第23話 よいやみ・ばとる 2

「やる。これが、Lie-T」


 硬直が解けた深湖子と合流した誠が、再び話しかけて来る。


「蒔奈も、強くなってる」


「当然でしょ、たくさん駆音と練習したもの」


「……やっぱり、そうなんだ」


 深湖子ちゃんもVCに接続してくる。静かだったが、声には怒りがこめられていた。


 というか久しぶりにこの子のまともな声を聞いたな。出会ったときの悲鳴以来だ。


「誠ちゃん、決めるよ」


「うん」


 VCが途切れる。


 Dawnがメイスを取り出し、ゆらゆらと振り上げた。


 ――おかしい。いくらなんでも遠すぎる。どんなスキルを使おうと、そこからじゃ届かない。仮に届いたとしても、簡単に避けることができる。


 距離をとったまま身構えていると、深湖子は誠に向けてメイスを振り下ろした。何度も何度も振り下ろして、Duskにダメージを与えていく。


「なっ……」


「くそっ!」


 驚きで反応が遅れた蒔奈を置いて駆けだす。


 味方にはダメージが入らない、なんてゲームがあるが、GoMのこのゲームモードでは、味方にもダメージが入る。


 もちろん、それはデメリットでしかない。味方を攻撃フレンドリーファイアしたからといって、攻撃力が上がったり防御力が上がったりなんてしない。


 ただし、一つだけ上昇するものがある。


 時間経過と、ダメージを与えたとき、そして敵味方問わずダメージを受けたときに上昇するもの――。


 「最終奥義ゲージ」だ。


 ゲーム開始からはさほど時間が経っていない。しかし、俺達に加えDawnにも攻撃され続けたDuskのゲージはもうすぐ貯まりそうだった。二人の狙いはこれだ。


 ――だったら、貯まる前に倒しきれば!


「遅い」


 Duskが、うすら笑みを浮かべたように見えた。


 突き進み、慣性のままに振りぬいた刃は、軽々と躱されてしまった。また距離があき、お互いに警戒し合う沈黙の時間が生まれる。


 その時間でDuskのゲージは貯まりきってしまった。貯まってしまった以上、どうにか躱すしかない。


 最終奥義が使われるタイミングを見極めようと、Duskの動きに意識を集中させていたときだった。


 深湖子のキャラ――Dawnに青い粉末状のエフェクトがかかった。


 ――強化バフスキル……?


 強化スキルの効果は様々だ。攻撃力や防御力が上昇するものや、状態異常を追加するもの。その効果は、HPバーの横に表示されるはずだが、深湖子のステータスには何の変化もない。


「駆音、深湖子のゲージが!」


 蒔奈にそう言われ、慌てて深湖子のHPバーの下を確認する。


 ほぼ満タンのバー。その下の最終奥義ゲージが貯まりきっていた。


 ――そうか。


「ゲージチャージスキル……⁉」


「いや、スキルじゃない」


 そんなとんでもスキルが存在すれば、ゲームバランスが崩壊してしまう。


「アイテムだ」


 このマップに配置された有利アイテム。当然、先についた誠たちがゲットしたはず。


 アイテムは数種類で固定。その中からランダムに選ばれる。主にバフ系、回復系、武器系の三種類だが、今回は運悪くバフ系の中でも最強格の最終奥義チャージアイテムを引かれてしまったらしい。


 二人のキャラが青白く発光する。二人同時に、最終奥義を発動する気だ。


 それだけじゃない。エフェクトは重なり合い、新たな光を生み出す。単純な最終奥義じゃない。二人の技を重ねて撃ち出す、連鎖する最終奥義チェイン・デストラクションだ。


 DuskとDawnが手を繋ぐと、二人を中心に霜が降り始める。霜は瞬く間に広がり、Lie-TとD`Arkの足を凍らせた。《凍結》の状態異常だ。


 避ける間も無く、俺と蒔奈の足が凍り付く。


 相手の最終奥義はまだ終わっていない。霜と一緒に伸びてきた氷の茨の蔓が足元に忍び寄る。蔓は俺達の体に巻き付くと、一斉に黒い薔薇を咲かせた。


「「《氷霜纏う薔薇の監獄グレイシャル・ローズガーデン》」」


 二人の声に合わせて、黒薔薇の花々から氷の棘が伸び、俺達の体を突き刺す。ただでさえ凍結状態なのに、蔓が巻き付いているのも合わさり身動きが全くとれない。一度絡みついた者を逃さない蔦の鎖と、絡みついた者の命を奪う氷の茨。これが二人の連鎖最終奥義……。


 残り三割だった俺のHPは急激に減少していき、やがて飛散した。


 残された蒔奈のHPも残り半分を切っている。


「そんな、駆音!」


 蒔奈が悲痛な叫びをあげる。


「落ち着け蒔奈。DuskのHPを削りきれればまだ勝機はある」


 自らダメージを与えたせいでDuskの残りHPはさらに減少し、残り二割を切っている。


 先にDuskを倒すことさえできれば状況は一対一。五割のHP差があるが、D`Arkのキャラ構成ならばひっくり返せない差ではない。


 しかし。


 蒔奈は動こうとしなかった。いや、動けなかったという方が正しいか。


「蒔奈!」


 呼びかけても反応はない。ヘッドセットを外して現実の蒔奈を確認すると、蒔奈は顔を青くしたまま画面を見つめていた。その瞳に闘志はない。生気すら感じられない。


 隙だらけの姫に対し、DuskとDawnは容赦なく畳みかけて来る。


「私が、私の所為で駆音が……。私が、私がちゃんとしていれば!」


 うろたえるばかりの姫はもがくが、その攻撃に鋭さはない。簡単にいなされ、二人の連続攻撃を浴びる。


 あっという間に残り五割あったHPは削りきられ、蒔奈のアバターは飛散した。


 終わってしまえばHP差は歴然。深湖子が操るDawnにいたっては、少しもダメージを与えることができなかった。


 ――まずいな、このは。


 元々敗けることが分かって挑んだ試合。相手の胸を借りるつもりで、敗けて上等の覚悟で挑んだつもりの試合。そこから何か学べればいいと思っていた。


 だが大会を控えた今経験するには、余りにも辛い実力の差だった。

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