第12話怪物

 アルペシャの右腕が宙を舞う。


 俺はアルペシャの真正面に飛び出し、刀を手加減なしに振りぬいたのだ。



『…うまくいきましたね』


 ウェスの声が頭に響く。


 さっき俺が考えた手段。それはあのウェスの高速移動を使うことだった。

 俺との組手で“少々“熱くなったウェスが使用した影の支配権とかいう魔法。


 冷静な状態のアルペシャ相手に圧倒したアレなら、この状況でも接近できるのではないかと考えた。


 それを読み取ったウェスは、俺の影と一体化することを提案してきた。



 流れとしてはこうだ。

 花篝を影に落とすことで、ウェスが俺の影と一体化することが第一段階。


 次に一体化した影を纏うことでウェスの力を使えるようにする。

 これが第二段階。


 第三段階として、兎に角アルペシャを物理的に何とかする。


 …知ってた。

 ウェスは意外と脳筋だ。


 最後はともかく、俺が逃げ回っていたのはウェスが俺の影に馴染むまでの時間稼ぎだ。


 俺は本契約した時点で花篝を通して作り替えられていた体の機能が完全に開放されたらしい。

 そのため、魔素も扱うことができるようになるらしく、ウェスタの魔法やウェスの魔法、アルペシャの魔法すら習えば使えるようにはなるらしい。

 しかし、今はそんな時間がない。

 なので、一時的にウェスの魔法が使用できるようにするドーピング方式になる。


 俺は合図を待ち、影と一体化したウェスを身にまといながらアルペシャに走り、影の支配権を使用。

 アルペシャの影から飛び出し、腕を斬り飛ばすことに成功した。


 ちなみに花篝はなかがりは影の中なので、俺が使ったのは魔力で作った日本刀だ。

 見た目はまるで花篝の影のような見た目をしており、俺自身も今影をまとっているため地面に影は映らない。


 その俺が纏っている影は、まるでコートのように俺を包んでおり、日光の角度によってまるで風になびく様に動く。


 さらにはまるでウェスの力を象徴するかのように、深く沈むような赤い色をしていた。







“うまくはいった。けど・・・”


 仕方のない状況なのは、わかっている。

 俺が提案した作戦だ。

 この世界の常識云々を差し引いたってやらなければやられている。


 でも肉を切り裂き、刀身が骨まで達したあともなお振りぬいたあの抜けていくような感触。

 巻藁まきわらであれば渾身の一刀だったその手ごたえ。


“俺は、嫌いだ“


 影の刀を振ると、刀身は霧散してきえる。

 まるで、そこには何もなかったように。

 あの感触も、そこに乗せた思いも。

 反撃できることで昂った高揚感も。

 でも、覚えていないといけない。

 何かを斬る、という感触に対する嫌悪感、そして何かを斬れることに対して抱えた、抱えてしまった高揚感は、きっと忘れてはいけない物だから。


 脳裏にはあの日の通り魔が浮かぶ。


『…』


 ウェスは何も言わない。

 ありがとう。そう感謝する。



「あ、れ?いやアアあぁぁア!」


 アルペシャが苦痛の声を上げた。

 その中には女性の声とは思えない、獣の咆哮のような“音”が混ざる。

 腕を必死にこちらに向けてくるが、斬り飛ばした腕先からは術は出ない。


 そう、血が彼女の触媒になるなら、出させなければいい。

 俺は腕を斬り飛ばした瞬間、彼女の傷口を焼いたのだ。


「お前!お前え!私の腕を!よくもおお!」



 裂けた口の蛇は動かなくなり、魔法陣の展開は止まる。

 腕を抑えたまま蹲るアルペシャの声は、裂けた口の影響かかすれ、徐々に呂律が回らなくなっていっているようだ。


『…奪った球のありかを聞きましょう』


“…うん”


 俺は警戒を怠ることなく、アルペシャに近づく。

 この間合いなら、何かあってもこっちの方が早い。


「ひい!殺すの?私を?殺す?殺される?ウェスに!?あははは!」


 急に笑い始めたアルペシャに最初の面影は微塵もない。

 ウェスから伝わる感情にも、動揺が混ざる。


『…おかしい、何かが』


 正直。

 俺からしたら何もかも逸している状況ではある。

 しかし、アルペシャと付き合いの長いウェスは何かを感じるらしく、俺を急かしてくる。


 俺は話をしようとアルペシャに手を伸ばし、あと数センチというところで


「あ」


 ピタリと、憑りつかれたかのように笑っていたアルペシャが止まり、目を見開く。

 目玉が落ちそうなほど見開かれ、ギョロギョロと動き回る。

 口の蛇が動き始め、飛ばした腕からは氷の塊がずるずると出てくるのが見えた。

 まるで本体のアルペシャを探しているようにのたうっている。


“あ、ああああああああああああああああああああああああ”


 口からは、ただ“あ”という音が流れてくる。

 それはさながら昔見たホラー映画のようで、人の声ではないとすら思えた。


 俺は目の前で起きているあまりの不気味さに動けずにいると、アルペシャの動きが増す。


 ガクガクガクガクと、まるで糸につられた人形みたいな動きをしながら立ち上がると、真顔になってこちらをただ見てくる。


 その眼は何も見ていないようにも見えた。


 空洞みたいな表情のその眼はこっちをただ見つめ


『――――――……』


 何かを呟く。

 なんと言ったのかなんてわからない。


 が、俺の足元がずるずると動き始めた。


 それはさながら蛇のようで、どこからか赤い瞳が俺を見ているような気がした。


 生き物としての勘だろうか?


“怖くて仕方なくなって”俺は真後ろに飛ぶ。


 下がった直後、俺がさっきまでいた場所は血だまりになっていた。



『なん、ですか、アレは?あの人はいったい、何と契約したんですか?』


 ウェスの動揺が強くなる。


 ああ、見なければよかった。


 赤い目の蛇、だったらよかったのに。


 口が裂けた龍のような物。


 沢山沢山、頭がねじれてついている。

 全部の口が裂けている。


 体には黒い何かがまとわりついて、それがぼたぼた垂れている。

 あれはアルペシャの血だろうか?


 それはこぼれるたびに蛇となる。

 でも、さっきみたいに増えない。共食いしあっているようだ。


 赤い目だと思ったものは心臓のように激しく脈打っており、どうやら内臓のようだ。

 それが全ての顔に見える何かに目のようについていて、中には果物みたいにぶら下がっているものもある。


 ああ、アレは。


“『化け物』”


 二人、声が被る。

 アルペシャは何をするでもなく、ただ無表情にこちらを見つめている。


 それが何より不気味で。

 ただ、アルペシャがいつの間にか何かを持っているのに気が付いた。


『アレは…?アルペシャ!?』


 沸いてきたのは、強い怒りと、不快感。


 何よりも、どうして?というウェスの絶望に似た声が痛いほど聞こえてくる。


 そんな声がアルペシャに届くはずもなく、彼女は持っていた何かをずるり、と抜いた。



 それは、剣だった。


 赤い剣。

 思わず見とれてしまいそうになる両刃の刺突剣であり、また見るものに強烈な死を想起させる物。

 ある意味でとても美しいものをかたどったものだった。

 終わりを象徴するには、ふさわしい


『トウヤ、気を確かに!魅入られています!』


 ウェスからの発破がかかり、意識がはっきりする。


『アレは死を象徴するウェスタの子供たちの一振り、イリニス。あんなもの、なぜ彼女が!』


 ソレから発せられるものには覚えがあった。

 アルペシャを初めて見たときに感じたものと同じだ。



 俺はとっさにウェスの力を借り、炎弾を放つ。

 アルペシャに届く前に化け物に当たったが、傷一つついていない。


『トウヤ、無駄です。獣を形成する魔素が多すぎて、本体に届きません』

“バリアみたいなものか”


 化け物の視線がこちらを完全に捉える、が。


 そのとき、屋敷の扉が開いたのが見えた。


「なんじゃ!これは!」


 リテルだ。

 危険な状況に顔面の血の気が引きながら屋敷内に後退しようとするも、化け物は気が付いたようだ。

 逆さまになった口からよだれを垂らしながらリテルの方を向き始める。


「リテル!」


 不味い、あの化け物の気がリテルに向いた。


 俺は影の支配権を使って屋敷にできた影まで飛ぶ。


 次にリテルの影まで飛んで、抱えることに成功した。


『トウヤ、リテルがいては影の支配権は使えません。安全なところにリテルを!』


“安全なところって言ったって!”


 周りを見渡す。

 屋敷内にこもった所で意味がないだろうし、戦えないリテルがいては…!


「だ、大丈夫じゃ!ワシのことは放っといてくれ!」

 必死な形相のリテルはそんなことを言ってくるが、散々助けてもらっておいてそんなことできるか!

 ウェスも同じ気持ちだ。


「そんなことできるわけないだろ!」


「なんなら、ワシを海にでも放り投げてくれれば!」


 ホイッと!ホイッとでいいからなどと混乱のあまり騒ぎだす。



 とどろく咆哮。

 アルペシャからの圧力は化け物の後ろからでも分かるほど増していっている。

 もう、時間はない。


『トウヤ!』

「トウヤぁ!」


 あんなの倒すなんて、だって。


 いや、一つだけ、手はあったはずだ。

 ウェスの大技、アレは?



『隙が大きすぎます!』


 なら、なら!

 俺は目覚めたとき、一番最初に見えた景色を思いだす。


 俺はリテルを左手に担いで走り出した。

 獣が後を追ってくるが、後ろを見る余裕なんてない

 俺はともかく屋敷の裏に回り込むので精一杯だ。


『…なるほど!』


 ウェスが理解する中、リテルは左腕にしがみついたまま悲鳴を上げ続けている。

 後ろから物凄い圧力を感じるが、追い付かれそうになる度に身体能力強化を重ねて距離を離す。


 屋敷のへりに捕まって一気に上まで飛び、屋根に飛び出る。

 化け物は跳躍して一瞬で追いついてくるが、間に合うか!?


 俺は着地した勢いでそのまま加速、屋敷の裏手に滑空するような勢いで飛び降りながら。


 俺はリテルを文字通り放り投げた。


「な!?んにゃああああああ!」


 リテルの悲痛な、あるいは間抜けな声が遠ざかっていく中、目の前に広がるのは絶海の海だ。

 あと数センチ、このままいけば確実に断崖絶壁に落下する。



 獣は俺たちを殺さんと屋根からとびかかってくる。

 グングン影が大きくなり、俺たちを仕留めることができる距離にまで来た。


 が、俺たちはその瞬間、例の魔法でリテルの影に飛んでいた。


 リテルを抱え、そのまま着地。



 落下していく化け物。


「ほんとに放り投げるやつがあるか!!」


 殴られる俺。


 落下し頭を打つリテル


 この どうにも締まらない空気の中、ウェスだけは気を緩めないのだった。


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