第37話 なみだ・いたみわけ

「お待たせ、Lie-T」


「……幻聴じゃない、よな」


「ん?」


「いや、何でもない。助かった」


「ん!」


 吹き飛ばされた距離と蒔奈の実力、ステータスなんかを考えればきっとカバーしてくれる。


 いや、そんな情報の分析だけじゃない。


 蒔奈が来ると、信じていたから。


 これでDawnが残り六割、Duskが五割強といったところだ。こちらのHPとほとんど変わらない。


 状況はイーブン。むしろこちらに攻撃の波がある分、有利とさえ言える。


「その刀がLie-Tの最終奥義? 初めて見た」


「駄弁ってる暇はないぞ。やれるか?」


「もちろん」


「調子に、のらないで」


 吹き飛ばされた黒の姫が立ち上がる。


「私たちは……負けられないんです!」


 呼応するように白い姫君も立ち上がり、勇ましくメイスを構えた。


 お互いの隙を伺うように、にらみ合う。動き出せば、隙を見せれば、そこから負けの二文字が見えそうで、動くに動けない。


 突如、鐘の音が響いた。時計塔の、時を告げる鐘の音が。


 それを合図に、どちらからともなく走りだす。


 揃って走り出す鏡姫たちに合わせるように、俺達も駆ける。AGIの高い俺が先行し、廃屋の屋根を飛び移りながら距離を詰めていく。


 振られる二つのメイス。もう何度もみた《リメイン・サドゥン》の刃を、感覚だけで二度跳び躱す。勢いを殺さないままとびかかり、Dawnに刀を振りおろす。


 メイスで受け止められ、そのまま弾かれる。直後襲ってくるDuskのメイスを今度は受け止めると、間髪入れずにDawnがまた攻撃を仕掛けてくる。


 避けようのない攻撃を、後ろから追いついたD`Arkが受け止める。STRで勝るD`ArkがDawnの攻撃を押し返し、そのまま身を捻って一撃を叩き込んだ。


「Dawn!」


「味方の心配してる場合か?」


 一歩、バックステップを刻みながら納刀。そのまま刀のベクトルを急転換させ、鞘から抜きながら相手に斬りかかる居合の一撃。


「《雷残裂路らいざんれつろ》」


 一瞬の閃きと、Duskの胸で迸る雷。刀身を鞘に納めると雷が弾け、DuskのHPを二割削った。


「くぅぅうううッ!」


 これでDuskの残りHPはあと三割強。Dawnも半分を切っている。


 勝利の二文字が、少しずつ姿を現していた。


「なんで、負けられないのに」


 Duskの声が、震える。


「動いてよ、私……!」


 冷静さを感じさせない叫び声。


 紛れもない、GoMプレイヤーの叫び声。


「これで、決める」


 辺りに霜が降り始める。


 そして、Duskのメイスに霜が集まっていく。


「そんな、ダメですDusk!」


 なぜか、Dawnが悲痛な声をあげた。


「連鎖最終奥義か⁉」


 警戒し、D`Arkと合流して距離をとる。


「違うわ、これは……」


 D`Arkのいう通り、よく見るとDawnのゲージは減っていない。減っているのはDuskのゲージだけだ。


 回避に集中しようと刀を納め、身構える。


 Duskがメイスに向けて息を吐くと、霜がメイスを覆って氷の棘を形作る。


「凍って」


 Duskが大地に向けメイスを振り下ろすと、大地に氷の柱が建った。次々と一直線に柱は連なり、俺たちの方に向かってきている。


「回避!」


 D`Arkに指示をとばしながら、俺自身も横にステップを踏んで躱す。しかし氷柱はどこまでも伸び、追従してくる。


「D`Ark、Duskは今無防備のはずだ! Dawnに気を付けながら詰めてくれ」


「おっけー、死なないでよね!」


 AGIに任せ、氷柱を躱し続ける。操作タイプの最終奥義は、操作中無防備になる。恐らくDawnがDuskを護っているだろうが、それを差し置いても攻撃のチャンスだ。幸いにも俺はAGI型のビルド。スタミナを管理しながら走れば躱し続けられるだろう。


 そう思い、加速しかけたときだった。


「フゥッ……‼」


 大地を蹴るタイミングに合わせ、氷柱の上から飛び降りてくる白い影。Dawnはメイスを振り下ろすと、そのまま思い切り地面に打ち付けた。《ライジングアース》だ。加速していたおかげで直撃は免れたものの、衝撃で盛り上がった地面に巻き込まれ、一割程体力を削られる。


 ――どうして、ここにDawnが⁉


 Duskの最終奥義、《デイブレイク》の攻撃対象は一人だ。その攻撃を俺に割いている以上、向こうは今完全に無防備のはず。


 仮にこれで俺を落とせたとしても、DuskがD`Arkにやられてしまっては一対一の状況のままだ。それとも、その方が勝機があると思ったか?


 体勢が崩れ、速度が落ちた俺は氷に飲み込まれた。たちまち氷柱の中に取り込まれた俺は、身動きがとれなくなる。


 ――なんにせよしてやられた、か。


「どうして……」


 ゆっくりと、Dawnが近づいてくる。


 Duskの最終奥義を食らい、俺の体力は残り三割を切っている。Duskの重い一撃を食らえば、あっという間にHPは消し飛ぶだろう。


 きっとDawnも、それはわかっている。勝利を確信している。


 なのに。


「なぜ、泣いて――」


 無慈悲にも、両手で持ちあげられたメイスが振り下ろされる。


 彼女は、間違いなく泣いていた。画面を通してでも分かるくらいに。


 視界が赤く染まる。


 画面に大きく表示される「Dead」の文字。


「Lie-T‼」


 画面が切り替わり、画面には膝をついたDuskが映し出される。死亡したことにより、D`Arkの視点が共有されているのだ。


 Duskの身体の端々には霜がおりていた。脚に至っては完全に凍りつき、大地と一体になっている。最終奥義操作中、《凍結》のデバフを与えられてしまうのが《デイブレイク》の副作用だ。


 さながら彫刻のような体。その体を、Duskの胴とほぼ同じサイズの剣が切り裂いた。


 Duskの残りHPがゼロになる。凍結していた部分から崩れ落ちるように、Duskの体は氷の塵となって風に流されていった。

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