第34話 けっしょう・いんねん

 準備を終えPCの前に座ると、会場が映し出されていたモニタの電源が落ちた。代わりにGoMのゲーム画面が映し出され、カウントダウンが始まる。同時にマップの生成が始まった。


 白く無機質だった地面が波打ったかと思うと、キャラが深く飲み込まれた。一瞬にして連れてこられたのは海の底、静かにそびえる朽ちた都市。長針が欠けた時計塔に、屋根瓦や壁が剥げた民家。街の中央にある噴水の広場から上空を見渡せば、空一面に海が広がり、魚達が泳いでいる。


 ゼロのカウントと共にそれらは色付き、輝き始めた。


 海中都市ステージだ。基本的にデバフなんかはなく、武器によっての有利不利もないマップ。強いて特徴を挙げるとすれば、GoMのステージの中で最も美しい。


 敵の名前も表示される。もちろん「Dusk」と「Dawn」だ。


「いいステージを引いたな」


「うん、最後のステージに丁度いいわ」


「あんまり見惚れてしくじるなよ」


「駆音こそ、私に見惚れないようにね」


 いつもと変わらない生意気な口調に、思わず苦笑する。


「さ、行くぞ」


「ええ!」


 西洋の忍者と姫騎士が走り出す。


 目指すのは時計塔だ。この辺りで一番背が高く、マップ全体を見渡しやすい。それを逆手にとって廃屋から狙撃される可能性もあるが、相手が黄昏の鏡姫ならその心配もない。


「多分、向こうも時計塔を狙ってくる。塔内で戦闘になる可能性が高いが……」


「セオリーは覚えてる。東のクリアリングは任せて」


「逞しいな、いくぞ‼」


 高くそびえる塔の入口は三つ。地上の南北に一つずつと、地下からあがってくる階段だ。


 俺達は南入口の扉を開けると、中に飛び込んだ。


 まず目に映るのは、様々な大きさ、形の歯車たちだ。お互いかみ合いながら塔の天辺まで連なっており、軋みながらもなんとか動いていた。


 閑散とした塔内の壁もところどころ剥げており、隙間から光が差し込んでいる。


「綺麗……。だけど、寂しいわね」


「屋上の天窓からはもっと綺麗な海の星空が見えるらしいが……残念ながらそんな暇はないな」


「分かってる。行きましょ」


 塔を上る階段は二つ。それぞれ西と東、塔の壁面に沿って螺旋状に伸び、DNAのような二重螺旋構造になっている。幅は広く、三人が並んで歩けるほどだ。


 前言通り、俺は西側、蒔奈は東側の階段に分かれて一斉に上りだす。


 ゲーム開始からまだ数十秒。相手の姿は見ていない。


 となれば、俺達の方が先に塔を占拠できている可能性が高い。相手の位置情報が得られればそれだけでかなりの有利になる。


「危ない!」


 D`Arkの叫びで足を止めた瞬間、俺の眼前を黒く細い脚が掠めた。


 蹴りの主――Duskは、黒いドレスを翻し、俺の前に立ち塞がった。隣、蒔奈が上る階段には、Dawnが待ち構えている。


 ――いったいいつ、どうやって上を取られた⁉


「避けた。気づかれてた?」


「いいえ。D`Arkちゃんが反応してました」


 ――そうか、上だ。


 天窓だ。鏡姫達のスキルなら、スキルでブリングして天窓から侵入することは造作もないだろう。俺のAGIがいくら高いとはいえ、壁を登って天窓から入ることはできない。鏡姫たちだからこそ出来た芸当だ。


「ひきつけながら一旦下る」


「了解!」


 踵を返し、D`Ark姫が階段を降り始める。AGIは俺の方が高い。ひきつけながら降りるなら、俺の方が適任だろう。


 DawnがD`Arkを追い出すのを見て、俺は目の前のDuskに向かって一歩踏み出した。


 Duskもまた軽い足取りで踏み込んでくると、階段を蹴って跳びあがる。同時に俺は方向を変え、手すりを超えて対岸の階段へ移った。さっきまでいた地点にメイスが撃ち込まれ、階段が何段か砕け散る。


 異変を察知したDawnが、蒔奈を追うのを止め、振り返った。僅かな時間ではあるが、二人を止めることに成功した。


 後は、コイツらをどうにか抜けば俺の任務は完了だ。


「さすがLie-T、やる」


 Duskが――誠が話しかけて来る。


 この決勝戦は中継されているが、会話の内容までは流れない。聞いているのは俺達と、八百長等の取引が交わされないかを確認する運営だけだ。


「まあ、な!」


 会話中にも関わらず振りかざされたメイスを、後ろに跳んで躱す。会話中の攻撃を卑怯だとか言うつもりはないが、小学生がとる戦術にしてはえげつない。


 指を動かし、素早くコマンドを入力する。《煙幕》が発動すると同時に、急いで蒔奈の後を追う。


「蒔奈、今どの辺だ?」


「地下水路を少し西に進んだところ」


「了解、すぐに合流する」


 塔を駆け下り、地下へ潜ると、すぐに蒔奈と合流できた。初手としては完全に向こうに形勢を奪われてしまった。今は、何か手を考える時間が欲しい。


 地下水路はこの塔の真下にあるエリアだ。地下水路といっても入り組んでいるわけではなく、薄暗い通路が一本通っているだけ。でも、鏡姫達の視線を欺くにはうってつけの場所だ。


 大きな衝撃音と共に、天井が崩れる。


「――だから、ここにいると思う」


 舞い上がる土煙と、水しぶきの中に現れたのは、黒と白の姫君。


「ほら」


「さすがは誠ちゃんです」


 ――読まれてる、全部。


 しかも天井の瓦礫が障害物となって分断されてしまった。これでは俺が鏡姫二人を相手取る形になってしまう。


 この狭い場所でこの二人を相手に、どれだけ戦えるか――


「Lie-T、伏せて!」


 声に合わせてしゃがんだ瞬間、瓦礫が礫となって飛んできた。直撃を免れなかった鏡姫達のHPを減らしながら、障害物そのものが消える。


「問題ないわよね?」


「むしろ最高だ。いくぞ!」


 怯んだ隙を逃さず、Duskに向かって《影縫》を発動。Lie-Tが放った一本の苦無が、Duskの陰に突き刺さった。


「あ……!」


 Duskが驚きの声を漏らすと同時に、二人が動いた。苦無を弾こうと駆けだすDawn。その正面に、先に動いたD`Arkが立ち塞がる。


「邪魔です」


 Dawnがメイスを引き、下から上へと振り上げた。D`Ark姫も剣を鞘から抜きながら、動きに合わせるように刃をぶつける。


 剣と棍が交錯し、耳を劈くような金属音が空間に響く。


 衝撃で仰け反るDawnに向けて、俺は《衝打》を発動――することは、できなかった。


 《影縫》から抜け出したDuskが、俺の背中をメイスで思い切り殴ったからだ。


 モロにくらってしまい、HPを大きく二割ほど削られながら吹き飛ばされる。


「いくら何でも、復帰早すぎないか」


「Dawnが弾いてくれたから」


 影に刺さっていたはずの苦無が、遠く離れた場所で消滅のエフェクトを散らしているのが見えた。


 先程の剣撃、Dawnが放ったのは通常攻撃ではなくスキルだった。《リメイン・サドゥン》の透明な刃が、苦無を弾き飛ばしたのだ。武器の軌道は止めても、スキルの発動は止められなかった。


「D`Ark、一旦退くぞ。掴まれ!」


「OK!」


 体を起こしながら、《煙幕》を発動する。辺りが煙に包まれていく中、D`Ark姫が俺に向かって走ってきた。


「逃がさない」


 煙を裂きながら《リメイン・サドゥン》の刃が迫って来る。D`Ark姫を巻き込む直前、俺は《縮地》を発動した。


 ぎりぎりブリングの範囲内にいたD`Ark姫と共に、俺達は雷となり地下水道の奥へ走り抜けていく。


 一本道の地下水道ではあるが、侵入方法は多岐にわたる。塔から直接階段を伝って行けるのはもちろん、街のいたるところにあるマンホールからも侵入できるのだ。


 その内の一つから、俺達は飛び出した。さかさず周囲を見渡す。


 追ってくる様子はなかったが、先に外に出られて、待ち伏せされている可能性もある。


「とりあえずは安全そうだな」


 敵が見当たらないことを確認し、改めて現在地を把握しようと周りを見る。


 どうやら時計塔とは真逆の、街の端のようだ。周りの朽ち果てた民家が障害物になっているし、そもそも時計塔からは離れているので発見はされにくいはず。


 鏡姫たちは今頃、俺達を追って走り回っているところだろう。あまり長くは休めないが、少しは作戦を練る時間ができた。

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