第36話 けんげん・はんげき

 ぞわっと、全身の鳥肌が立つのを感じる。額から、掌から、汗があふれ出す。


 ――どういうことだ?


「何でしょう。ブラフ……でしょうか?」


 警戒したのか、俺へ追撃しようとしていた二人が立ち止まる。事故に気付いていないのか?


「分からない。でも、攻めない理由は、ない」


 静止したのはほんの一瞬。すぐにチャンスだと判断したDuskが、再び突っ込んでくる。


「くそッ」


 悪態をつきながらなんとか回避を試みるも、思考がまとまらず連続で襲い来るメイスの攻撃を捌ききれない。


 少しずつ、着実に体力は削れていく。


 ――なんで? 運営のミス? 相手の声が聞こえるってことは、蒔奈のデバイスの故障か⁉ いや、考えている時間はない。Duskが近づいて来てる。


 蒔奈と相談しようにも、向こうの声が聞こえない以上できない。考えれば考えるほど、体力が減っていくほど焦りは増し、指が動かなくなっていく。


――試合はどうなる? 中止? やり直し? 続行だとしたら、このまま敗け――


 ダン、と大きな音が響く。


 頭につけているヘッドセットからじゃない。


 その外、現実の世界から。


 はっとし、Duskの攻撃に合わせて《弾》を発動。メイスをはじき、のけぞらせる。


 できたわずかな猶予で隣を見ると、蒔奈がこぶしを机に叩きつけ、俺を見つめていた。


 視線と視線がほんの一瞬、交じり合う。


『駆音』


 声が、聞こえた。


 ヘッドセットからではない。耳にですらない。


 瞳に、心に。


『信じてる』


 一瞬の隙が終わり、仰け反っていたDuskが後方宙返りで反転。ステップで突進するDuskに合わせ、Dawnもまた向かってくる。


 ピンチで窮地。退路も無ければ打開策もなく、残りのHPも心許ない。


 だけど、どうしてだろう。


 それまで身を覆っていた不安や戸惑いは、もうなかった。


「ありがとう」


 さっきの連続攻撃のおかげでゲージは十分。とはいえ、やはり状況は悪い。


 だけど、やれる。俺には死ねない理由ができたから。


「……任せろ‼」


 あいつが、蒔奈が信頼してくれている。その信頼を、裏切りたくない!


 決意を胸に、俺はコマンドを入力した。


 最終奥義のコマンドを。


「顕現する」


最終奥義デストラクション……⁉」


「Dusk、気を付けてください!」


 再び警戒した二人が立ち止まる。


それまでLie-Tが手に持っていたナイフが消える。代わりに、腰には一振りの刀が差さっていた。刀身は長く、刀というより野太刀と呼ぶ方がしっくりくるだろう。赤みを帯びた漆黒の柄には、雷が走ったような紋様がある。


 刀を滑らせ鞘から引き抜くと、バチっと赤い稲妻が刀の周りで弾けた。刀身は燃えるように、赤黒く輝いている。


 これが、この刀こそが、俺の最終奥義。


「《武器顕現サモンウェポン》? 初めて見た」


「最弱の奥義を、何故……」


 鏡姫たちが疑問の声をあげる。


 当然だろう。数多ある奥義の中で、顕現系と総括される俺の奥義は、最も弱いとされている。一発で戦況を変え得る他の奥義と違って、この奥義は新たな武器を生み出すだけ。一般的な武器に比べ多少はボーナスもあるが、攻撃力なんかはほとんど同じ。最弱と評されるのも納得だった。


 いくら最終奥義を発動したとはいえ、状況を鑑みて鏡姫たちの有利は確実。そのことを向こうも確信したのか、再び地を蹴りメイスを振りかざす。


 それぞれ対照的に左右に振り下ろされるメイス。豪快、直線的に見えて逃げ場を潰すよう考えられた攻撃だ。


 もうコンマ数秒で直撃するというとき、俺は指を閃かせ、コマンドを入力した。


「《頼騰雲奔らいとううんぽん》」


 刀先を僅かにずらした瞬間、まるですり抜けたかのように鏡姫たちはLie-Tの後ろに現れる。


「今の、何?」


「分かりません。知らないスキ――ッ⁉」


 言いかけた途中でDawnが驚きの声を上げる。


 立ち上がろうとした二人が、逆に膝をつく。鏡姫たちの周りで弾ける雷のエフェクト。俺の刀――冥絳焔雷の付与属性効果による状態異常だ。


 二人がこの技を知らないのもそのはず。これはスキルじゃないから。


 やっていることは単純だ。カウンタースキルの命中判定を二人の攻撃に合わせているだけ。わずかな命中判定に刃を合わせているだけなので、スキルではなく技術にすぎない。


 走って距離を詰め、身構える鏡姫たちの間合いに入る一歩手前で、俺はさらにコマンドを入力した。


 限界まで腰を捻って刀を後ろに引く。大振りで隙が大きすぎるこのスキルは、容易に回避されてしまう。それこそ、当てられるのは止まっている相手くらいだ。


 刀身を、赤く弾ける雷が覆う。


「お姉ちゃん!」


「何か、まずい!」


「《麗霆纏灯らいちょうてんとう》」


 《縮地》で一気に距離を詰めたLie-Tが、左から右へ刀を振り切った。


 雷のように激しく、されど蝶のように麗しく。左から右へ薙がれた一閃は、空間をも二つに裂いたような幻覚を見せる。


 ワンテンポ遅れて鏡姫たちのHPが三割程減少し、その四肢からダメージエフェクトが噴出した。


「威力、高……!」


「どうスキルを割り振ったらこんな――」


 何かに気付いたように、Dawnが息を呑む。


「違う。威力じゃない、攻撃の範囲です」


 Dawnの指摘通り、冥絳焔雷の特徴はステータスでも属性でもなくそのリーチの長さにある。通常武器では設定できない長さの刀。その分重く振りは遅いが、キャラステータスを調整することでそれもカバーしている。


 このゲームを始めたころは、手になじむ武器がないことにまず悩まされた。リーチが長く、威力の高い近距離武器がなかったのだ。


 リーチが欲しいだけなら遠距離武器を使えばいい。しかしそれでは細かな立ち回りが変わってくる。槍や鞭、大斧なんかは求めるところに近いものだったが、どうしても振りやモーションが合わない。刀剣の類でリーチが長く取り回しやすいもの。たどり着いた答えが、最終奥義だった。


 広すぎる攻撃範囲は一度で三度ヒットする。結果、生まれたのは一撃三殺のスキル。


 必殺の技を捨て、新たな必死の一撃を生む。スキルと立ち回りで相手を翻弄し完封する。それが、それこそがLie-Tの戦闘スタイルだ。


「仕方ない。よ、Dawn」


「……分かりました」


 気持ちを整えるように、二人は武器を構えなおす。一呼吸の後、軽やかなステップを踏みながら俺に向かってきた。代わる代わる入れ替わる二人のステップで、こちらも攻撃の目標が定まりきらない。


 再び刀を上段に構え、二人を迎え撃つ。攻撃が当たる寸前で、《頼騰雲奔》を発動する。


 しかし《頼騰雲奔》は発動しなかった。


 鏡姫たちのメイスが、俺に当たる直前で引き戻されたのだ。


「「かかった」」


 カウンター技に対する有効な対策は、攻撃のフェイントをかけることだ。カウンターは強力な分、隙が大きい。二度目でもう対応してくるのは、さすがといったところか。


 引き戻されたメイスが、再び俺の体に向かってくる。


 ――でも、大丈夫。


「やあああああっ!」


 ――ここでD`Arkが追いつくから。


 鏡姫たちの後ろから燃え盛る大剣が襲い、二人を大きく吹き飛ばした。

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