第10話その名は花篝

「リテル、何でこれの名前を?というか、ウェスは・・・?」


 光が収まり、俺の手中には日本刀の形をしたものが握られている。


 みねが黒く、刃先から柄までは白銀はくぎんに輝いている。

 刀身全体が濡れたようににぶく輝いており、全体に散るように桜の紋様もんようが浮かんでいた。


 また、刀身は浅く反っており黒と白銀が動くたびに揺らめくその様は夜に月が浮かび花が散っているようであり、ひどく幻想的なものに見えた。


 じいちゃんの物を見せてもらったときは、こんなではなかったけれど。

 間違いなくこれはあの桜月おうげつだと確信する。


 ウェスを助けるためにここまで来たのに、なんだか混乱することばかりだ。


「リテル、何とか言ってくれ」


 リテルはコレを見たあと、目を伏せてしまった。

 何か失敗したのだろうかと一瞬思ったが、それでも俺は不思議と冷静だった。


 なぜかと言えば、確かにコレからはウェスの鼓動のようなものを感じるからだ。

 心臓のような鼓動ではなく、手のひらに伝わる熱と脈動。


 生きてここにいるという確信に近い何かだった。


 とはいえ、リテルが何も言ってくれないことには何もできない。

 俺は、しばらく待つことにしたのだった。




「成功した。ウェスは大丈夫じゃ」


 少しして、リテルは口を開いた。

 見上げた顔は赤く、目元は涙で濡れているように見えたが指摘しない方がいいんだろうな。


「なんとなく、わかる。でもこの先は?」

 このままではウェスの体が刀になりました、で終わってしまう。

 リテルは頷き、の裏手にあった何かを持ってくる。


「まずはこれでそれにを与えるのじゃ。どんなめいでもよい。所持者たるトウヤが手ずから名を与えることによって契約は完了する」



 それは何か釘のようなものと、トンカチだ。


「与えたい名前を思いながらこれでたたくだけでよい。物理的に刻むわけではないからの」


 手渡され、頷く。


「・・・銘はウェスとかの方がいいの?」


 あれだろうか。

 日本の言霊てきな物で、与えた言葉で姿が変わるみたいな。


「いったじゃろう?ソレに関しては銘は本当に何でもよい」



 リテル曰く、見た目に関しては気にするなということだ。

 これは桜月の形をしているがウェスの作った全く違うものに間違いはないということで。


 ちなみにコレがなぜ桜月の見た目なのかも。

 桜月やじいちゃんの名をなぜ知っているのかも、後でまとめて話してくれるということになった。


「・・・」


 とりあえず、胸のつかえは取れそうだが。

 これに関してはどうしよう。


 ウェスが作った物だから、ウェスが戻ってからつけた方がいいと思う。

 でもこれをしないとウェスには会えそうにない。


 しばし考え込むが、なんとなくじいちゃんの持っていた刀と同じ銘というのは、桜月を作った人にも、ウェスにも失礼な気がする。


「銘は・・・」


 桜月を見たじいちゃんが言っていた言葉を思い出す。


『まるで、月夜の花見のようだろう?』

 

 月夜の花見・・・


 刀身を眺めていると、同時にウェスのもつ温かみ、炎、焔、そうしたイメージもまた沸いてくる。


 たしか、桜を夜見る時って・・・


 あ。


「決めたよ、リテル」



「そうか!なんという銘にするんじゃ?」


「これの銘はね」


 銘を刻む


 刀身に一瞬この世界の言葉が現れ、それは溶けるように消えていく。


 この世界の文字は知識として流れ込んでいるからわかる。


 間違いなく刻めたようだ。


 銘は【花篝はなかがり


 夜花見をするときに焚くかがり火の事であり、ウェスのイメージとこの刀身の調和がとれた名前だと思ったのだ。



「ふむ、ハナカガリ。意味は分からんがいい名前じゃな」


 うむうむと、響きがいいなんて言いながらリテルが頷いているその時、刀身が震え光始めた。


「うわっ」


 思わず手放し、花篝は倒れ・・・ることはなかった。

 その場で浮いているかのように停滞。そのまま浅く床に突き刺さったかと思うと、刀身は光に包まれ始める。


「・・・」


 俺は固唾をのんで食い入るように見守る。


 光はほぼ一瞬で収まった。


 目を細め、注視する。


 収まる一瞬の光の瞬きすら遅く感じる中、輪郭を象った物が現れた。


 ・・・それは、黒い髪、灰色の瞳。

 赤いドレス、そして何より、暖かさをたたえた笑顔。


「ウェス!」

 リテルがかけていく。


 自信満々で現れて非常に心強かったが、心配で仕方なかったのだろうと思う。


 俺は・・・


「リテルさん、トウヤ」


「っ!」


 名を呼ばれる。

 その瞬間、俺の心臓ははやる。

 まるでさっきまで血が通わなくなってたんじゃないかと思うくらい、ドクンドクンと音を立てる。

 ・・・この世界来てたった4日。


 俺からしたらたったそれだけの付き合いしかない相手だ。

 それでも、ウェスに対して抱いたこの感情はなんなんだろうか?


 恩があるから?


 契約があるから?


 でも、ウェスと目が合った瞬間。

 色々な考えは頭から全て吹っ飛んでしまった。


「あの、お帰り。ウェス」


 結局、そんな言葉しか出てこない。


「はい、トウヤ。すみません、色々ご面倒おかけしたみたいで」


 ウェスがまたぺこりと頭を下げる。

 これは、ちゃんと言わないとな・・・


「ウェス!ワシの方が頑張ったぞ!」


 と泣きながら跳ねているリテルに勿論もちろんですよなんていいながらお礼を言っているウェスに対して、俺は声をかける。


「ウェス、あのさ」


 ちゃんと言うと決めた。もう謝るなと。


 俺は今回本契約を結んだくらいしかできていないから心苦しいが、強いて言うなら命を救った者同士で対等ということになる。本当に強いて言うならだけど。


 そうなれば貸し借りナシなんだから、俺がこんな事言ったって良い筈だ。


「わかりました。今後は頑張って謝らないようにします。それに、結んだ“くらい”ではないですよ」


 トウヤに私は大きく救われています、なんて。

 またいつくしむような表情で胸に手を当てていってくるウェス。


 あれ、途中から声「出てませんよ」出てたっけ…?


 え?あれ?


「トウヤ、私と契約を結んだ時点で一心同体です。考えていることも伝わってきます」



「…」


 えっ


 待ってくれよ。

 ということは、あれだな。

 考えないようにしよう。そうしよう。

 考えないようにしたらたくさんの考え事がわいてくるなんてのは人間の性らしいし。

 そもそも考えてはいけないことってなんだろうな?

 良くわかんないけど、失礼のないようにした…


 そこまで考えていた時、少し笑ったウェスが言う。


「今その能力は切りました。大丈夫ですよ」


「…待ってウェス、状況が読めない。オンオフできるの?ソレ」


「勿論です。その、申し訳ないですが私からしかできませんが」


 曰く、女神ウェスタと契約した者の中にはあの声に逆らって悪しき考えを持つものいる。

 俺はそうでないと分かっているからオフにしたが、そうでない者が相手の場合に使う首輪みたいなものらしい。


 戻ったばかりで制御がうまくいかなかったためオンになっていたが、今後は“任意”で切り替えられるとの事だった。


よこしまな考えは持てんなあ?トウヤよ」


 ぐりぐりと肘で脇をついてくるリテル。

 嫌味のないほがらかな笑みが今の俺にはなんだか眩しいが、リテルにも色々聞かないといけないことがある。


 なぜじいちゃんと桜月の名を知っているのか。

 なぜ屋敷にタイミングよく来てくれたのか。


 この2つは少なくとも聞いておかないといけないだろう。


 あとはウェスの現状剣と混ざっている状態は魔法パワーで片付くのだろうけど、聞いておかないと心配だ。

 まあ、それは本人に聞けばいいか?


「リテル、まずはウェスを助けてくれてありがとう」


「お、おう。なんじゃ?礼などいらんわ。一緒に喜びを分かつだけでよいではないか」


 そんな浅い仲のつもりはないわい!と言ってくれながらも顔を赤くしているリテルに続けて話を切り出そうとしたところで


 室内が文字通り凍り付いた




「____!」


 やはり一番最初に動いたのはウェスだった。


 炎を展開して俺たちを囲んでくれ、凍結から守ってくれる。


 次に動いたのは、自分でも驚いたが俺。ウェスの前に立ち、左手を前に出し、右拳を腰に。

 オーソドックスな構えで氷が出てきた方に割って入った。


 最後はリテル、状況に一瞬驚くも、何やら魔法陣を3つ展開し、俺たちの上に一つずつ飛んでくる。

 上を見ると“守護の刻印”と出ている。



「それは魔法の影響から少しだけ身を守ってくれるものじゃ。

 今のワシはほぼ魔力が空。こんなことしかしてやれんぞ!」


 見るとリテルは脂汗を浮かべながらも必死に力を使ってくれているようだ。


 多分この氷は・・・!



「あら、ウェスタの力が輝きを戻したから戻ってみれば。生きてるじゃない」


 俺たちが下りて来た階段から姿を現したのは、予想通りの相手。


「なんでかわかんないけど、まあ、いいわ。また殺せばいいだけだし」


 死と氷を纏う、アルペシャの姿だった。

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