第25話 たいかい・よせん

 四日間にわたって開催される今大会。初日である今日は予選の予選みたいなものだ。膨大な参加者の中からトーナメントを勝ち抜いた数名のみが、本戦に出場できる。


 予選大会は、オンラインで行われる。ほとんどのゲームは不正ツールの使用が懸念されるなどの理由でオフライン、つまり実際に顔を合わせて行われることが多い。それでもGoMの予選大会がオンラインで行われるのは、運営のチートツール対策は業界随一で絶対に不正を起こさせない自信があるからだ。


 また、出場希望者が多いという理由もある。日本ではまだまだ知名度が低いが、アメリカや韓国などでは大人気のスポーツで、予選会場をとるのにも金がかかる。その点、オンラインでやってしまえば会場費などはかからない上、自宅から参加できるため混乱も少ない。




 十三時から始まった予選。ようやくあと一つ勝てば明日の第二予選に進めるというところまできた。

 蒔奈の口数は少ない。




 俺達の第一試合は十三時から。部屋で応援すると言って聞かなかった芽吹をどうにか追い出し、大会に備えて俺達はゲーミングルームで最後の調整を行っていた。


 秒針が進む度、心臓の鼓動がうるさく響く。


 五分前、運営からの通知が届いた。もちろん内容はトーナメント会場への招待だ。


 一定以上のランクを保持していて、事前に応募しておけば、この招待状が届くシステムだ。


 受諾の文字をクリックすれば、会場へと転送される。


「蒔奈、準備はいいか?」


「良くない……って言っても、待ってくれないでしょ」


 やっぱりまだ気持ちは後ろ向きのままのようだ。ため息をつきながら、俺は受諾のコマンドをクリックした。


 キャラの編成画面と、普段よりも長い六十秒のカウントダウンが表示される。数字が一つ減る度に、心臓の鼓動音が、どんどん大きくなっていく。


「ねえ」


 ヘッドセットから、蒔奈の声が聞こえる。


「今日が終わりかもしれないから言っておくわ」


「いらない。そのセリフは最終日にとっとけ」


「……うん」


 カウントが十秒を切った。


 蒔奈と俺のアバターの周りに、ポリゴンが生成され始める。


 平らな世界に砂の波が流れ込んできて、丘をつくる。空中に集まったポリゴンの欠片は質の荒い石材となり、積み木のように重なっていく。


 廃遺跡ステージだ。壊れた遺跡が障害物となり、時々吹く砂嵐が視界を遮る、遠距離武器持ちには辛いステージ。近接武器同士の俺達にとっては、有利なステージだ。


 対戦表によると、相手プレイヤーの名前は「Ford」と「Maruruma」。どちらも聞いたことのないプレイヤーだ。予選で黄昏の鏡姫と当たらなかったのは幸運だった。


「D`Ark、聞こえるか」


「ええ。良好よ」


「よし、まずは索敵だ。南の丘に陣取って、辺りを確認しよう」


 このマップに限らず、情報は大きな価値を持つ。特に視界が悪いこのマップでは、先に敵を発見できれば大きなアドバンテージになる。


 丘に登って辺りを見回すも、敵の姿は見えない。


「そっちはどうだ?」


「ダメ、見えない」


 マップの果てまでうっすらと見えるのに敵が見えないということは、砂塵に紛れているのか視界の外にいるのか。


「そうか、じゃあ三十秒待って――」


 言い終える前に、空気を裂くような音が耳元を通り過ぎた。


 ――狙撃!


 HPの減少は無い。弾は外れたということだが、被弾時のエフェクトも無い以上、狙撃位置は音で判断するしかない。


「東」


 どちらに降りるべきか悩んでいると、蒔奈がそう呟いた。


「今の狙撃は、東からだったわ」


「なに?」


「弾道が見えた」


 銃を使うゲームでは弾道が視覚的に描写されることが多い。そうでないと、狙撃銃があまりにも強力になってしまうからだ。


 しかしGoMでは銃弾の描写のみ行われる。ほとんどの場合弾道なんて見えず、被弾時のエフェクトから判断するしかない。


「分かった。東に降りて敵を叩くぞ!」


 砂丘を滑りおりていくと、砂の海の中で一か所、黒く光るところがあった。


 敵のプレイヤーだ。西部劇に出て来るガンマンのような恰好をしているが、持っているのは長く大きな狙撃銃。


 別れて行動しているのか、もう一人は見当たらない。しかし、数的有利二対一を作れている今の状況に加え、相手は遠距離武器持ちだ。突っ込まない手はない。


「さすがだ。行くぞ、ぶちかませ!」


「OK! よっ……と!」


 滑走の速度を活かし、おおきく跳ぶ。落下の勢いそのままに、俺達はガンマンに向かってそれぞれの武器を振り下ろした。


 しかし、ガンマンのHPは減少しなかった。


 突如、ガンマンと俺達との間に現れた影が、二人の攻撃を一度に受け止めたのだ。


 攻撃を弾かれ、相手と距離をとった俺達に向け、再び銃弾が発射される。今度は躱しきれず、俺のHPが一割弱削れた。


 影の正体は、大きな一枚の盾――ではない。盾が割れ、中からプレイヤーの姿が現れた。両腕に半月型の盾を装備している。さっきの巨大な盾は、奴が腕を閉じていた状態だった。


「こいつ……!」


「Lie-T、また来る!」


 見ると、盾の後ろでまたガンマンが銃を構えていた。


「くそ!」


 横に跳んだ瞬間、さっきまで俺がいた位置を銃弾が通りすぎていく。


「仕方ない、まずはこのデカブツからだ。ガンマンに気をつけろ、こいつを盾にしながら立ち回るぞ」


 見た目は鈍そうだが、GoMのキャラは見た目と速度が一致しない。下手にこの盾男を避けガンマンに突っ込むと、背後からこいつの襲撃を受ける可能性がある。


 だが、幸いにもその大きな盾が弱点になっている。これだけ大きな盾ならば、身を隠すように立ち回ればガンマンからの狙撃は回避できるはずだ。


 一度大きく息を吐く。


「ふッ」


 短い気合と共に、俺は盾男に斬りかかった。ほぼ同時に、蒔奈も盾男に斬りかかる。


 盾男は躱すでも退くでもなく、盾を構えてその場に蹲った。


 盾スキルの《ロックレジスト》だ。動けなくなる代わりに、前方からの攻撃を完全にガードするスキル。俺と蒔奈の攻撃は、再び難なく弾かれた。


 攻撃を通すには背後や側面にまわるしかない。しかし、まわるとガンマンからの狙撃を受けてしまう。よく考えられた構成だ。


 しかも《ロックレジスト》にはCTがない。ガード範囲内でも攻撃すれば微量のダメージを与えることはできるが、相手の最終奥義ゲージを加速させてしまう。攻撃系にせよ防御系にせよ、どんな奥義か分からない以上、むやみに攻撃を続けるわけにもいかない。


 攻めあぐねていると、突然盾男の姿が消えた。


 奥で狙撃の準備をしていたガンマンが、二発の弾丸を放つ。不意を突かれた俺達に見事命中し、四割ずつHPを削られた。


 次の瞬間、盾男の姿が戻り、再び盾を構えた。


「何よ、今の⁉」


「《インビジブル》だ。そういう構成か!」


 《インビジブル》はごくわずかな時間透明になり、その間は相手からの攻撃を回避するというもの。しかし透明になれるのは僅か一秒間だけで、最終奥義や敵のスキルを回避するのには使いにくい。


 ガンマンの方も相当な腕だ。恐らく盾男が俺達の位置情報を与えたのだろうが、僅か一秒の間に二人を、それもきっちり頭を狙撃するとは。少しタイミングがずれれば、外れるどころか味方のHPが削れるのに。


 ――構成だけじゃない。技術も連携も、かなりの熟練度だ。


「Lie-Tどうする? 私は、どうすれば……?」


 蒔奈が指示を求めて来る。当たり前だ。こんな状況、想定して練習できるわけがない。


 だけど、俺だってどうしたらいいのか分からない。そもそも俺だって二対二の試合数はないに等しいのだ。この数日も、定石を覚えるので手一杯だった。


 分からない。俺だって答えが知りたい。でも分からないなら、突き進むしかない。


「D`Ark、一か八かだ。俺があのガンマンを速攻で叩く。その間、この盾男を足止めしておいてほしい」


「え、でも……」


「それしか手はない。頼む」


「……分かった」


「三秒後に出るぞ。三、二、一、今!」


 合図と同時に、盾男の影から飛び出す。


 盾男が振り向くが、背中から蒔奈の攻撃を受け立ち竦んだ。


 その隙を逃さないよう、疾風となってガンマンの元へ駆ける。ガンマンが銃を構えるが、《縮地》を多用し、横に移動しながら進んでいる為、弾は空を切るばかりだ。


 あと少しでガンマンに届くというところで、背後から物音がした。


 ――予想通り!


 音に合わせて跳躍すると、俺の下を影が這っていった。


 盾男が放った束縛系スキル《影縫》だ。


 盾男が盾になって戦い、ガンマンが狙撃する戦法。なら、盾男は完璧に相手を引きつけておかなきゃいけない。


 だから、絶対に束縛系のスキルを使ってくると予想していた。


 帽子の奥のガンマンの瞳が、見開かれたような気がした。


 ガンマンは逃げようと、スキルを発動する。移動スキルの《ワイルドジップ》だ。腕からワイヤーを射出し、一定距離を素早く移動するスキル。


 しかしこれは主に縦移動に使うスキルだ。更に、周りに障害物が無いと効果を最大限発揮できない。移動に割くスキルポイントがなかったのか、単純にジップの方が好きだったのか。まあ何にせよ――


「遅い!」


 砂の大地をものともせず、一気に加速したLie-Tが画面から消える。再び現れたところは、ガンマンの目の前だった。


 ガンマンはやけくそで狙撃銃を乱射してくるが、スコープも覗かずにこの距離で当たるわけがない。


 スキルを使用して、ガンマンを打ち上げる。


「ここで決める」


 スキルを繋げ、ガンマンのHPは全損。ガンマンがいなくなると、負けを悟った盾男がすぐにリタイアし、俺達は無事に予選第一試合を突破した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る