第32話 なかなおり・けっそく

 すぐに画面には「VICTORY」の文字が浮かぶ。正真正銘、二人の勝利だ。


「……ここまで、ですか」


 来架は立ち上がり、冷めた声でそうつぶやいた。後悔や悲哀の感情は何も感じない。いつも通り無気力そうな来架のままだ。


 ――やはり。


「お前、勝つ気無かっただろ」


「どうしてそう思うんです?」


 否定はしない、か。


「拘って同じ戦法ばっか使ってたからだよ。本当に勝つ気があるやつなら、いくつも手を変えながら攻めてくる。それに――」


 これは言うべきか迷った。デジタルな競技をプレイしている俺達にとってはあまりにオカルトじみていたから。


 でも、それでも俺は自分の感覚が正しいと信じてる。


「それに、お前のキャラからは覇気を感じなかったから」


「覇気……? はっ」


 珍しく来架が笑う。こいつも笑うんだな、まあ嘲笑だけど。


 やっぱり言わなきゃよかった……。


「少しでもあなたの情報を得られればと思いましたが、終わってみれば最終奥義すら分からずじまい……。もう少し攻めるべきでしたかね」


「勝つ気で来てれば、分からなかったかもな」


「そうですか、では残念ですが本戦で。今からでも辞退していただくことを勧めておきますよ。それが例え蒔奈様の意思に反するとしても……」


 そして来架は部屋から出て行った。


「良い指示だった」


「ううん、駆音が強かっただけ」


「そうだな」


「ええ⁉」


 蒔奈は目を丸くして体ごと引いた。


「キモっ、自慢⁉ 謙遜しなさいよ!」


「いやお前が褒めてくれたんだろ……」


 なんで俺傷つけられてるんだ……。


 まあでもこれでいつも通り、か。


「なににやついてんのよ、余計キモいんだけど」


「キモいキモい言うな。何が言いたかったかっていうとな、俺もお前と同じだってことだ」


「はあ?」


 マジで何言ってんだって顔しないでもらえる? 今いいこと言ったつもりだったんだけど。


しかし伝わらなくては意味がない。少し、いやかなり恥ずかしいが解説するしかない。


「だから、お前と戦ってるときだよ。いつも作戦の立案は俺がしてるけど、お前に助けられてるってこと」


「あ……」


 ようやく気付いたか。今更頬を染めたってかわいいとは思わんぞ。


「いいか、二対一組にどっちが悪いもない。どっちも悪いし、どっちも良いんだ。一試合を二人で分かち合う。喜びも、悲しみも。それが二対一組ってもんだ」


「……うん」


 なんとか納得してもらえたようだ。うーむ、今日はえらく恥ずかしいことばかりな気がしてきた。そういや戦闘中に何話してんだ俺。今になって恥ずかしさがこみあげてきた。解説させられたのも合わさって二倍だ。この床転がっても大丈夫かな。


「駆音」


「なんだ、できれば今話しかけないで――」


「私もね、怖いの。敗けたら、GoMができなくなるから」


「え……?」


「私ね、お母様に言われたの。中学生になったらゲームは止めなさいって」


 ――そうか、だから蒔奈は。


「それで、納得したのか?」


「もちろん反抗したわ。お姉ちゃんの援護もあって、色々相談したら、今度の大会で結果を出せなかったらすぐ止めるってことになったの。それが、私が戦う理由」


 ようやく、大きな疑問点に納得がいった。


 だからこの子は俺を求め、そして「勝ち」にこだわったのだろう。


 自分の好きなものを護る為、小さな体に全てを背負って。


 ――それなのに俺は「失うものなんてないくせに」なんて。


「ごめん、ごめんな」


 あれだけ阻まれていた台詞が、すらすらと口から出てきた。


「ううん、私もごめん。ていうか、私こそ謝らなきゃいけないの。私は特に怒ってないし」


「そうなのか?」


「うん、だって私は怒られると思って言ったもの。……きっと怒られたかったのよ」


「……負けられないな」


「ええ。今はもう、戦う理由が増えたから」


 蒔奈は前を向いていた。俺の背中についてきているだけの少女じゃない。しっかりと自分の歩く道を見据えている、一人の人間の顔だ。


「私、伝えたいの。誠と深湖子に、伝えたいことがあるの」


「ああ」


「でも、それには決勝までいって、二人に勝たなきゃいけないの」


 誠、深湖子のペアは反対のブロックだった。順調に勝ち進んでいけば確かに決勝で当たることになる。


 喧嘩別れしたあとだったし気にもしていないと思っていたが、しっかりトーナメント表に目を通していたようだ。


「そして、そこには私じゃ……私だけじゃ、行けない。だから――」


 改めて、蒔奈が手を伸ばしてくる。


 その手は相変わらず小さかったが、秋葉原で握ったときよりもたくましく見えた。きっと、マメができていることだけが原因じゃない。


「だから私と一緒になって、駆音」


「俺なんかでよければ」


 その言葉は、出会ったときの何千倍も尊く心の奥に入り込んできた。




 順路とは逆に、水族館をまわる。


 蒔奈の提案で、ちゃんと見て回れなかった水族館を見ながら帰ることにしたのだ。

 ふと、ひときわ大きな水槽の前で、蒔奈が足を止めた。


 展示の説明にも、この水族館で一番大きな水槽だと記してある。それだけに、水槽の中には大小多種多様な魚が泳いでいる。


「ねえほら、大きなクジラ。見て」


 言われるがままに水槽に目をやると、大きな魚影が確かにあった。でもあれは鯨じゃなくてサメ――


仄かに、しかし確かな熱が頬に触れた。


 一瞬何が起きたのか分からない。現実であることを確かめるように、自分の頬に手を触れる。


 そこには確かに、唇の感触が残っていて。現実であると知らしめるように疼いていた。


 蒔奈は照れくさそうに、そっぽを向いて顔を隠す。


「昨日、おやすみを忘れてたから」


「あ、ああ。そうだったな。なんだ、しかしこう人前でやるのはいかがなものかと—―」


「嘘よ、したかっただけ」


 そう言って微笑む蒔奈の姿は、小学生とは思えないほど妖艶で。


 気を抜けば恋してしまいそうなほどに、愛らしかった。

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