王都に舞う砂塵
第15話 プロローグ
雨が降る。
雨は嫌いだ。
あの日は赤い雨が降っていたから。
だから、赤も嫌いだ
第二章
王都に舞う砂塵
「ここじゃ、ウェスの部屋は」
やれやれ全く、という顔をしている少女にも少年にも見える小柄な影。
名をリテルという。
対して、部屋を探すためにリテルを探す、という無駄な事をすること10分弱。
ようやく見つけたリテルの顔に安堵しているのはシキガミトウヤ。
漢字で書けば敷上刀矢だ。
彼は元々この異世界、マンドシリカの住人ではない。
元は地球、東京で警察官の家系に生まれ育った青年だった。
しかし、祖父が殺害され、父は逮捕されてしまった為、一時はフリーターに。
そんなある日、街中で通り魔と遭遇し死亡してしまう。
いや、死亡というには語弊があるか。
彼は、この屋敷の主人である女性、ウェスに助けてもらったのだから。
そんな二人は、今ある部屋の前で立ち往生している。
この屋敷の主人、ウェスの部屋だ。
屋敷の2階の奥。
一番端にある小さな部屋がウェスの部屋だった。
トウヤが起きる前、リテルが何度も声かけをしたが無反応という状態のようだ。
正直、ウェスとリテルは親友と言っても差し支えなく、それ以上に家族のような関係にある。
喧嘩をしたわけでもないにも関わらず呼び声に答えないのは、それだけウェスの気持ちが沈み込んでいる証でもあった。
「あの、トウヤだけど。ウェス、起きてる?」
「…」
無反応。
契約者たるトウヤの問いかけにも答えない。
「どうしたもんかのう…」
リテルはトコトコ、トコトコと、廊下を行ったり来たりと落ち着きがない。
トウヤはとりあえず、リテルを作戦会議する部屋を用意して欲しいと伝えて追い出し…
向かってもらう事にした。
喜んで走っていくリテルの背を見送り、トウヤは再度向き直る。
「ウェス、その。何があったのかは聞いてないからわからない。あの時ウェスの気持ちが入ってきて、なんとなくはわかるけど」
でも。と続けて
「こういうときってさ、放っておくのが正しいっていうけど、少なくとも俺は、それで答えは見つからなかった。一人じゃできないことも、ある」
「・・・」
そう、トウヤも同じようにふさぎ込み。
答えは見つからなかったから。
ウェスからの返答はない。
が、鍵が開く音はした。
「お邪魔、します」
俺は部屋の中を見回す。
別に変な意図はない。
あまりの質素さというか、何もなさに驚いたのだ。
“物置?”
狭い部屋だ。
畳で言えば3畳しかないような部屋にベットと椅子が一脚があるだけという簡素な部屋。
その一脚しかない椅子に、ウェスは座っていた。
「おはよう。ウェス」
「・・・おはようございます、トウヤ」
明らかに、覇気がない。
たった一日。
たった一日なのに、1週間飲まず食わずのような、そんなやつれ方をしている。
「・・・」
「・・・」
二人、無言。
俺は、特に何かこういうとき洒落た言い回しができるタイプではない。
でも、さっき言った言葉が少しでも届いたのなら。
「ウェス、何があったのさ」
「・・・」
あの時。
ウェスがちょっと付き合ってくれと言ったとき。
流れこんできたのは強い絶望、憎悪。
そんな言葉では表せないほどの思いの濁流。
俺の意識は飲まれてしまって、どうしようもなかった。
最終的には強い怒りに俺も身を任せる結果になっている。
「ウェス、あいつらは、なに?」
「・・・」
話したくは、ないよな。
きっと。
辛いことが、あって。
思い出したくないことも、あって。
でもさ、俺たちって。
・・・思案する。
俺がこれから言おうとしているのはウェスの心に土足で踏み入る行為かもしれない。
いや、確実にそうだ。
それでも。
「・・・なら、ウェス、悪いけど花篝になってくれ」
「!?」
「そうしたら、ウェスがしゃべらなくても」
分かるから、と言おうとしたとき。
ウェスの暗い瞳が俺を射抜いた。
「・・・正気ですか?」
その眼は。
暗い暗い、井戸の中を覗いているようで。
思わず息をのむ。
「あなたの体をあんな目に合わせました。内側から乗っ取ることだって本当は可能なんですよ?」
そうなんだろう。
最悪俺が死んでも守る、そういう契約だから。
でも、なんだ。
ウェスが気にしてることって
「なんだ。そんなことか。別にいいよ」
「え・・・?」
「てっきり花篝になってって言ったのが嫌なのかと思ったよ」
「は?え?」
「ほら、早く」
手を差し出す。
ウェスがなんだか引いている。
「聞いて、ました?私、その気になれば!」
「で?」
「で?って・・・!」
「ウェスは俺より強い。乗っ取る意味がないし、そもそもそんな脅かし方したって無駄だよ。俺は一回ほぼ死んでて、ウェスがいなければここにはいない。なら、別にどう扱われても文句は言えない」
ずかずかと、室内に入る。
もう知らん、女性の部屋だと思って遠慮してたけど。
なんか、気に食わない。
「その考え。それは!」
強い視線で射抜こうとしてくるが、一歩も引かないで目を見返す。
「言っとくが頭の鬱陶しい何かはなにも言ってないぞ。俺自身の考えだ。俺が、思い出して、自分に従って契約した。役目まで含めて」
肩をつかんでこちらを見させる。
井戸の底みたいな目には変わりない。
でも、ウェスの目に若干の動揺がある。
とはいえ、だ。
「ウェス、痛みを共有するのが嫌なら、無理強いはしない。」
“そう、人には触れてはならない領域、痛みがある”
「え?」
「俺は、ただ痛みを共有したいだけだ。勝手なエゴかもしれないけど、契約とか関係なしに助けてくれた人の力になりたい」
“なれるかなんてわからない。
正直押しつけも甚だしいのかもしれない。
でも、ウェスがあんな痛みの中でもがいているのなら。
少しでも、その受け皿になれたらって思うんだ。
なぜだかはわからない。
でも、何よりも、ウェスの力になりたいと思うから“
「・・・本、心なんですね」
さっきまで目を合わせていたウェスが不意に視線を逸らす。
「さっきから本心しか言ってない」
「う・・・。あの、忘れてませんか?私の方は・・・!」
“何か言おうとしたウェスは、言葉をひっこめる。
何だろう?また何か遠慮してないか?
なんとなく顔が赤いし。
何か無理してるんじゃ“
「いえ、いえ!何でもないです」
ウェスが顔を伏せながら、俺に手を差し出す。
「手を引いて、立たせてください。少し、力が抜けました」
そう言って俺を見た瞳は、いつもの綺麗な灰色になっていた。
「おそかったのおー」
特別作戦会議室、と書かれた三階の食堂。
アルペシャと黒騎士が開けたはずの壁は修繕され、椅子の並びなどもきれいに戻っている。
「これ、リテルが?」
「当然じゃ。ワシの本領はこういう部分だからの」
素直にすごい。
隣のウェスも感嘆の表情をしている。
「ほかの部屋もワシの魔道具、リカバリー土人形君が頑張ってなおしとる。気にせず会議じゃ」
疲れたのーなんて言っているリテルも、昨日はウェスを助けてくれたり大変だったはずだ。
それなのに
「リテル、ありがとう」
「ありがとうございます、リテルさん」
二人、頭を下げる。
リテルの耳がぴょこぴょこと動き
「よい!そんなものよい!」と慌てるリテル。
でも、この人がいなかったらウェスは死んでいた。
俺も、ちょっと想像がつかない。
こっち来て4日目であんなことになったわけだし。
暫く慌てていたリテルだが、しばらくすると顔を伏せてしまった。
かすれるような声で言葉が聞こえる。
「二人とも。ワシが二人を助けるのは当たり前なのじゃ」
「ジンヤには、世話になった。ウェスタにも、ひいてはウェス、お主の先代にも、の」
それは、聞きたかった言葉。
三人そろった今、状況を整理するべく、俺たちは向かい合うのだった。
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