第27話 かくご・しっそう
朝が来た。蒔奈を起こしにいく時間だ。
でもベッドから起き上がる気力が湧かない。今日は何もせずに寝ていたい。
今日は、今日だけは。明日が来れば、きっと――
「潜木!」
突然ノックも無しに部屋の扉が開け放たれた。芽吹だ。時間になっても起きてこない俺を叩き起こしにきたのだろう。
布団を頭まで被り縮こまる。何も聞きたくない。
「潜木、起きろ!」
「……今日は休ませてくれ。今日だけで、いいから」
「起きろっつってんだろ‼」
芽吹は勢いよく布団を剥がすと、馬乗りになって俺の胸倉を掴みあげた。切羽詰まった様子で、目も血走っている。
「何だよ……」
うざったい。
ここまで怒られる筋合いはない。俺は俺なりによくやってきたと思う。一日くらい休んだってバチは当たらないくらいに。
「いない」
「は?」
「蒔奈ちゃんが、いないんだよ!」
芽吹の口から予想だにしていなかった言葉が飛び出し、思わず言葉を失う。
――俺の、せいだ。
心当たりしかない。
全身から血の気が引いていく。冗談だと思いたい。でも芽吹の様子を見れば、それが事実だということが分かってしまう。
「いないって……いつから?」
「分からない、気付いたのはさっきだ。お前がうだうだ眠ってるから私が起こしにいったら、もう蒔奈ちゃんはいなかった。靴も玄関から消えている」
「さ、散歩とかじゃ……」
「蒔奈ちゃんが私に行先も告げずに出掛けたことなんて一度もない。例えそれが庭先にでるだけだったとしてもだ」
こいつがこれだけ焦っているということは、それだけ異常事態ってことなのだろう。部屋の時計は午前八時を指している。確かに小学生が一人で出掛けるにしては早すぎる時間帯だ。
家出だろうか。気付いたのが今朝というのなら、昨日の夜のうちにいなくなっていた可能性もある。そういえば昨日は、毎日言いにきていた「おやすみ」が無かった。
「落ち着けよ。とりあえずその辺探してみて、いなかったら心当たりのある場所に連絡。今日中に帰ってこないようなら警察に相談だ」
そう、これが最善の手だ。俺にできることは何もない。
幸い人手は多いし、子供一人が行ける範囲には限りがある。これもきっと明日になれば、めでたしめでたしと何事もなかったかのように解決するはずだ。
「……どうして」
そう思い、胸倉を掴む手をどかそうとしたら、芽吹が呟いた。
「どうして動かない! どうしてお前は冷静でいられるんだ!」
ぽたぽたと服の上に雫が落ちる。
一瞬、その雫の出所が分からなかった。顔を上げ発生源を目にしてもなお、目の前の光景が信じられない。
目を見開いたまま、芽吹は涙を流していた。貫くような視線が、痛い。
「絆が最も重要だと、そう言ったのはお前だろう? お前がこのひと月で築き上げてきたものはそんなものだったのか? 所詮は他人と割り切れる程度のものだったのか?」
違う、と言い返そうとして飲み込む。
今この状況で、その二文字にどれだけの説得力があるだろうか。蒔奈がいないと聞いて、蒔奈よりも自分のことを先に心配してしまった俺に。
「もういい、私の妹は私が探し出す」
そう言い残すと、芽吹は部屋を出て行った。
そうだ。絆、絆と言っておきながら、俺は蒔奈のことを何とも思っていなかった。所詮一か月で構築できる関係なんてそんなものだったのだ。本当に、芽吹の言う通り。俺は蒔奈のことなんて何とも思って――
「……違う」
誰もいなくなった部屋でようやく、そう呟く。
何とも思っていないわけがない。わがままで、我が強くて、大胆な行動でいろんな人を巻き込んで。だけど根は優しくて、芯が強くて、寝顔も笑顔も可愛くて、こんな俺を慕ってくれて。
俺達の関係性を言葉に表すのは難しい。師と弟子、先生と生徒、兄と妹、一人のGoMプレイヤーと、一人のGoMプレイヤー。
どれも正しいが、そのどれとも違う。けれど、言えることは一つ。
俺にとって蒔奈は――大事なパートナーだ。
跳び起き、胸元がしわくちゃの寝間着のまま駆けだす。あてなんて無い。でも、いてもたってもいられなかった。とにかく足を動かさなければという衝動に駆られていた。
「蒔奈!」
俺の言葉に応える様に、スマホから着信音が流れてくる。
無視しようとして、おかしいと気付く。俺のスマホに着信が入ることなんて滅多にない。慌てて相手を確認して、戸惑いつつも電話に出る。
「もしもし」
「おう駆音か。いい加減、お姫様を迎えに来い」
それだけ告げられ、ガサツで横暴な相手からの電話は一方的に切られた。
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