第22話 よいやみ・ばとる 1
辺りは暗く、視界が壁に覆われている。上空で陰る月の明かりだけが、ぼんやりと周囲を照らす。
――「宵闇の迷宮」か。
このステージは、ランダムでマップを生成した際のみに極低確率で出現するステージだ。出現率もそうだが、マップ自体もランダム性が高く、壁で囲われた迷路は毎回形を変える上、迷路を進んだ先にある広場には状況を有利にするアイテムがこれまたランダムに置いてある。
とにかく運が強く絡みすぎるステージなので、大会ではこのマップが出現しないように設定されている。
「何よ、何よ何よ勝つしかないじゃない! 駆音!」
「お、おう」
いつになく蒔奈の機嫌が悪い。気にはなるが、今は放っておいた方がよさそうだ。
「まずは索敵と言いたいところだが、このステージじゃなあ」
このステージに当たった場合、初手にとれる行動は一つ。とにかく迷宮を突破する、だ。
迷宮のゴールは円形の闘技場になっていて、その中央にはレアアイテムが落ちている。そのアイテムを拾えるかどうかで、大きく勝率が変わってくる。
問題は突破の方法だ。壁の上にも見えない、システム上の壁が存在する以上、どうにか地形を把握して突破するしかない。索敵スキルや高い跳躍スキルを有していれば話は早いが――。
「蒔奈、何かスキル持って――」
返事のかわりに、蒔奈は壁に向かって剣を振り下ろした。大きな衝撃音とともに、壁がひび割れ崩れ落ちる。
「真っすぐ進めば問題ない」
「……た、頼もしいな」
壁を壊しながら一直線に突き進んでいく。こちらの位置はバレバレだろうが、とにかく速さが重視される今、些細な問題だ。
すぐに中央の闘技場が目に入る。俺のGoM史上最速で辿り着いた。
しかし闘技場に着いた瞬間、俺は目を見開いた。
迷宮を抜けた先、円形の闘技場のような広場には、既に鏡姫たちの姿があった。
「思ったより、速かったね」
黒い方の鏡姫――Duskが話しかけて来る。
――あり得ない!
「こっちは壁を抜いてきたんだぞ。例え索敵スキルを持っていようと、俺達の方が早いはずだ」
「駆音、知らない? 迷宮の壁は厚い、でもその上は薄い。スキルで、抜けられる」
誠が言っているのは壁の上、システムで防がれた透明な壁のことだ。確かにその壁は薄い。それは分かってる。
「だとしても、スキルにはCTが――」
言いながら、これが二対二であることを思い出す。
「まさか!」
「そう。私とDawnで、交互に
「どういうこと?」
「壁を抜けるスキルはいくつか存在する。例えそれが目に見えない、システムで構築された壁であっても。あいつらはそのスキルを交互に使って、CTをほぼゼロにしたんだ」
だが、それには相当のプレイヤースキルが必要となる。移動スキルには一定範囲内の味方も一緒に移動できるものが存在するが、その範囲は極端に狭く、ほぼ同位置にいなければ一緒に移動することはできない。
一歩間違えば分断されかねないことを平然とやってのけるとは……。
「話はここまで。いくよ」
鏡姫たちが同時に武器を抜く。
彼女たちが使うのは、中型の片手メイスだ。リーチは短いが振りは早く、それでいて破壊力がある。見た目と同様、これも二人色違いのデザインだ。
二人は同時に駆け出し、同時に武器を振り上げる。メイスの基本スキル《インパクト・ファング》の初動モーションだ。
「構えろ、来るぞ! 回避のタイミングは指示する」
「いらない、防げる!」
姫は大剣を抜くと、正面に構えた。
――まずい。
方向転換しながら、最速で《縮地》のコマンドを打ち込む。雷となった体がD`Arkを攫った瞬間、振り下ろされたメイスによって地面ががポリゴン片となって散り、闘技場に大きな穴が開いた。
「何よこれ、決闘のときはこんな威力じゃ……。やっぱり手を――」
「喋ってる暇はない、また来るぞ!」
まるで避けられることが分かっていたように、二人は軽やかにメイスを引き戻すと、俺達を挟み込むように位置取った。背中合わせで立つ俺と蒔奈に合わせるように、俺の前からは深湖子、蒔奈の前からは誠がそれぞれ突き進んできて、シンクロした動きでメイスを後ろに引いた。
「D`Ark、横に跳べ!」
「何で⁉ 今度こそガードすれば……」
蒔奈は大剣を正面に構える。《縮地》は既にCTに入っていて使えない。
鏡姫たちがメイスを振りぬくと、発生した衝撃波が空気を纏う刃となり射出された。
メイスの特殊スキル《リメイン・サドゥン》だ。
俺は大きく横に跳んで躱したが、姫は正面に飛んできた衝撃波を剣で受けた。
しかし、後方から迫って来た――深湖子が放った衝撃波が、蒔奈の背に直撃した。
「くっ……」
姫が吹き飛ばされて壁に激突し、HPが一割ほど削れる。
「蒔奈!」
蒔奈の方を見た俺にできた一瞬の隙を、鏡姫たちは逃さなかった。
「しまっ……」
スキルを打ったあとすぐに走り出していたDawnが、メイスを下から上へ振りぬく。空中に打ちあげられたLie-Tを、戻って来たDuskが打ち落とす。地面に叩きつけられ、跳ね上がった俺の体を今度は深湖子が拾い、攻撃が終わると同時に再度、誠が拾う。
二対二特有のコンボだ。決闘と違い二人が交互にスキルを打つことで、より大きなダメージを与えるコンボが実現可能となる。コンボを繋げていく毎にスキルを入れるタイミングはシビアになっていくのだが、鏡姫たちは寸分の狂いもなくスキルを打ち込んで繋げていく。
締めの一撃を喰らい、俺は姫の真逆の壁に激突した。ようやく硬直が解けたとき、HPの半分以上が失われていた。
「どうして‼」
「落ち着け。ガードしようとしたのは、定石を覚えていたからだろ? それはいい」
攻撃を防げば相手に隙が生まれ、反撃のチャンスになる。
だからこそ蒔奈はガードした。結果は真逆になってしまったが、定石の「じ」の字も知らなかった蒔奈が、あの一瞬でそこまで考えて行動してくれただけで大きな進歩だ。
とはいえ、状況は悪い。お互いにダメージを与えられた上、分断されてしまった。
「今はこの状況をどう打開するかだ。どうにかしてあいつらの連携を止めないと」
鏡姫の持ち味は、コンマ一秒もブレのない精密な動作と、共有に近い意思伝達の正確さだ。せめてどちらかだけでも止められるといいんだが……。
しかし鏡姫たちはそれぞれ俺達に向かってきている。話し合っている時間はない。
「蒔奈、誠を引きつけておけるか?」
「囮ってこと? 嫌! 私はまだ‼」
「違う、そうじゃ――くそ!」
闇雲にDuskに突っ込んでいく蒔奈を他所に、俺は外周に沿って姫の方へ駆けだした。しかしすぐに反転し、俺を追ってきていたDawnに向き直る。一瞬怯んだ隙を逃さず、《衝打》を発動。ダメージは低いが、相手を吹き飛ばし、若干の硬直を与えるスキルだ。
狙い通りDawnを吹き飛ばせはしたものの、命中するタイミングでメイスを振り下ろされ、更に一割ほどHPを削られてしまった。
残り三割強となったHPに舌打ちしながら、蒔奈の方へ急ぐ。
Duskに翻弄され防戦一方の蒔奈に向かって、俺は全力で大地を蹴った。
AGIに大部分のポイントを振られたLie-Tが、風を裂き闘技場を駆け抜ける。
「蒔奈、弾け!」
「く、分かってるわよ!」
防戦一方だった姫が、Duskの攻撃に合わせて一歩踏み出す。
機械的な、無駄なのない動きの誠。手本のように綺麗に繋がれる攻撃の隙間にタイミングを合わせ、蒔奈はメイスを弾いた。
蒔奈の反射神経あっての業だ。あれだけの連続攻撃の中に隙を見つけるのは、猛スピードで飛んでくる針の穴に糸を通すようなもの。
「ナイス!」
メイスを弾かれた誠も、弾いた蒔奈も、それぞれに硬直の隙が生まれる。
隙だらけの誠に向かって、俺はスキルを発動する。Lie-TがDuskを蹴り上げ、空中に舞う。跳躍したLie-TがDuskを超え、天を蹴って、すれ違いざまにDuskを斬りつけ着地。自由落下していくDuskよりも先に地面に戻った忍者は、Duskの落下位置で待ち構えた。
「入れッ!」
手に刻まれた感覚を頼りに、タイミングを見計らってキーを叩く。入力が処理され、Lie-Tは敵のキャラを掴んだ。
コンボから投げに繋げる高等テクニック。技の入力を受け付ける時間が極端に短く成功率は低いが、その分成功したときのアドバンテージは大きい。
「やれ、蒔奈!」
「言われなくても!」
硬直が解けた蒔奈が、大剣を振りあげる。同時に俺は《山嵐》を発動。Duskを背負い、投げて地面に叩きつける。
反動で跳ね上がったDuskを、蒔奈の剣が襲う。《ブレイズ・ブレイド》だ。炎を纏った刀身が赤く輝き、Duskの胴を薙ぎ払った。
誠と深湖子のような超連携はできなくとも、蒔奈の超火力で充分HPを削れるコンボだ。Dawnの隣まで吹き飛ばされたDuskのHPバーが、四割ほど減少する。
これでHPは俺が残り三割、蒔奈が残り九割。深湖子はほぼ十割だが、先に誠を倒すことができればまだ可能性はある。
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