第38話 けっちゃく・とわいらいとみらーじゅ

「ごめん、蒔奈」


 喜びを分かち合う言葉より、謝罪の言葉が口をつく。


 本名で言ったのは、もう俺の声が届かないから。死人に口なし。それはGoMの中でも同じことで、俺のVCは自動的に遮断される。ここからは純粋な一対一。自分の判断だけで戦わなくてはならない。


 届かないと分かっていても、謝らずにはいられなかった。あれだけ約束しておいて、優勝させてやると息巻いて。結局俺は一人も削れずに――


「許すわ」


 ふと、蒔奈がつぶやく。


 もう音声はつながっていない。こちらが一方的に聞こえるだけで、向こうには俺の声は聞こえていない。


「どうせ、謝ってるんでしょう。く……Lie-T」


 それでも、蒔奈には伝わっていた。


「あなたのせいじゃない。あなたのおかげで、Duskを倒せたから。だから、見てて。私、勝ってみせるから!」


「……ふざけないで」


 蒔奈の声を遮る、冷ややかな声。


 Duskの凍気よりももっと強い冷たさ。


「Lie-TさんがDuskを倒したんじゃない。Duskが、命がけでLie-Tを討ち取ったんです」


 いつの間に近づいたのか、ゆらゆらと不気味にメイスを携えたDawnが口を開く。


「二人じゃないと意味がないのに」


 操作する指に力が入っていないことがすぐに分かる動き。なのに、何故か隙が無い。


 蒔奈もそれが分かっているのだろう。攻めるに攻めきれず身構えている。


「私たちは、二人じゃないと居られないのに‼」


 Dawnが逆さにメイスを持つと、地面に向けて突き刺した。


 大地から茨が伸び、メイスに巻き付く。茨はメイスどころか、Dawnの体までも蝕んでいく。


「暴虐の限りを尽くして――」


 蔦はどこまでも伸びていき、フィールドを覆っていく。茨はドーム状の壁面にまでに及んでいる。


 D`Arkは迫ってきた茨を断ち切ろうと剣をふるう。


「なっ……‼」


 しかし、剣が蔦を斬ることはなかった。蔦は剣をも飲み込み、徐々にD`Arkさえも覆ってしまおうとする。


 このままではHPを奪われつくし負けてしまう。


「蒔奈……!」


 祈ることしかできないのが歯痒くて仕方ない。


 すると、D`Arkが剣から手を離した。剣を諦めてでも、生きることを選んだのだ。わずかにでも勝機がある以上は、妥当な判断だと言えるだろう。


 Dawnの最終奥義、《ナイトフォール》は超広範囲の体力吸収ドレインだ。しかし、いくら広範囲といえど限りがある。


「――咲け」


 一斉に、黒いバラが花を咲かせる。


 氷の枷が無くなった黒バラはどこまでも根を伸ばし、あらゆる命を吸い尽くしていく。


 Dawnの怒りを映すように、荒々しく、禍々しく。


 ピシッと、いやな音が走った。


 たちまち壁面から溢れてくる海水。Dawnの最終奥義がマップの壁面を割り、海水が侵食してきたのだ。こんなマップギミックは初めて見るが――


 ――運が良い。


 このまま海水があふれかえれば、先に死ぬのはDawnの方だ。このゲームでは水中は即死判定。腰まで浸かればその時点で死亡となる。


 蔦から逃げ続ける蒔奈の前に、あの時計塔が見えてきた。迷わず時計塔内へ侵入し、南北の扉を閉め、海水の侵入を防ぐ。


 しかし扉で抑えられる水量には限度があり、少しずつ、周囲に海水が満ちていく。


 地下口はとうに水没し、今もキャラの足元まで水がきている。現に、蒔奈のHPバーの下には雫のマークがついた。速度低下のデバフだ。


 未だ勝利のファンファーレは鳴り響かない。つまり、Dawnがまだ生きているということだ。


 少しずつ、俺の中で焦りが生まれてくる。


 蒔奈は動こうとしない。全神経をモニタとヘッドホンに集中させている。


 しんとした空間の中に、着々と迫る波の音だけが響いていた。


 実際には十秒ほどの、とても長い時間。感覚が研ぎ澄まされ、額の汗が滴るのをひしひしと感じる。


 微かに、けれど確かに。コト、という足音が聞こえた。


 間違いない。Dawnが天窓から塔に侵入したのだ。


 最終奥義の硬直を振り払い、一人ですべて計算して。


 塔の上を占拠されれば、先に水没するのはこちらだ。どうして俺は気づけなかったのか。


「蒔奈……!」


 しかし蒔奈の瞳は、勝利の意思に満ちていた。


 蒔奈は階段を上がるでもなく、ただ剣を振り上げた。


 なくなってしまったはずの剣。その代わりに握られていたのは、俺の刀――冥絳焔雷。


 ――逃げてくる途中に拾っていたのか!


 D`Ark姫が詠唱を開始する。奥義ゲージが強く輝き、剣に青い光が集まり始めた。


 赤黒い刀身に蒼光が重なり、紫電の煌めきを放つ。


 連鎖最終奥義チェインデストラクション灼蒼シャクソウ煌塵激天ラースレイト・ザ・スカイ》。


 だが。


「ここで最終奥義デストラクションだと⁉」


 確かに直上に向けて最終奥義を放つことはできる。でも無暗にここから撃っても、絶対に当たらない。鏡姫ならば、そんな雑な攻撃は軽々と躱す。


 どうしようもない絶望に襲われそうになったとき、ふとある考えが頭を過った。


 ――まさか、そんなことは……いや、あり得る……のか?


 それは作戦と呼ぶには余りにもリスクが大きい、無理、無茶、無謀な賭け。


 だけど、雑じゃない。蜘蛛の糸よりも細い、一縷の勝利を手繰り寄せるような、希望だった。


 光が剣に収束し、刀身が蒼く輝く。辺りを満たす青より深く、空を覆う海よりも青い、蒼。その周りを踊る様に、紅い稲妻が弾けながら登っていく。


 外は既に即死域まで海水が上がってきている。時計塔の上にいる二人に逃げ場はない。


 まさに、必滅の一撃だ。


「いっけええええええええええ‼」


 蒔奈が吼えると同時に刀身を超えた光が天に向かって伸び、新たな光の剣となる。削ったとはいえ、二対一の体力差を埋める様な、大きな輝き。


 光はどこまでも伸び、塔の最上階に突き刺さった。床がひび割れ、崩れ去っていく。


 メインオブジェクトであり、膨大な耐久値を持つ時計塔の崩壊。これこそが、蒔奈の狙った作戦だった。


 ただ最終奥義を当てるだけでは、塔が崩れ去ることは無かっただろう。しかし、この塔には今までの戦闘でできたいくつもの傷があった。


 狙い通りに崩れゆく塔。だが、相手のHPは減っていない。


「負けるかああああああああああ‼」


 Dawnが、深湖子が咆哮をあげながら、階段を駆け下りてくる。


 移動ブリングスキルは天窓からの進入時に使用してCT中。最終奥義に巻き込まれないようにするためには、飛び降りるわけにもいかない。


 だから、Dawnは駆け下りた。襲い来る光を、崩れ落ちてくる瓦礫を躱しながら。


「私達の絆を、血を、想いを! 否定されてたまるかッ‼」


 こちらも一度発動した最終奥義は制御できない。このままでは降りてきたDawnにとどめをさされ――敗ける。


 思わず椅子を引いて、蒔奈の顔を見る。


「まだ!」


 けれど蒔奈は、諦めていなかった。歯を強く噛み締め、画面を睨んでいた。


「まだだッ‼」


 蒔奈の咆哮に共鳴するように、光の大剣は輝きを増していく。


 もちろん、プレイヤーの感情によって効果が変わるスキルなんてありはしない。落ちた瓦礫でHPを削られ、威力が増加しているのだ。


 こうなれば後は体力との勝負だ。蒔奈の体力が尽きるのが先か、鏡姫達を飲み込むのが先か。


 でも、それでも、まだ足りない。ゲージは今も減り続けている。このままだとDawnを飲み込む前に、D`Arkの最終奥義が消滅する。


 どんな結果になろうとも、今眼前で起きている死闘はきっと、一生頭に残るだろう。そう確信して全てを、一瞬すら逃さないよう、画面に集中し直したときだった。


 蒔奈のゲージが、僅かに回復したのだ。


 見間違いではない。バグでもない。


 そう考えて、GoMの基本的なシステムを思い出す。


 ゲージが上昇するのは、攻撃を当てたときと、時間経過。それに攻撃を受けた――正確にいえば、体力が減少したとき。


 瓦礫で蒔奈が被弾する度にゲージが回復しているのだ。


 いや、違う。


 当たっているのだ。わずかに存在する当たり判定を、刀をずらして調整して。


「起こるのか? 奇跡が……」


 ――いや、違う。


「起こすんだ、奇跡を‼」


 光は、どんどん増していく。


 体力は、どんどん減っていく。


 Dawnを巻き込むのが先か。D`Arkの体力が尽きるのが先か。


「「ブチ飛べええええええええええッッッ‼」」


 俺と蒔奈の咆哮が重なり合う。


 ついに光は塔をも超える巨大な柱となって、ドーム状の空をも穿ち――


 画面は瓦礫と波に覆われ、何も見えなくなった。


 感覚だけが先走り、眼球一つ動かすのもスローモーションのように重く感じる。


 HPバーを確認するも、どちらも空だった。どちらともHPが残っているようには見えない。


 握り込んだ拳の爪が、手の平に食い込む中――


 消滅したのは、DawnのHPバーだった。


 ワンテンポ遅れて画面に表示されたのは「VICTORY」の文字。


「蒔奈!」


 喜びの声よりも先に、俺はその名を叫んでいた。


 戦い抜いた姫は肩に力を入れたまま硬直していて、俺が名前を呼ぶと長い息を吐いた。


「駆音」


「ああ」


「勝ったの?」


「ああ」


「勝ったよ、駆音」


「……ああ」


 短く言葉を交わしている内に、自然と涙が込み上げてくる。悲しくないのに涙を流すのは、ずいぶんと久しぶりだ。


「なあ、抱きしめていいか?」


 思わず、場の空気に流されて口走ってしまう。


「だから、そういうところがキモいのよ」


 やっぱり、蒔奈は呆れたようにそう言って。


「でも、今だけは許してあげる」


 やっぱり、優しいお姫様は俺の我儘を許してくれた。


 優しく頭を抱きかかえる中で、サブモニタの電源が灯り、再び会場が映し出された。


「誠、深湖子」


 目の前で項垂れる二人に、歩み寄る。


「顔を上げろ」


「止めて!」


 誠が悲痛な叫びをあげる。


 確かに、勝者からの言葉は受け入れがたいかもしれない。


「いいから、見ろ」


 でもこの光景を見ないのは、余りにもったいない。


 賑わうオーディエンスと、会場中に舞う紙吹雪。


 観客はみな拳を掲げ、叫び、奮い立っていた。今、目の前で起きた熱い奇跡を讃えて。


 ゆっくりと二人が顔を上げ、壁一面のステージを見渡す。


「敗北は否定じゃない。これだけの人間を沸かせた奴の絆を、何が否定できる? きっと、誰もが思ってるさ。お前らが本当の――いや、それ以上の最高の姉妹だって」


「「私達は……」」


「そうよ、誇っていいわ」


 蒔奈もまた、二人の元へ歩いて行く。


「あなた達は、私の最強の親友だもの!」


 勝ち誇ったように笑う蒔奈に、どうしてだか嫌悪感は抱かない。


 誠と深湖子は顔を見合わせたあと、どちらからともなくぷっと噴き出した。


 ひとしきり笑って、涙もぬぐって、二人はニッと口角をあげる。どこか挑発的なその表情に、もう絶望の色は見えない。


「次は勝つ」


「絶対に、敗けません」


 観客たちは、何かを期待するような表情で興奮のままに叫んでいる。


 そう、まだ。まだ、アナウンスがされていない。


 勝者の名前が告げられるのを、観客たちは今か今かと待っているのだ。


『な、何ということでしょう‼ これが決勝か、これが関東大会なのか! 決勝に恥じぬ、いや、歴史に残るプレイを魅せてくれました‼ 今、間違いなくGoMの歴史が動いたのです‼』


 実況者も興奮を抑えきれないらしく、ところどころ声が裏返る。


『恐れながら、告げさせて頂きます! GoM関東大会二対一組部門、三日間にわたるトーナメントを制したのは――Lie-T&PrinssesD`Arkペアだ‼』

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