第31話 ふたりで・ひとり

 世界が構築されていく。


 組み立てられていくのは、背の低い木造の家々。隙間なく並んでいく家の屋根は瓦。夜のとばりがおり、空には丸い月が浮かぶ。そして端に霞むように見える、和城。


 『城下町』ステージ。マップギミックとしては家が壊れやすいくらいか。長屋が並び、その屋根上も戦闘の場になるので、三次元的な動きを求められるのが特徴だ。遠くにそびえる城が見えるが、あくまで城下町が戦闘の舞台であるため、近づくことはできない。


 初期転送地点はマップの中央辺りだ。ひとまず端に逃げるか、それともここで待ち受けるのか。いや、今考えるのは俺の役目じゃない。


「さて、ここからどう動――」


 言葉を打ち止め、全力でバックステップ。瞬間、平屋の壁を破壊しながら人影が俺のいた場所を切り裂いた。


「おや、よく気付かれましたね」


 切り裂いた影――来架のアバターが振り向き、両手に苦無を構える。全体的には浴衣のようなデザイン。髪に刺さったかんざしも相まって花魁のようにも見えるが、口元のマスクとポニーテールのような髪型も合わせれば、クノイチと形容するのがしっくりくる。


 キャラクター名は『MakiMaki-Love』……。あまり触れないでおこう。


「まだ始まって三秒だぞ」


「このマップの初期位置には作為的なのかバグなのか、偏りがあるんですよ。一対一の場合、二人とも中央に配置されるのは二十六パーセント。違ってもすぐに立ち去ればリスクは低いので、初手は攻撃の一手に限ります」


「……初耳だな」


「私が統計をとって算出したデータですので。ではお喋りはここまで、殺します」


 クノイチの姿が消える。背後にその姿を捉えた途端、俺のHPバーが減少した。


――攻撃されたのか?


 スキル……じゃない。エフェクトは無かった。AGIがありえないくらい高いのだ。かなり大部分をAGIに振っている俺よりも。


「くそっ」


 思わず悪態をつきながら、再び苦無を構えるクノイチを見据える。重心が前に移動した瞬間を見図って、思い切り横にとんだ。


 風を切って俺がいた場所を斬り裂きながらクノイチが通過していく。今回はなんとか躱すことができたが、あと何度躱せるかは分からない。


「蒔奈、守ってられる時間は少ない。それまでに攻撃に転じる手段を考えてくれ」


「……無理よ、私には」


「蒔奈?」


 様子を伺いたかったが、少しでも画面から目をそらせば斬られる。


「蒔奈頼む」


「駆音は……もう何か考えついてるんでしょ? だったらそれを実行すればいいじゃない」


 ダメか……。やっぱり俺に人を育てることなんてできやしないんだ。人の心が分からない、コミュニケーションを諦めてしまった俺には。


 絆が深まった気がしていたけれど、実際には傷が広がっていただけだったのか……?


 いや違う。俺が諦めてどうする。


 蒔奈に覚悟を求めておいて、俺の覚悟が足りなかった。


 傷つき、傷つける覚悟が。


「なあ蒔奈、何で俺が大会に出ないか分かるか?」


「え……?」


「怖いんだよ、敗けるのが」


 マウスを握る手に汗が滲む。


 クノイチの攻撃の手がやむことは無い。意識を画面に集中させながらも、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。


「怖いって……。そんなの――」


 蒔奈が唾をのむのが分かる。そして不安そうに、また口を開いた。


 ――だって。


「そんなの、当たり前じゃない」


「ああ、そうだ」


 当たり前すぎて、今更確認するのも馬鹿馬鹿しい。だからこそ、自分が正しいはずなのに間違いを指摘されたときのような、価値観が揺らぐような不安に襲われたのだろう。


 勝ちたい、負けるのは嫌だ。GoMプレイヤーなら、いや一介のゲーマーですらなくても、誰もがそう思っている。


「俺は、強い自分で――Lie-Tでいたいんだ。ランクマッチなら、一度くらい敗けても何度か試合に勝てば巻き返せる。でも、大会は一度敗ければ終わりだ。敗けた時点で自分の実力を定められる。それが、俺はたまらなく怖い」


「でも、駆音は強いわ」


「強くなんかないさ。俺の上にはまだ三人もいる。今のランクから上に登れないのは、紛れもなく俺が弱いからだ。俺の意思が、弱いからだ」


 ゲーム的な能力の話じゃない。上の三人にあって俺にないものが何かあるから、俺は勝てない。その何かが分からない以上は、本当の意味で実力が試される大会に出ても敗ける。


 その点において「万年四位〝フォー〟エバー」なんて呼び始めたやつは良いセンスしてると思う。的を得ていて、正しいからこそ腹が立つのだ。


「それに、あくまでも俺のランクはソロで戦ったときのものだ。誰も信用できない、誰かと力を合わせることが苦手な俺には」


「そっか、駆音でも、怖いんだ……」


「ああ。だから頼む、お前の力を貸してくれ」


 そろそろ集中力も限界が近い。躱す方向も読まれてきている。その結果は如実にHPバーにも表れていた。


「……壁際」


 ぽつりと、呟くように蒔奈がこぼす。


「来架の攻撃は直線的よ。あれだけのAGI、来架自身も制御しきれないんじゃないかしら。うまく壁際に誘導できれば……」


「ぶつかって隙ができる、か。任せろ」


 飛んでくるクノイチを捌きながら、少しずつ平屋へ引き寄せる。


 相手が俺の回避を読めるようになっているように、少しずつだが俺も攻撃のパターンが分かるようになってきた。瞬時に移動した後、切り返すまでに若干のラグがあること、切り返す方向はランダムじゃなく、ある程度の規則性がある――少なくとも同じ方向に切り返すことはないということ。


 それだけの情報が得られれば、もう一度躱すことなんて難しくない。


「ここだ!」


 苦無をナイフで受け、そのまま後ろへ流す。


 突撃の勢いのままにクノイチは壁に突っ込み、倒壊した平屋の下敷きになった。


「くっ」


「逃がさない」


 瓦礫の中からクノイチを掴み、上空へ投げる。


「借りは返す」


 《雀》《疾空》《剛脚》《乱打》《みずち》と五つのスキルを、それぞれ敵の硬直と入力受付の合間を縫って打ち込む。空中乱舞を受け、クノイチのHPは四割程減少した。


「やった!」


「的確な作戦だった蒔奈。その調子で頼む」


「もう勝った気ですか……」


 瓦礫を押し上げ、クノイチが姿を現す。


「まだ、早いんじゃないですか」


 クノイチの周りには赤黒く光るオーラのようなエフェクトが出ていた。


 ――最終奥義デストラクション


限界ボーダー解放パージ


 来架の宣言に応じるように、クノイチの姿が変わっていく。纏っていた着物の代わりに体を覆うのは数々の金属部品メカニカルパーツ。最後に額をゴーグルが覆って、クノイチはサイボーグ忍者となった。


「自強化系の最終奥義か……」


「ええ、今までの私とは文字通り一味違いますよ」


 改めてクノイチは二本の苦無を握りしめた。


「行きます」


 宣言とともに、猛烈なスピードでクノイチが突っ込んでくる。戦闘スタイルは相変わらずだが、スピードは桁違いだ。


 タイミングを読み切れず、僅かに血のような被ダメージエフェクトが飛び散る。


「ちっ」


 でも戦闘スタイルは変わらない。それならもう一度、壁にぶつけることができれば――。


「駆音、もう一度」


「ああ」


 蒔奈もそれが分かっているようだ。再び集中し、クノイチと向き合う。


 GoMのダメージ量計算システムはキャラの重量や速度、単純なSTRなどを総合的に掛け合わせて算出される。つまり、スピードはダメージ量に直結する。


 何度も繰り返す余裕はない。この一度で終わらせる!


 ――タイミングを調整しろ。目で追うな、感覚で仕留めろ。全神経を画面に集中させるんだ。


 クノイチがナイフを握りしめ――


 地を蹴った瞬間、俺は動いた。胸を掠める苦無に、俺のナイフを合わせる。受け止めはしないし、できない。跳ね返すなんてもってのほかだ。


 だから軌道を少しだけずらすように、苦無ごと弾き攻撃の軌道を逸らした。


 耳を劈くような金属音が響いた後、僅かにずれたサイバークノイチは、その勢いのままに平屋に突っ込んでいった。


 再び倒壊する平屋の下敷きになったクノイチ。だが、HPバーが減少しない。


 自強化によって強化されたのはAGIだけじゃなかった。VITやSTRも強化された結果、瓦礫のダメージをほとんど負わなかったのだ。


「まさか……」


「駆音、前!」


 想定外の事態による、一瞬の油断。蒔奈の叫びで我に返ると、瓦礫から飛び出てきたサイバークノイチが再びの突進を開始していた。


――間に合わない。《空蝉》を使おうにも、コマンド入力の前に相手の刃が俺に届く。


起動ブート紅炎フレイム。《/烈火スラッシュ・レッカ》」


 炎を纏った苦無が、風をも燃やすような速度で俺の喉を切り裂いた。勢いよくダメージエフェクトが飛び散り、HPバーも残り二割まで減少する。


 速度、最終奥義での自強化に加え急所への一撃ときたか。にしても減りすぎだろ……。


「これで終わりです」


 三度苦無を構えるクノイチ。ここで躱せなければ終わるが、このまま攻撃を受け続けていてもジリ貧だ。


 ――どうする。


「駆音、全力で跳んで!」


 そのとき、背後で声がした。


 考えるより先に、手が動いた。平屋を高く飛び越え、クノイチを見下ろす。


「……愚策ですね。空なら手が届かないとでも?」


 冷静に、クノイチは俺を見据える。確かに愚策としか思えなかった。あれだけのAGIがあれば、空に向かって突進すれば容易に切り裂くことができるだろう。むしろ制動の効かない空中の方が不……利……。


 ――そうか!


「では今度こそ終わりにしましょう。約束は守ってくださいね」


 クノイチが勢いよく飛び上がる。


「今よ駆音、降りて‼」


「おう!」


 蒔奈の声に合わせ、Lie-Tは空を蹴った。


「え⁉」


 正確には蹴ったのではない。Lie-Tはスキルを使ったのだ。


 移動スキル《縮地》。空中コンボエリアルに使用するスキルたちの様に空中で使うことはできないスキルだ。


 だが俺は蒔奈から全力で跳べと指示されていた。Lie-T本体の跳躍力では平屋を超えることすらできない。だから俺はスキルを使っていた。空中に向け《縮地》を。


 そして《縮地》は連続で使用する場合、五回までならCTを無視して使用できる。


 攻撃目標を失ったクノイチは空中で体勢を崩した。


 今地面に降りたのでスキルの使用回数は二回。


「駆音、最後の作戦よ」


 回避する手段も、相手にはない。


「ブチかませ!」


「任せろ‼」


 もう一度、《縮地》を使用し高く飛び上がった西洋忍者がサイバークノイチを打ち落とす。間髪いれず新たなスキルを発動し、コンボをつなげていく。


「おおおおおおお‼」


 右から左から、ナイフで斬り殴り、ついにクノイチのHPバーは全損した。

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