れた場所にゆっくりと下す。

 新人の子は放心状態なのか、目の焦点が合っていない。


“ウェス!”


『・・・!』


 アント・バリオンはすさまじい勢いで俺たちから離れた後、土を掘って逃げようとしているようだ。

 尻尾を落としたからか、掘るのに難儀しているようだが。


 何にせよ、去っていくあの化け物を放置するわけにはいかない。


 じいちゃんが昔、知り合いの猟師さんと話していたことを思い出す


『いいか、坊主。獣っていうのはな。手負いにさせたら逃がしちゃいけねえ。でないと』


“沢山の被害が出る“












 魔法陣が現れる。

 それは周囲の熱と、魔力を奪う。


 一瞬の後、魔法陣から凄まじい熱波を放出し始めた。


 新人の子の目が驚愕と、恐らく俺も体験したであろうあの熱によって苦痛にゆがむ。

 痛みのあまりか、体を確かめている。


「ごめん。でも多分、すぐ終わるから」


 その子の目を見る。

 恐怖と、痛みがないまぜになりながら、何か不思議なものを見るような。

 そんな目をしていた。


 魔法陣が目の前に幾重にも現れ、それは重なり。

 そして揺らぐ。


 一瞬の後、収縮したそれは、何かを撃ち出すような形をとった。


 アント・バリオンも気が付いたのだろうか。

 逃げられない、と


 昆虫のような見た目のそれは、命乞いをするかのようにこちらに振り向き、小さく吠える。


 でもごめん。


『「―――____!」』


 自身も理解できない、何か古代の呪文のような言葉が口から零れる。

 ウェスと重なるように。

 その言葉は空気に溶けた。



 そして次に目を開けたとき。


 アント・バリオンの存在はなくなっていた。


 まるで何もなかったかのように。


 塵すら残らず。


 ただ、その残っていた残滓として。

 射線上の地面はえぐれたように消滅していた。









「さっきの光は!?無事かい!?」

 男性騎士が、全員無事だった騎士達を連れて走ってくる。

 その後ろには


 赤と黒い鎧、白いマント。

 見るからに特別性とわかる鎧をまとった者たち。

 金であしらわれた国の紋章らしき大きな剣を持っているもの、槍を持つもの。

 大弓を持つものなどさまざまだ。



「これは・・・?」

 男性騎士が、目の前の惨状を見て押し黙ってしまった。


「あ・・・」


 目立たないように。

 そう、第一の目標だったはずだ。

 でも、助けられた命が多かった、はず。


 でも


『・・・』

「・・・」


 二人。

 一瞬の逡巡の後に思考は重なった。


「あの、気がついたらこう」

「この方が助けてくださったんです!」


 凄い魔法をぽわーって!みたいな、まだ放心状態なのかアホな説明をし始める。


 気が付いたらこうなっていた。


 そう言おうとした。

 したんだよ。俺は。



「あの・・・」


 言葉が出ない。

 どうする?

 どうする?


 焦っているところで、赤い鎧の一人が前に出てきた。


「ほう?アンタ魔法使いか」


 てっきり剣士か、格闘家かと思ったのによ、なんて。


「・・・」


“ウェス、あの魔法って”


 ウェスの状況から含めて説明しても大丈夫なのか聞くが


『いえ。魔素をここまで使う魔法は禁術に近いレベルです』


 つまり、言わない方がいい、と。


『ですが。大丈夫です。知り合いがいます』


“え?”


 影から出てきた花篝が光り、ウェスが現れた。


 急な状況に動揺が広がる中、一団から少し背の低い赤い鎧が出てきた。


「まさか、ウェス!?ウェスか!」


「はい。久しぶりですね。セーマ」










 そして状況は冒頭に戻る。



「セーマさんのお知り合いだったのですね」


 そういったのは男性騎士の名はシンバーといった。

 銀の髪に整った顔立ち。

 猫のような釣り目に、正義感のあふれる意思を湛えている。


 いまだ放心状態の新人さんの名はリシア。

 銀髪、金の目。

 同じ銀の髪だが、強い意志は湛えるものの、たれ目。

 目の端に泣き黒子があり、これまた顔だちは整っている。


 ちなみに、二人は姉弟らしい。


 それと、赤い鎧をまとった彼ら彼女たち。


 号令をかけ、騎士たちをしごいている彼はマルティア。

「副団長の右腕だ!よろしくう!そんなことより腹減ってねえか?もってけもってけ!」

 と、このフルーツをくれた人である。


 赤い髪に大柄な体躯。

 筋骨隆々で精悍な出で立ちだ。

 なんというか、朗らかないいやつ。そんな言葉がピッタリだった。


 ウェスに声をかけた騎士はセーマという。

 黒い髪に赤いラインが入った不思議な髪と、少し小柄ながら身長よりも大きな剣を担いでいた。

 相当鍛えているのが分かる。


 精悍ながら美人ともいえる顔であり。

 あんな鎧を着ていなければ美女だと10人中10人は言うだろう。



 彼ら彼女たちは、セーマを副団長とする特殊装騎達だ。


 今現在。

 セーマさんは俺とリテルに挨拶をし、しばし談笑。


 今はウェスと昔話を楽しんでおり、残りの特殊装騎メンバーは状況の把握と、警戒のために周囲に散った。

 騎士団の方々はマルティアに目を付けられ、鍛錬(しごき)の憂き目にあっている。


 まだ状況が確定していない以上は俺たちも出発は待ってほしいということで、しばらくここで足止めだ。












 それから2時間近くたって夕刻近く。



「あのアント・ルーが食した者は、例の魔獣の飼育者だったそうです」


「なるほど、ではアント・バリオンは」


「はい。偶々にしては出来すぎていますが、アント・ルーを食すため現れたのかと」


「ふむ」


 シンバーとルシアは仕事中は敬語を使いあうと決めているとかで、凡そ姉弟とは思えない会話をし始めた。


「まあ、罪のない人が巻き込まれなくてよかった」


 二人の会話が耳に入ってきて俺は安堵した。


「じゃの。まあ魔獣をほっとくわけにもいかんし。結果的には今回はトウヤとウェスが、今後起こりえた悲劇を未然に防いだんじゃないかの?」


 良かったの。


 と、笑ってくれるリテルを見る。


 そうか。

 俺の夢はこっちでも・・・


 一瞬、夢の続きを夢想した。

 こっちの問題は山積みだが、今後片付いたら。


 そんなことを考えたときだ。


「あの」


 リシアさんが声をかけてきたのは。


「えっと、リシアさん。どうしました?」


「さっきはありがとうございました!」


 頭を下げてくる。


「いや、あれは俺の力じゃなくて」


 そう。

 ウェスの力だということはさっき説明した。

 ウェスはトウヤの機転、判断があってこそでした、なんてフォローしてくれたけど。


 マルティアは話の流れからでた俺の剣技に興味を持った。持たれてしまった。


 その為今度暇なとき勝負しようぜと誘われている。


 ぎらついた血に飢えた狼みたいな目で、今度ゲームしようぜ!みたいなノリで言わないでほしい。



「いえ。力は、それをどう扱うかでその人の質が問われる。祖父の遺言です」


「だから、あれは間違いなく、トウヤさんの力です」


「ありがとうございました」



 まっすぐに。

 感謝を伝えられる。



 ・・・そうか。

 そうだよな。

 謙遜や遠慮をしてばかりでは、こうして俺に感謝している人に対して失礼になる。


「そう、ですね。ありがとう、リシアさん」


「変ですね。感謝してるのは私です」


 とほほ笑むリシアさん。

 いい人だ。


「あの、よかったら王都に来たら騎士団の営舎に来てください!弟ともども、王都をご案ないしま・・・」


 リシアさんが止まる。


 何か怖いものを見たような顔で、スッと下がる。


「あ、ああ、あの。待ってます!きっと来て下さいね!」


 さっと走り去るリシアさん。

 どうしたんだろう。

 呆けている俺に、後ろから声がかかった。


「トウヤ」


「ああ、ウェス」


 お話おわった、の?



「はい。そろそろ出発です。行きましょう」


 すたすたと歩いていく。


 振り向いた時。

 あの井戸みたいな目だったのは気のせいだろう。


「セーマさんと喧嘩でもしたのかな?」


 俺はそんなことを呟きながら、ウェスの後を追う。


 さあ、ここまで来たら王都はもうすぐ。


 異世界の月がきれいに見え始める中、俺たちは王都を目指すのだった。

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