第33話 けんそう・きんちょう

 翌日、二次予選開催日。


 二次予選とは名ばかりで、実際は準決勝戦まで行われる長い一日になる。


 この日は珍しく、起こしに行くまでもなく蒔奈が自分から起きてきた。


「どうする? ……って、聞くまでもないか」


 目をみてすぐに愚問だったと口を閉じる。


 どちらからともなく二人でゲーミングルームへ移動し、GoMを起動しながらデバイスの準備をする。


「駆音、聞こえる?」


 ヘッドセットを被ったところで、すぐに蒔奈が話しかけてきた。


「ああ、問題ない」


「私、もう迷わない。行けるとこまで行くわ。敗けたって、後悔はない」


「……その気概があれば、どこまでだって行けるさ」


 試合へのカウントが始まる。


 不安はない。緊張もない。敗ける気なんて、もっとしない。


 カウントがゼロになり、世界が色付く。


 二人で一斉に走り出しながら、俺たちは試合ゲームを最高に楽しんだ。


「お疲れ様」


 試合が終わり、リビングでくつろいでいると珍しく、芽吹がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。相変わらず家の中でもスーツを着ている。


 一口啜ってみるが、普通のコーヒーだった。こいつが持ってきたものだから、てっきり毒でも入れられているかと。


「サンキュー。蒔奈は?」


「部屋に戻ったきり出てこない。ずっと部屋の前で待っていたんだが、寝息が聞こえてきたんで今こうしてお前にコーヒーを淹れているというわけだ」


「そうか。まあ、ずっと神経すり減らしてたわけだしな」


 試合の結果は、率直に言って最高……とはいかなかったが、なんとか明日の決勝戦まで駒を進めることはできた。


「問題は明日、か」


「ああ、そうだな」


 芽吹もコーヒーを一口啜る。穏やかな時間が、久しぶりな気がした。


「……お前には、感謝している」


 吹き出しそうになったコーヒーを、慌てて飲み込む。今なんと言ったか。感謝? コイツが? 天変地異でも起こるのか?


「全部顔に出てるぞ」


「ひっ」


「まあいい」


 芽吹は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、空になったコップを持って立ち上がった。


「お前はよくやってくれている。だから、その、何ていうか……まあいい」


 珍しく言葉に詰まった芽吹は「やはりミミズよりも蟻や蠅の類だ」なんて意味の分からないことを呟きながら逃げるように去っていった。


「感謝したいのはこっちの方だよ」


 一人残されたリビングでそっと呟き、またコーヒーを啜る。


 GoMAGS、第二次予選。この日行った五試合で、俺達は一度も倒れなかった。


 どちらも倒れず、パーフェクトで勝ち進んだ組は俺達の他にもう一組だけ。


 明日の決勝で当たる、黄昏の鏡姫トワイライト・ミラージュだけだ。




『さあ、ついに! GoMACS、その決勝戦です!』


 実況席からのアナウンスに反応し、観客席が一気に盛り上がる。


 最終日の今日は、オフライン――会場で行われる。その主な目的は実況、解説、配信だ。会場の声が選手には聞こえないよう、PCは別室に用意してある。


 俺達は用意された選手用ゲートから入場し、別室からモニタで会場を確認していた。


 基本的にマスクやサングラスは禁止の大会が多い中、GoMの大会は規制が緩く、申請すれば顔どころか性別も姿も隠して参加することができる。鏡姫達が未だ謎のベールに包まれているのもそれが大きな要因だ。


『三日間におよび行われた予選トーナメント、それを勝ち進んだ挑戦者たちが、ついにここ幕張に集まった! 一体どんなプレイを見せてくれるんでしょうか。解説はGoMシングル大会優勝経験者のKENTさんです』


『どうもー』


「明日波さん⁉」


 聞き覚えのある声がして実況席を確認すると、明日波さんが我が物顔で座っていた。


 前から強いとは思ってたけど、まさか優勝経験者だったとは。解説とか面倒だと思ってそうだけど、もしかしてそこまで多良見電気店の経営が傾いていたのか……?


『なかなか表舞台に現れないことで有名なKENTさんですが、どうして今回は引き受けてくださったんですか?』


『いやー、心変わりっていうか、特別な人が試合に出てるので応援しにきました♡』


 会場で黄色い声援が飛び交う。彼氏か何かできたのだろうか? それはないか。好きなプレイヤーがいる、とかかもしれない。


『ほう、特別な人、ですか。どんな人なんです?』


『なんといいますか、私の想い人っていうか……』


 会場から黄色い声があがる。明日波さんに好きな人なんていたのか。


『でも、つい最近その人の隣を歩く女の子を見ちゃって』


 今度は会場から落胆の声があがる。ノリがいいな。


『なんと……‼ うぅ、私も哀しくなってきました‼』


 えらく情に流れやすい解説者だ。本当に泣いてやがる。


『まあその女の子は小学生くらいだったんですけど、すごくラブラブで、勝手にフラれた気になって。でもせめて、その人を応援しようと思って会場に来たんです』


 ピリっと会場の空気が凍り付く。声を色で表すなら灰とか紫ってところか。あらゆるところでざわつき、犯人を特定しようとしている。


 ――なんだろう、嫌な予感がするな?


『して、そのプレイヤーとは?』


『Lie-Tさんです♡』


 はい、言いやがった。一瞬にしてアウェーにしてくれたよこの人。多分この会場で俺を応援してくれる人は、これでゼロになった。


 明日波さんはしてやったりみたいな顔でにひひと笑っている。この前の切断された試合の仕返しのつもりか。


 これ以上会場を見ていても気分が滅入るだけのようだったので、テレビを消す。


「緊張してるか?」


「してないわ」


「強がらなくてもいいぞ」


「……少ししてるかも」


 以前からは考えられない、素直な台詞。嬉しくなって、ポンと蒔奈の背中を叩いた。


「セクハラでお姉ちゃんに訴えるわよ」


「……訴えるなら警察にしといてくれ。さ、ぼちぼち準備するか」


「ええ。グッドラック、ハブファン」


「グッドラック、ハブファン」

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