第18話 遠い王都

 王都アトレーシス


 約300年前、悪しき者との戦いの為に発足したギルドが前身となり、初代女神を神輿に担いで建国された国だとリテルは言う。


 車に乗り込んだ俺たちはイクダックを出て、今は王都に向けて南下中だった。


 霧が濃くクネクネとした道を器用に降りていくこの魔導車の名はメタルマイマイ2世

 この世界のニッチなカスタムカー専門店が作り上げたが、あまりのセンスに100台しか作られず。

 その100台すらも値段が付かなかったという曰く付き。


 その名の通りカタツムリのような見た目の車で、殻の部分は荷物を積んだりすることが出来たり、居住スペースに使うことも出来るほぼキャンピングカーみたいな物だった。


 外からみると、マケリテル魔道具店出張車とデカデカと書いてあり、移動販売する時に使うらしいのだが。


 少し大きな依頼が入った時にメタルマイマイ2世を購入し、色々カスタムした所までは良かったが、リテル本人しか従業員がいない為あまり使う機会が無かったのだとか。

 ウェスもバイトしていた時代に乗ったことがあるそうだが、移動販売車と言うより見せ物か何かと捉えられたそうだ。


「いい車なんじゃがのー」


 なんて言いながら魔力で運転してくれているリテルは、蘇るもけごん。特集とかいう珍妙な雑誌を読みながら寝そべっている。


 この世界の車は魔力で動き、目的地まで全自動のためやることが無いのだ。


 寝ていても鍵と本人のパスを繋げる腕輪みたいな物をつけていれば魔力が尽きない限り走り続けてくれる。


 その代わり、目的地の位置情報がないと走り出さないというややこしさがある。


 さらには事件事故などで車が走行不能になると勝手に帰路に着こうとするらしく、下手な時間に事故に遭い、下手な時間に寝ていると気がついたら帰宅していた、なんてこともたまーにあるのだとか。


 一応、そうした場合は警告が腕輪を通してくるので、気がつく筈なのだが


「リテルさんは2回ほど気がつかず寝てましたね」


 遠い目をするウェス。

 彼女は二日酔いが治ったのか、車内のソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。


 かなり大きいソファーがあるにも関わらずこうしてゆったりできている理由としては、リテルの魔道具だ。

 入った物を快適に過ごせる大きさまで小さくする魔法がかかっているらしく、足を伸ばそうが運動しようがその時に合わせて俺たちの身長が伸び縮みする、らしい。


 まあ、超技術なのだが、俺たちの目には普通に過ごしているようにしか見えないためよくわからない。


「技術を技術と悟らせない、それがプロじゃ」


 と自信満々に言うリテルは実際凄い人なんだな、と思った。


 イクダックを出て一時間ほど。

 ダラダラしながらも。


“そういえば悪しき者の目的ってなんなんだろう?”


 と、疑問に思う。

 因縁は二人にはあって、俺自身もあいつは危険な何か、とか。


 ウェスにウェスタの力を返せとかあるけど。

 あいつの目的はなにか。それが気になる。


 300年前からの敵。


 封印された敵。


 そして、じいちゃんが戦った敵。


 気になり始めた俺は、リテルに聞いておこうと思い、雑誌を仰向けで読んでいるリテルに声をかけようとした、が。


 その時、車が急停止した。


「なんじゃ?」


「…騎士が何人か見えますね。何かあったのでしょうか」


 二人が窓にへばりついて外を見る。


 質問はお預けのようだった。







 俺たちを待ち構えていたのは、検問だった。



「失礼、協力をお願いしております」


 騎士の格好をした数人が、前から順に車を調べており、俺たちの番になった。


「何かあったのかの?」


「ええ、実は凶暴な魔獣を飼育していた者がおりまして。そいつがこの辺に潜伏してるそうで」


「大変じゃの、お主らも毎回」



 守秘義務とか大丈夫なの?この世界の警察(多分)は随分フランクなの?


 とか思っていた時、隣に来ていたウェスから補足が入った。


「リテルさんは何回もこの車で王都に入ってますからね。有名人なんです」


「ああ、そういう」


 この車が顔みたいなもなんだろう。

 リテルは騎士数人と話した後


「少し協力してやろうぞ」


 なんて言いながら俺たちに向き直る。


 ウェスと二人車から降りて、荷物のチェックをしていくが。


 問題が起きた。


「ありがとうございます。では、最後に身分証を」


「ほい」と出すリテル。


「あ」と何かに気づくウェス


「嫌な予感」と声に出すのが俺。


「ほれ、二人もはや…く」



 そう。

 俺は身分証がない。


「どうされた?」


 騎士が不思議そうな顔をして、俺とウェスに近づいてくる。


「ウェス、忘れたとかで通るかな」


「いえ…照合を取るので魔力を見せてと言われるのがオチです」


 どうやら本人が持っている魔力が国に登録されているらしく、最初から何も無い俺に関してはそもそもチェックされる時点でアウトだそうだ。

 指紋を生まれた時から管理されるような物だろうか。



「あの、身分証を」


「えっと…」


 どうしようか?

 少し焦ったとき、リテルから声がかかった。


「と、すまんすまん。トウヤ、これじゃ」


 リテルから俺にパスカードみたいな物を渡される。


 早くそれを見せよ、と小声で言うので騎士に渡すと



「…はい、確認取れました。感謝します」


 と、行ってしまった。


「…リテル、何したのさ」


「確かえっと。蛇の道はベビーじゃ。こんなこともあろうかと、と言うやつじゃな」


 それを言うなら蛇の道は蛇では。

 じいちゃん、ちゃんと教えといてあげて!




 検問を抜けたあと暫く走る。


 検問が見えなくなり、ちらほらと民家のようなものが見え始めた。


 黄金色の草原に、煙突のついた赤い煉瓦の家や、黒煉瓦の家だ。


 畜産農家だろうか、白い柵で覆われた少し大きな家があり、そこには牛のような生き物がわしわしと牧草を食べている。


 まるで海外に来たような光景に、俺は感動していた。


(そういえば。あの頃は色々あったし。景色をを楽しむとか、そんなこともう一度考えられるようになるなんて思わなかったな)



 そんなふうに黄昏ていた時、リテルから声がかかった。


「ほれ。これを持っておれ。念のためじゃ」

 そう言って渡してきたのは、あのパスカードだった。


「これはまあ、一回限りの催眠魔法みたいな物じゃな。身分証ができるまではもっとれ」


「ありがとう。さっきみたいに相手にかざせばいいんだな」


 こくりと頷くリテル。


 でもこれ、原理はどうなってるんだろ?


「私の影の応用ですよ」


「ウェス?」


 あれ、俺声出してたかな


「不思議そうな顔をしてましたので」


 隣にウェスが座ってくる。


 ふわりと朝まで呑んでいたお酒の匂いがした。

 あまい果実酒の匂いで、なんだか少し気恥ずかしい。


 そんな俺を気にすることもなく、ウェスは俺からカードを取る。


「トウヤ、私がアルペシャと戦った時のこと覚えてますか?」


「忘れられるわけがないでしょ」


 思わず苦笑いしてしまう。

 頭上で剣が飛び交い、炎と氷が激突するというファンタジーが展開されたのだ。

 忘れる方が無理がある。


「確かに、そうですね。あの時、私の炎はトウヤを、ひいては屋敷を燃やすことはなかった筈です」


「確かに」


 相当の熱波はあったものの、燃えることはなかった。


「あれは私の影の魔法の応用です。影の炎を作り出し視覚と感覚で相手を追い詰めます」


「確かに、アルペシャすごい下がってたもんね。いや、あれはアルペシャじゃないのか?」


「…そのあたりは、なんとも。ただ、そのカードはそれと似たようなものです。相手の認識をずらす物と思っていただければ」


 つまり、このカードはかざす事で相手に身分証を見せたと錯覚させるということか?


「身分証の偽装とか疑い持たれないの?」


「私たちが持つこれは普通偽造出来ないんです。騎士の持つ魔具で、偽造かどうかはすぐ看破されますから」


「え?じゃあこれってとんでもない物なんじゃ」


「はい。リテルさんは、凄いんですよ」


 微笑むウェス。

 ふと、リテルを見る。

 尊敬の眼差しを送ろうとして。


 腕を組み、鼻高々のリテルと目が合う。


「…」


「…」


 俺はふい、と目を逸らしてウェスに問う。


「ウェス、王都まではもう少しかな?」


「なんでじゃ!褒めよ!ワシを褒めよ!」


 暴れるリテル、くすくすと笑うウェス。


 そんな光景を見ていた時、久しぶりに頭に鬱陶しい声が現れた。



『魔獣の兆候あり。継承者を守れ』



「!!」


 ばっと立ち上がり、周りを見渡した俺にウェスとリテルが驚くものの、二人共臨戦体制になる。


「便利じゃな。トウヤは魔獣センサーだの」


「リテルさん、この気配はちょっと面倒そうですよ」


 3人警戒状態だが、車は進む。


「速度を上げるかの」


 そう言ってリテルが席についた時に、俺は見た。

 凄惨な光景がフロントガラス越しに広がっていたのだ。



「なんだ、これ」



 死体だ。

 まるで斬り捨てられたような、あるいは食いちぎられたような数人が、まるで塚のように積み上げられている。


 その塚から血が染みだし、まるで何かのシロップのようにも見えてしまった。


 奥を見ると、何やら虫のような物が見える。


「アリ、か?あれは」


 よく日本で見かけるアリ。


 あれのでかいやつが一匹歩き回っている。

 牙はまるで刃物のようで血で濡らされテラテラと光っており、口からは仏さんの遺体だろうか?


 腕が飛び出ているのが見えた。



「…アント・ルー。孤高にして、”高位”の魔獣です」


 あくまでも、人間が立ち向かうにしては、ですが。とウェス


「え、アリなのに孤高?」


「はい。こちらの世界のアリは群れで行動しません。常に共食いを重ねながら強い個体が生き残り、鉱物を食し体を固めるのです」


 そして多くの魔力を蓄え、あそこまで肥大化すると言う。


 ただ、あそこまで育ったアント・ルー(面倒だからもうアリでいい)は珍しいらしい。


 牙があそこまで肥大化しているのは、おそらく養殖だろうとのことだ。


「…二人共、さっきの検問の話覚えてる?」


“魔獣の飼育者がいてこの辺に潜伏を”



「…十中八九そうじゃろな。まあ、特殊装騎がくるじゃろ」


「まあ、そうですね。トウヤの身分証を発行するまでは大人しくした方が無難です」 


 ウェスとリテルは落ち着き払っている。


「特殊装騎?」


 思い出そうとする。

 俺の頭は鬱陶しい声の他に色々と知識がインストールされている。

 地理の情報、金銭の換算、その他もろもろの、この世界で生きるための常識みたいな物だ。


 が、残念なことに出てこない



「特殊装騎は、そうですね。トウヤの世界の特殊部隊といいますか」


「あ、なるほど」


 合点がいく。そりゃそうか。

 向こうでも普通の警察官が凶悪犯の立てこもりや、銃の乱射事件を担当するわけではないわけで。


 なんだろう、異世界って身近に例えるとそんな、いや大事なんだけど大事に思えなくなってきたな、なんて。


 人を斬ってから、なにかがずれている感覚を自覚し、うすら寒くなる。

 目の前で確かに、魔獣に食べられている死体があるのに。


「…」


「トウヤ?」

 リテルが心配気に見てきてくれる。

 ウェスは、なんだろう。

 何やら複雑な顔をしたあと、驚いた顔で俺の後ろの窓を見てる。


 何かあるのか?

 そう思って後ろを振り返る。

 なんとなく流れていく風景の中、さっきのでかいアリに騎士の格好をした男女が追いかけられているのが見えた。


「!!」


 俺はリテルに車を止めてもらった。

 こんな時に自動操縦がアダになる!


「なんで騎士が逃げ回っとるんじゃ!」


 急ブレーキをかけた直後、俺は扉を跳ね飛ばすように飛び出た。


「こっちだ!こっち!」


 男女二人に叫ぶが、聞こえていないのか?

 猛スピードで俺たちとは別の方向に走っていく。


「ウェス、あのアリに攻撃は届きそう?」


「そうですね、あの距離なら」

 目測を図るかのように、ウェスは右手を軽く上げてアリを睨む。

 本調子じゃ無いかもしれないけど、お願いするしか無い。


「なら、頼める?」


 あの二人が逃げられるようにこっちに誘導しないといけない。


「誘導するのですね。わかりました」


 ふう、とあきらめたような顔。

 ごめん、目立てないのはわかってるけど、流石に目の前で死にそうな人達は見過ごせない。


 ウェスが手を振ると、炎弾が展開され飛び出す。

 それは空中に飛んでいくと、弾け、大きな音を立てながら落下していく。

 花火みたいだ。


「…ウェス!」


 アリが凄まじい勢いでこちらを向き、俺たちを視認するのがわかる。

 気持ち悪いほど足を動かして、俺たちを喰おうと必死に迫る。


 とんでもないスピードだ。


 何もしないで受け入れれば、数十秒で俺たちはアソコで積み上げられた遺体のようになるだろう。


「はい」


 手を繋ぐ。


 ウェスが光り、花篝に。


 でも、アレがなんであれ、あの影に比べたら虫ケラに変わりはない。


 迫る牙。


 俺はそれを真正面から眺める。

 人手なくてよかった。

 俺自身の意思で、全力で振り下ろせる。


 大上段。

 花篝を構え、ただ踏み込む。

 真正面から振り下ろしたその一刀は、炎熱の刃を以って敵を両断する。


 鉄臭さと獣のような匂いが混ざる中。


 真っ二つになったアリが左右に倒れた。


 ズズン、と、鉄の塊が倒れるような音がする。


「…」

 まるでバターのような手ごたえに拍子抜けをしてしまう。


 これはアリが弱いのではなく、花篝、ウェスの力が強いのだろう。


 向こうから騎士の男女二人が走ってきたのが見える。


「ああ、無事でしたか」


 よかった。そう声をかけようとして



「貴様、何者だ!」


 俺たちは騎士団10数名に囲まれてしまったのだった。


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