第13話 エピローグ

『トウヤ、あとは』


“ああ、ごめん。わかってる”


 あの化け物を海に落としたとしてもアルペシャがまだ残っている。


 俺は頭を打って悶絶しているリテルに隠れているように伝え、屋敷の正面に向かう。


 屋敷の正面からの圧力はより強まっていた。



 _炎と氷 始まりの終わり_



「アルペシャぁ!」



 俺は影をまとい、屋敷の正面に戻り、アルペシャと対峙する。


 彼女はあの禍々しい剣を左手に持ったまま動かない。


 ただ、空虚くうきょな目で空を見上げていた。


 そこに近づく俺たちに気が付いたアルペシャは、なぜかきょとんとした顔でこちらに向き直る。


「…やぁ!」


 アルペシャはさっきまでの狂気が嘘のように。

 親しみのこもった気さくな挨拶をしてくる。


“誰だ、こいつは…?”


『…トウヤもそう思いますか?』



 見た目は、アルペシャだ。

 斬り落とした腕はそのままに、澄んだ瞳。


 間違いない。

 どこからどう見てもアルペシャのはずだ。

 しかし、根本的に何かが違う。

 まるでウェスが力を使っているときのような。

 しかし、決定的に“中身“がさっきまでと違う。


 そんな確信に近いものがあったのだ。


 そんな違和感を感じている俺たちに、続けて話しかけてくるアルペシャ。


「久しぶりだね!女神ウェスタを継ぐ少女!」


 酷薄さをたたえるが、親しみを与える笑顔。


“なんだ?久しぶり?何言ってるんだ?随分様子がちが…”


 その笑顔を見て、反応したのはウェスだった。


『…!』


 花篝はなかがりがカタカタ震えだすのがわかる。


“ウェス…!?”


 ウェスからは何も伝わってこない。


 イヤ、違う。


“理解できない”んだ


 なんだ、この感情は・・・!?


 アルペシャの見た目をした“ソレ”は朗々ろうろうと語る。


 俺を全く見ていない。


 ただただ俺の纏う影、ウェスを見ているように。


「しかし、ちゃんと継いだんだねえ。君はてっきり逃げだすと思ってたのに」


「せっかくさあ、怖くて契約できないように」


“先代をむごたらしく殺したのに。無駄になっちゃったよ”


 そう告げた。


 ガタガタガタガタ


 花篝が、震える。


 憎悪が、憎しみが、殺意が。


 滲みだす。


『…トウヤ、ごめんなさい』


“え?”


『少し、付き合って下さい』


 瞬間、視界が真っ赤に燃える。


 怒り、憎しみ、絶望。


 それでは生ぬるい、何か。


【お前の主は、どこだ】


 ウェスの声が俺の声帯を通して混ざりあう。


 俺の体が俺のものではなくなっているような。

 どこか遠くから聞こえるようなその声。


 それはまるで獣のようだった。


【家族を、家族“達”を、殺した】


 痛い。


 体が芯から焼けるようで、ジリジリと。


 頭がピリピリ、して、視界が滲む。


 涙が出そうなのに、辛いのに。

 枯れ果てたかのように出てこない。


【あいつはドコだ】


 影が消え、花篝の形に戻る。

 それは爆炎を纏い、俺の体を包み込む。


 ああ、これは。

 あの時刺された痛みのようで___


 その瞬間、俺の視界がぶれた


「へえ、なかなか…!」


 次に俺の視界が戻った時、俺は、ウェスは、視界を置き去りにしながら斬りかかっていたようだ。


 相手もイリニスで受けたようだが、力任せに叩きつけたであろうその一撃を受けた為か、地面には足元から亀裂が入っている。


 鍔迫り合いをするも、お互いの持つ刀身が軋む。


【お前に用はねえんだよ。さっさと吐いて消え失せろ】


 俺の言葉でも、ウェスの言葉でもない。

 二人の感情が混ざり合ったかのような声で、二人の感情が乗ったような言葉が出てくる。


 憎い、憎くて憎くて憎くて憎くて


 ただ、死ねばいいと思った。


「っ!?」


 刀身を跳ね上げイリニスをはじき返し、逆袈裟ぎゃくげさに切り上げる。


 斬撃は防がれずに通った。


 刀身はアレの右わき腹をかすめ、業火が傷口を焼いていく。

 焦げ臭い匂いが鼻をつく。


「おや?痛いじゃないか。この子の体いらないの?」


【…?どうでもいいよ】


 衝動は治まらない。


 跳ね上げた刀身をそのまま大上段だいじょうだんに構え、爆炎を纏わせる。魔力で練られた爆炎から溢れたかのように、刀身からは桜の花が舞い、オレたちと、アレを包み込む


 この桜花は触れれば劫火ごうかに変わり、劫火は触れた物を燃やし続け灰にする、そういうものだった。

 攻撃のためでもあるが、1番の目的は。


【逃がさない】


 ただそれだけのための桜の檻。

 ウェスの狂気じみた思念が俺を包みこみ、二人の思いは重なる。

 俺とウェスは、その一刀を躊躇なく振り下ろし、アルペシャの体ごとイリニスを両断したのだった。








「ど、うなったんじゃ?」


 隠れていてしばらく。


 すさまじい爆音と天高く火柱が立ったのち、静かになった。

 若干だが魔力の回復したリテルは、急ぎ屋敷の正面に戻ったのだが。


 そこで見たのはさっきの一刀によって大穴が開いた屋敷の庭と、すくむトウヤ。


 惨い姿になったアルペシャが倒れこんでいる状況だった。


「トウヤ、ウェス…?」


“勝ったのじゃな?”そう言って近づこうとして


「あ、あが、ああああああああああああ!!」


 トウヤから絶叫が上がる。


 花篝がトウヤの手からはじけたように吹き飛び、数メートル先でウェスがその姿を現す。


 といっても、ウェスも満身創痍のようで倒れ伏し、肩で息をしているような状況だ。



「二人とも…」

 何があったのじゃ?


 そう聞こうとしたとき、視界の端で動くものがあった。


『あれは…?…イリニス!?』


 ウェスタの子供たちの一振り!?

 なぜこんなところに!!


 そこからは何か黒いもやが立ち上がっていて…


「!?起きよ!トウヤ!ウェス!まだ終わっとらん!」


 何かが目覚める。

 何か?


 イヤ、アレは見たことがある。

 惚けるなよ、ワシ。


 アレは。

 あの影は…!


「悪しき者…!」









“くそ、体が動かない”


 かろうじて目を開き、周りを見渡す。

 仰向けになっていた俺の目にまず映ったのは、晴れ渡る晴天だ。

 抜けるようなその光景、解放感に気が緩む。


“勝った、よな?”


 正直、よく覚えていない。

 突き動かされるままに刀を振り下ろし、アルペシャを。


 そう、人を斬った。

 斬ったのだ。



“……”


 殺されそうにもなった。

 命の恩人を殺されかけた。

 小さな友人もあのまま行けば殺されていたとは思う。


 でも。


 まだ、なれそうにはない。

 いや、慣れてはきっといけないんだ。


 そう思ったその時だ。

 小さな友人の悲鳴にも似た声が聞こえたのは


「ウヤ! ェス!起き まだ終わっとらん!」



「!」


 立てない。

 さっきと同じように目玉を動かすのが精いっぱいだ!


「____!」


 リテルどうした!と言いたい。

 しかし声が出ない。

 かすれた空気が口から洩れていくだけで、どうしようもできない。


「トウヤ!」


 リテルが駆け寄ってきて頭を抱えてくれる。

 あ、よかった。前が見える


「呆けとる場合か!?アレを見よ!おぬしら一体何をやった!?」

 リテルの表情に一切の余裕がない。


 視線をわせるように向かわせる。


 そこに映るのは黒い何か。

 ウェスの球を奪ったときにいた何かだ。


「うぇ、すは?」


「大丈夫じゃ。お主よりウェスは頑丈じゃからな!正直、ウェスまで倒れてたらこんな冷静ではおれん!」


 はは。

 冷静には見えないが、なるほど。


 ふと見ると、顔は青いが腕を抑え、片目を閉じたウェスがすぐそばに歩いてきていた。


「…」


 ウェスは俺の顔を見て申し訳なさそうにしたあと、空を見上げる。


 あれは、何だ?


「…イリニスが折られておった。やったのは、二人か?」


「え、っと」

 記憶をたどる。

 たしかイリニスごとアルペシャを…



「そう、か」


 リテルは何かを知っている。

 それは間違いない。

 それについて聞こうとして。




 問う前に、降りてきた。


 空から、黒い何か。

 黒い、黒いわるいもの。



 ゆっくりと、まるで神のように降り立ったそれは、リテルに語りかけてきた。


「久しいな。亜人」


 それはやはり、瞬きするたびに姿を変える。

 不吉な何かだった。





「二度とその面を拝む気はなかったがな」

 リテルがドスの利いた声を出している。


 尻尾が逆立ち、目も鋭い。

 普段の情けないリテルはどこにいなかった。

 ウェスはそんなリテルを見て驚くでもなく、ただただあの黒い何かを睨んでいる。


「そうだろうね。私、僕。いや、あたし?オレ…?うん。まだ本調子じゃあないみたいだが、兎に角自分もそうだよ」


 存在の安定しない、不定形ふていけいなそれはウェスを見る。


「君が、そうか。あの子の言っていた継承者」


「!?」


 その影は一瞬でウェスの目の前に来る。


 誰一人動けないが、ウェスはただ黒い影を睨みつける。


「いいね。彼女の継承者はそうでないといけない」


 なにするでもなく、ふっと離れた影は、次に俺の前に来た。


「…」


 目の前にくると、わかる。

 不定形ながら、形にどこか芯があるようだ。


 まるで何か、あるいは誰かにあえて存在をずらされているかのように見えるそれは、ただ立っているだけですさまじい存在感を放っている。


 俺は、ウェスのように睨むことはできなかった。

 情けないが、死というものを強烈に想起する。

 あの魔剣以上にまとうその死の気配にあらがうので精一杯だったのだ。


 しかし


「ふむ…」


 その影は興味深いかのように俺を見てくる。

 隙だらけに見えるが、ウェスとリテルも動けそうにない。


 立っているだけで限界であり、力の差は圧倒的だとわかる。


「なるほど。ジンヤの」


「え…?」


「いい目だ」


 その声はまるで俺を見守っているかのような、そんな安心感を与えた。

 目を離した次の瞬間には影は離れ、アルペシャのすぐそばに立つ。


「起きなよ」


 その影が声をかけたとたん、アルペシャの体が震える。

 アルペシャの両断された体から黒い蛇が現れ、ずるずると立ち上がると人の形をとった。


「やあ!起きたんだね。苦労したよ!君を起こすのは!」


 あははは、と高笑いをする前で、ウェスの顔は憎悪にゆがむ。


 ああ、そうか。

 ウェスから流れ込んだイメージ。


 多分アレらはウェスの…?


「さて、継承者。お気づきだろうから言っておこう」


 ウェスの方を、不定形の影が向く。

 ない筈の目がウェスを見ている気がする。


「私が、君にとっての最大の仇だ」


 そう告げた。

 ウェスは、動けない。

 動きたい、心は動くのに腕が震え、足が震え。


 体が限界を迎えている。


「へえ?じゃあもうネタ晴らしも済んだし、いい?」


 横に控えた人型はよりしっかりとした形を取り始める。


 俺たちを殺すために姿を変えて…



「あれ?」


 間抜けな声を出したかと思うと、グシャア、と音を立てて血だまりに戻った。


 やったのはあの影しかいない。

 一瞬すさまじい力を感じたかと思えば、ああなっていたのだから。



「な、にを」


 俺は思わず声が出た。


 仲間じゃないのか?


 その問いに対しての返答はシンプルなものだ。


「彼、いや彼女でもあるか?約束、破ったからね」


「約、束?」


「ああ。人は殺すな。と言っておいたのに。あの子の体を奪うまではいいが、わざと死ぬのは許せない」


 約束を違えたから消した。

 それだけ?



「なるほど。つまり、お前はアルペシャを使ってウェス達から球を奪い、剣を折らせるまでが計画だったと言いたいのか」


 リテルが口を開く。

 俺たちはあいつの掌の上で踊ってたってことか…?


「そうだね、否定はしない。本来球を奪い、剣を奪取したらことは足りたんだけどね」


 アレは面白がって君たちの契約を見過ごした、という。


「正直、子供たちの一振りが折られるとは思ってはいなかったようだけど」


 と、続け。

「あの魔龍の対処も見事だった。時間を稼ぐつもりが稼がれたようだ。機転が利いているね」


“さすが、あの男の孫だ”とまで。


「お前は、じいちゃんを、知ってるのか…?」


 おかしい。


 リテルもそうだし、こいつもそうだ。


 じいちゃんがこっちに来てたってことか?


 そんなはずはない。

 じいちゃんは生きて向こうにいた。

 それに、知識が本当なら一度こっちにきたら戻れないはずだ。



 だがそんな疑問を持つ俺に返ってきたのは。


「勿論。あの男はかつて私を打倒した6人のうちの一人。忘れるわけがない」


「!!!」


 想像の上を行っていた。


 じいちゃんが?


 こいつを?


 頭が追いつかない。


「…ふむ、時間だ。まだ話したいが、これ以上はその亜人に聞くと言い。色々知っている」



 ちらりと、リテルを見たようなそぶりをすると


「また会う事になるだろう。楽しみにしている」


 そう告げて、その影は一瞬にして消えうせた。


 まるで最初からここにいなかったかのように。


 姿も気配も、声も。何もかもが。


 なんとなく、ウェスを見る。


 深い、深い闇。


 それを湛えたような瞳で消えた空間を凝視している。


 リテルはといえば、唇から血を流し、何かに耐えているようだった。


 …俺的には、戦いには多分勝ったのだろうと思う。


 命はあるし、3人ともなんとか無事だ。


 ただ、得体のしれない存在が、謎と共に解き放たれたような恐怖と不快感。

 それが、俺の胸中に重苦しくのしかかる。


“現実は、物語のようにすべてがうまくいったりしない”


 わかっている事だ。


 でも、それではどうしようもないほどの後味の悪さだけが、あとには残るのだった。












 でも、きっと。


 現実には、救われることもきっとあって。



「んぐ…!」


 澄み渡る晴天の下。

 金の髪をたたえたその少女は、呻き声をあげる。


 晴天からは、いつの間にか雨が降り始めていた。


 まるで始まりプロローグ終わりエンディングを告げるかのように。


 2章 王都に舞う砂塵 に続く

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