第24話 はいぼくの・りゆう
「
試合が終わって、誠がヘッドセットを外しながら話しかけてきた。
「GG、敗けたよ。……強いな、二人は」
「当たり前。私たちは、姉妹だから」
誠が蒔奈に視線を移す。椅子に座ったままの蒔奈は挨拶どころかヘッドセットすら外さず、放心状態でただ俯いていた。
「ルールはルール。いい、蒔奈?」
問われても、蒔奈は反応しない。
「試合はもう終わったろ? 今更なんの――」
「違う。賭けの話」
「賭け?」
「……私たちが戦う時は、いつもルールを決めてたんです。勝った方が、敗けた方の言うことをひとつ聞くっていう」
誠の背中からか細い声が聞こえる。と思っていたら、ひょこっと深湖子が顔を出してきた。
今まで全く話さなかった深湖子だが、ようやく俺にも慣れてくれたのだろうか。しかし少し顔が赤い。興奮冷めやらぬ、といった感じだ。
そんなことより――。
「じゃあ、今の試合でも……?」
「うん、賭けた」
「本当は一つずつお願いしようと思っていたんですけど……。一つでいいことにしました。私たち二人とも、欲しいものは同じだったから」
そう言われて少しほっとする。このお嬢様姉妹にねだられたんじゃ、破産しかねないからな。
「それで、欲しいものって?」
「「LieーT」」
さんです、と深湖子が付け加える。
「……は?」
――どういう意味だろう。そもそもキャラって受け渡しできるものだったか?
「それって、どういう?」
「駆音に、ウチに住んで貰うって意味」
キャラどころか人の受け渡しだった!
「そして、私達とずっと……するんです」
「いやいやいや、小学生と一緒に住むのはさすがに……!」
って今とそんなに変わらないな。ところで深湖子ちゃんはなんでちょっとぼかした? するって「GoMを」だよな?
「私達三人、ずっと駆音の――『Lie-T』のファン。なのに蒔奈だけ一緒に、ずるい」
「そうです! 超絶技巧とコンボ、完璧な回避技術を活かした徹底的な攻めの姿勢……。私達だって一緒にしたいんです!」
捲し立てる様に深湖子ちゃんは息荒く口にする。一年分くらい喋ってないか?
――それにしてもファン、か。
初めて言われた。そう言われるのは嬉しいが、こう、むずがゆい。
二人の気持ちに応えてあげたい気持ちもあるが、今は――
「蒔奈」
蒔奈は椅子に座ったまま動こうとしなかった。返事どころかこっちを向こうともしない。
「まき――」
蒔奈の元に駆け寄ろうとする誠を制し、今にも泣き出しそうな深湖子をなだめる。二人の優しさは温かいが、今はその優しさが棘になる。
「すまない、今は二人にしてくれ」
意思が伝わったのか、名残惜しそうにしながらも誠と深湖子は部屋の扉に手をかけた。
「私たち――」
部屋から出る直前、誠が口を開く。
「相克に、出る。だから――」
何かを言いかけ、ぐっと口を閉じて言葉を飲み込む。やがていたたまれなくなったのか、深湖子の手を引いて走って行った。
――本当に、いい子だ。
「……敗けたな」
蒔奈の隣に椅子を寄せ座る。
「なんで敗けたか分かるか?」
「……駆音が負けるって言ったから。手を抜いたのよ」
言いながら、蒔奈は目を逸らす。俺が本気でやっていたことを、自分が間違っていることを良く分かっている証拠だ。
「本当は?」
目を見つめて問い詰めると、蒔奈はまた泣きそうになりながらゆっくりと口を開いた。
「……私が、弱かったから」
「そうだ」
蒔奈が奥歯を噛み締める。
「でも正解じゃない。五十点ってところか」
「え?」
ぽかんと口を開けたまま、蒔奈が顔をあげた。
「実力だけで見れば申し分ない。怒りで冷静に対処できなかったとはいえ、立ち回りも悪くはなかった」
「じゃあ何が……?」
「俺がまだ信頼されていなかった」
ハッと蒔奈が目を見開く。心当たりがあるのだろう。
「信頼するってのは、他人任せにするってことじゃない。相手を理解し、受け入れ、自分を預けるってことだ。勇気も絆も必要で、難しい」
その点、誠たちはお互いを信頼しきっていた。あの信頼の仕方は危ういが、絆の固さは誰にも破れない。
「だから、五十点。お前も悪いが、未だに信頼を勝ち取れなかった俺も悪い」
「違う!」
蒔奈が声を荒げ、否定する。
「やっぱり、私が弱かったせいよ……。だって、だって私は……!」
口から形にしようとしても、喉元で引っかかって出てこないといった様子で、空になった息だけを何度も漏らす。
「私、は……」
ふらふらと、蒔奈が椅子からずれ落ちる。
「蒔奈!」
床に倒れ込む寸前で抱きかかえるが、蒔奈は苦しそうに目を瞑ったまま動かない。
慌てて口元に耳を寄せると、呼吸音が聞こえてきた。息はしているようだ。
その後、慌てふためく芽吹とともに蒔奈の専門医に診てもらうと、肉体的な疲労と精神的な疲労が重なったのが原因だということだった。
当然バーベキューなんてできるはずもなく、俺達はすぐ家に帰って休息をとることにした。
それ以降、蒔奈の練習効率は目に見えて落ちた。
ろくな対処法も思いつかず不安を抱えたまま時間だけが進んでいき、相克の当日を迎えることとなった。
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