第5話 きしかんの・しょうたい

「話はまとまったみたいだな」


 沈黙を貫いていた女が、ようやく口を開く。


「まとまったというか……。これからどうすればいい? 練習はオンラインでできるとしても、戦術やスキルなんかの知識面はオフラインでやった方が効率が――」


「安心しろ、お前にはここに住んでもらう」


 ――ん? 今なんて?


「ん? 今なんて?」


 あまりにも突拍子がなく、思ったことがそのまま口に出てしまった。


「ここに住んでもらうと言っている。お前も言っていた通り、残された時間は少ないからな。ここを出て右に進んだ突き当りがお前の部屋だ。荷物も既に運び終わってる。安心しろ、しっかりお前の母君にも確認をとってあるから」


「そんな――」


 馬鹿な、と言いながら廊下に出て女の言う通りの部屋に入ると、確かに俺の部屋と同じ光景が広がっていた。


 机も、PCも、窓の位置やドアの位置までも。完璧に再現されすぎていて、ドアの外に屋敷の廊下があるのに違和感があるくらいだ。


「夢か……?」


「現実だ」


 女が俺の部屋に入って来る。蒔奈の姿はない。


「蒔奈ちゃんなら疲れたから少し休むらしい。邪魔しに行ったら殺すぞ」


 俺の視線で察したのか、聞いてもいないのに女は答えてくれた。単に釘を刺したかっただけかもしれないが。


「じゃあ、これからは私がマネージャーになるから。私のことは『マネ』を付けて呼ぶように」


 いつの間にかまた赤渕のメタルフレームの眼鏡をかけていた女が、わざとらしく眼鏡をクイッと上げて見せる。


「いや、お前の名前知らないんだけど」


 そう言うと女は目を丸くした後、呆れた様にため息を吐いた。


「そうかお前が気づく訳ないか、そうだよなあ。いつも教室の隅で一人、スマホと向き合ってるようなやつだもんなあ」


 女がヘアゴムを取り出し、後ろの高い位置で髪を纏める。付けたばかりの眼鏡も一緒に外してみせた。


 ん? こいつの顔どこかで……。


「これで分かったかしら、潜木君?」


 今までのこいつからは想像できない、天使のような微笑みと、優しく包み込むような声。


「ああああああああああ! い、委員長!」


「委員長と呼ぶな芽吹めぶきだ。そりゃ確かに多少の化粧はしているが……本当に気付いてなかったんだな」


「いやいやいやいや、見た目ってか性格がぼべっ」


 容赦ない右ストレート。久しぶりに思い出した、これが〝痛み〟……。


 今は夏休みだが、一応十六歳である俺は、高校に通う学生である。ほとんど友達と呼べる者はいないし、同学年の名前も八割方覚えられてないが、こいつの名前は憶えている。


 鹿子前芽吹といえば、品行方正・才色兼備・運動神経抜群の三冠王で知られる学校一の有名人だ。だが普段は髪を纏めているし、化粧だってしていない……はず。


 何より委員長は真面目でおしとやかで、女性っていえば委員長の姿が思い浮かぶような、そんな人だったのに。何がどうなってヤクザなんかになってしまったのか。今のこいつとじゃ、美人だってこと以外の共通点は見つからない。


「夢だろ? むしろ夢であってくれ……」


「残念ながら現実なんてこんなもんだ。それじゃ、私は蒔奈ちゃんの様子を見てくるからお前は風呂に入れ」


「風呂? なんで?」


「本当は家にあげる前に入れたかったんだがな。これ以上お前の臭いを家に付けるようなら、改装工事代は請求させてもらうぞ。浴室は部屋を出てずっと左に進んだところだ。じゃあな」


 捲し立てるようにそう言って、芽吹は部屋を出ていった。いろいろ酷かったが、ツッコむ隙もなかった。


 意味はわからんが、とりあえず従っておくか……。


 着替えを取り出そうとタンスを開けると、適当に収納してあったはずのパンツが丁寧に並んでいた。あの屈強な作業員たちが丁寧に並べたのだろうか。なんか履きたくないな。

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