第11話反撃開始


 アルペシャは室内に入ると、俺たち3人の顔を見回した。


「見逃してあげた子と、亜人がお仲間とはねえ。ウェス?」


 冷たい笑みだ。

 仄暗ほのぐらい闇をまとっているようにすら見える彼女は、俺とリテルの顔をみて、より酷薄こくはくな笑みを増す。


「あくまで人間は殺さないとは言ったけど、亜人と、契約した人間は例外よ?」


「・・・おしゃべりですね、アルペシャ。ここに来たのはてっきりウェスタの力を返しに来たのかと思ったのですが?」


 ウェスはあなたに扱えるわけもありません、と続ける。


 当たり前だが相当キレているようで、段々と熱波がその力を増しつつある。


 あれ、でも・・・


「あら、強気な割には相当体調悪そうね?」


 そう。

 あの時のウェスからあふれ出ていた雰囲気、人でない何かとすら思えた、あの感覚。

 いや実際女神の力を行使しているのだから間違ってはいないのだろうが、あれが無くなっているのだ。


「いいハンデです。というより、あの影を連れてこなくてよかったのですか?」


 ウェスは涼しい顔をしながら返答し、周りを見渡す。

 確かにあの時の影はおらず、アルペシャ一人のようだ。


 いざとなれば召喚魔法を使って呼び出せるのだろうか。


「ええ、あれには球を守ってもらってるわ」


「言う割には慎重ですね?」

「ええ、ウェスタの力を奪ったって貴女相手に油断はしないわよ。とはいえ、さっきはその子がいたから加減はしてあげてたけどね?」


 俺の方をちらりと見るアルペシャ


「まだ人間だったし。でももう加減しなくていいみたいだから」


 向こうの圧力が高まるのがわかる。

 確かに襲ってきたとき加減していたのは本当のようだ。

 終盤はウェスの格闘技術に面食らってたとはいえ、致命傷を避けながら後退し続けていたし、俺が茶々を入れなければウェスも気づかなかったのかもしれない。


 アルペシャが何かを呟くと、さっきリテルが張ってくれた刻印が消滅。

 ウェスの炎すら貫通する冷気が俺たちの周りを漂い始めた。


「まずいのう」


 リテルの顔が青ざめる中


「そうですか?」


 と、ウェスだけはやはり涼しい顔だ。

 とはいえ、だ。


 不思議と俺もそこまで恐怖心を感じていない。


 さっきは色々考えが浮かんで、ウェスが刺されても動けなかったし、今アルペシャから発されているのはさっきの数倍の力だというのはなんとなくわかるのに。


 不思議と、怖くなかった。


「トウヤ、多分ですが」


 同じ気持ちですね?そう聞こえた気がした。


「うん」

 ウェスはどこかニヤリとした笑いをこらえているように見えた。


「やり方は?」


「わかる。大丈夫」




 そういうと、二人自然に手をつなぐ。


 なぜだろう、全く。

 負ける気がしない。


「・・・」


 アルペシャがいぶかしんでいるがどうでもいい。

 手のひらが熱い。

 その熱さに集中する。


 ウェスが輝き、その輪郭が崩れる。


 異常を察したからだろうか?

 アルペシャが氷結の魔法を放ってきた。


 警告が目に浮かび頭に訴えてくる。


 あの魔法は危険だと。


 魔法がこちらに近づくほどにガンガンと警告は増し、喰らえば命はないと訴えてくる。


 でも“俺は“全く危険を感じない。


 ウェスのてのひらが消え、今は花篝はなかがりが握られている手を無造作に逆袈裟ぎゃくげさに斬り上げる。


 桜が舞う。

 刀身から生み出された桜の花はそのまま宙を舞い、爆炎に代わる。


 次に瞬きをした時には目の前に迫る危機は消滅していた。


「は?」


 アルペシャが間の抜けた声を出した瞬間、室内に雨が降る。


 勿論、此処は地下だ。

 雨といっても、空からの雨ではない。



 あのひと振りでアルペシャが室内に入ってきたときに現れた霜や氷がすべて溶けたのだ。


「ウェス、貴女まさか・・・」


 アルペシャが驚愕に目を見開く。

 が、次の瞬間、なぜか彼女の顔が苦痛にゆがみ始めた。

 次第に血色が悪くなり、その顔はさながら幽鬼のようである。


“ただ魔法を消し去っただけなのに”


 と不思議にみていると、頭の中に声が聞こえる。


『トウヤ、聞こえますね?』


 ウェスの声だ。


「うん。聞こえる」


『さっきの魔法の応用です。剣の状態であれば、トウヤが私に触れている限りはこうして話せます。トウヤも声に出す必要はありません』


“こう?”


 そうです!と少しうれし気な声だ。


『ウェス、アルペシャ大分苦しそうだけど、何をしたの?』


 俺はウェス、いや今は花篝を青眼せいがんに構え直し、アルペシャの様子を見る。

 やはり苦しそうであり、こちらを睨んだまま動かない。


『簡単なことです。彼女の周囲の魔素を魔法ごと燃やしました』


“魔素?“


『はい。私やアルペシャが使う魔法は少々特殊なので、使用時に魔力を圧縮させて使います。純度の高い魔力を魔素と言います』


“ああ、魔力か!それはあれか。俺の体が作り替えられたやつの。”


『・・・そうです。説明が足りぬまま契約してしまったことは謝らねばなりません』


“・・・ウェス、謝るのは禁止ね”


『・・・はい。詳しいことは省きますが、要するに彼女は酸欠状態です。魔法も使えません』


“え?なら”


『はい、このまま捕縛を』


 その時、ぞくりとした。



 見るとアルペシャが動いたようだ。


 幽鬼のような顔のまま懐から短剣を取り出すと、徐に腕を突き刺した。

 血がしたたり落ち、ぼたぼたと流れ出る。


 アルペシャはその腕にしゃぶりつく様に一心不乱になめ始めたのだ。



“なにしてんだ!?アルペシャは!”


『トウヤ!!』


 俺は花篝を担ぐようにして接近をし始める。

 距離的には凡そ10メートル。


『これを!』

 身体強化の魔法がかかり、体が軽くなる。


 一瞬でトップスピードになり、何かされる前に届くはずだった。


 しかし、アルペシャからしたたり落ちていた血がまるで蛇のように躍動。

 俺に嚙みつこうとするかのように顎を広げ襲い掛かってくる。


 一体や二体なら避けられるが、数秒後には100を超える蛇となった。


“血の量的にあんな量ありえないだろ!”


『アルペシャの得意魔法の一つです。血には魔素が残っているはずなので、恐らくそれを触媒に』


 リテルは後ろで息を切らしており、ここを蛇に抜かれると不味い。


 俺はその場で足止めを喰らうが、とはいえそれはほんの一瞬だ。

 次の瞬間には花篝で蛇を一掃していた。


 だがアルペシャにとってはその一瞬で十分だったらしい。


 口元にべっとりと血を付けたまま、口が裂けそうなほど獰猛な笑みをたたえた彼女は後退を始める。

 階段を駆け上がっていく後ろ姿を見て俺は叫んだ。


「逃がすか!」


 そのまま追おうとするが、リテルが気になり振り向く。

 するとリテルは息を切らしているものの、しっかりとこっちを見て頷いた。


「大丈、夫じゃ。行け、二人とも」


 頷き、駆ける。

 花篝のウェスも頷くのを感じた。






 不思議と今は鬱陶しい頭に響くこともなく、思考はクリアだ。

 階段を駆け上がり、アルペシャを探すが見当たらない


『外です、トウヤ』


 ウェスが伝えてくる。


 外に出る扉に向かって走りつつ、なぜ外にいるのが分かったのか疑問を持つと


『魔素を使用すると、流れが違うのです』


 とすぐに返事が返ってきた。

 なるほど。


 外に飛び出す。

 すでに朝日が昇りつつあり、俺にとってはこの世界で5日目の朝ということになる。


 陽光に向き合うように、アルペシャがいた。

 俺たちが追いついたことに気が付いた彼女はこちらに向き直る。


 どうやら、刺した手以外にもなぜか口も切り裂いたようで、頬まで傷口が広がっている。

 その傷口からは先ほどの蛇のようなものが蠢いているのが見えた。


 蛇に変わらずに残った血は地に垂れ流され、どろどろとした何かが模様を描きながら広がっていく。


 アレは・・・


 "警告 召喚魔法 を検知"


『なるほど。警告とはこのような感覚で響き、見えるのですね』


 どうやら俺に来る警告は思考を通してウェスにもいくらしい。


『・・・まずいです、トウヤ。アレはアルペシャが最も得意とする術式です』


 ウェスから流れ込んできたイメージには攻撃を反射する防御術も組み込まれているようで、その攻撃を皮切りにアルペシャの使い魔のようなものが召喚されるようだ。


 しかし、とウェスがいぶかしんでいる。


“どうしたんだ?”


『妙です。どこか、気持ちが悪い』


 ウェスから感じる感情に嫌悪感と焦燥感が混ざる。


 魔法陣が完成する前に叩かないといけないのはわかるが、下手に手を出すのも危険。

 そんなもの相手にどうしろというのか。



 が、その時

 俺の脳裏には出来る、出来ないは別としてある手が浮かんだ。


『・・・うん、悩むのは私らしくありませんね』


“ウェス?”


『トウヤ、私をあなたの影に突き刺してください』


 俺の考えを読んだのだろうか?

 ウェスが提案してきたイメージが俺に流れ込む。

“・・・そんなことできるのか?ウェス”


勿論もちろんです。私とトウヤなら』


 ・・・よし。


 俺も覚悟を決め、俺の影に花篝を落下させる。

 花篝は影に沈み、見えなくなった。


 対してアルペシャはこちらに対して最早油断などない。

 妙な動きと判断したからには即座に必殺の一撃を飛ばしてくる。


 俺は残っている身体強化魔法を行使しながら死に物狂いでそれらを避け、逃げ回る。


 避けていった先に車庫があり、それを盾にしようとしたが無理だ。

 馬鹿みたいにでかい血でできたような剣が飛んできた挙句に、血の蛇をばらまき始める。


 中に入っていた車は両断され、凍り付く。


 ゲームで言えば闇属性のボスが即死の氷と闇の召喚獣をばらまくようなものだ。

 たまったものではない。


“ごめんウェス!避けた先が悪かった!”


『…』


 ウェスは答えない。

 勿論怒っているわけではないが、謝っておく。


 俺は逃げまわり、木々を盾にしながら走り回る。


 とはいえ、逃げる先々にあのインチキ魔法が飛来するのだ。

 5分も持たないうちに追い詰められた。


「死ね」


 アルペシャはそれだけ呟くと剣を飛ばしてくる。


 そう、数歩先の足元は蛇だらけ。


 逃げようにも逃げ場がない。

 上に飛ぼうものなら氷か剣が来るだろう。


 逃げるなんて不可能だ。


 そう、逃げることは。


『トウヤ』


 合図だ。


 俺は足元を踏みしめ、走る。

 アルペシャに向かって


「…」


 油断はしてくれない。

 アルペシャはこちらから目をそらさない。


 それがお前の敗因だ








 アルペシャが瞬きをしたその一瞬


「!?」


 彼女は驚愕に目を見開くことになった。

 多分、何が起きたかわからないだろう。


 彼女が勝利を確信したその瞬間、俺はアルペシャの腕を斬り飛ばしていた。



「いこう、ウェス」


 さあ、反撃開始だ

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