第6話 ゆうわくの?・おふろたいむ!
言われた通り長い廊下を進んで行くと、分かりやすく「浴室」とプレートがかかった部屋を見つけた。中から水音がしているし、ここで間違いないだろう。
部屋に入ると、広い脱衣所が俺を出迎えてくれた。
銭湯のように棚が並び、それぞれ脱いだ服を入れるための籠が設置してある。洗面台は広く、ドライヤーが数か所に設置してある。
部屋の隅には何故か小型の冷蔵庫があり、中には瓶の牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳の牛乳三コンボがぎっしり詰まっていた。
銭湯のよう、というか銭湯だコレ。この家、風呂が銭湯になってやがる。
戸惑いながらも脱いだ服を籠に入れ不透明なガラス戸を開けると、想像以上の風呂場が広がっていた。
白に薄いグレーの班模様が入った硬質の床。詳しくはないが、これが大理石だろうか。天井は高く、俺がジャンプしても到底届きそうにはない。
洗い場のシャンプーやボディーソープの種類が無駄に多く、一日一種類ずつ使っていっても一か月は違うものを試せそうだ。
浴槽もいくつか種類がある。まずはなんといっても、大人が三人両手両足を広げても余りある大浴槽。中央には獅子の像があり、温水をかけ流している。部屋に入る前に聞こえた水音の正体はこいつだったようだ。
横にはジャグジーと水風呂。そして水風呂の前にはサウナが。
「すげぇ……」
思わず言葉が零れる。気分はちょっとした温泉旅行だ。
何となく遠慮してしまって、大浴槽の端へ行く。これだけ広い空間に一人でいると、かえって落ち着かない。
それでも湯に体をつけると、どっと疲れが出てきた。拉致されてからずっと車で運ばれ続け、その間は気を張っていたのだから当然かもしれない。
目を閉じて今日の出来事を振り返ってみる。
いきなり見知らぬ小学生が家を訪ねてきて、拉致られて、GoMで対戦して。
そして、雰囲気に流され抱きしめようとしたら真顔で拒否られた。
「あああああばばばばばあああああ‼」
記憶が消えるよう、お湯に何度も頭を打ち付ける。
落ち着け、俺は何も悪くない。忘れろ、忘れるんだ……‼
しばらく頭を打ち続けようやく落ち着いてみれば、湯が体にしみいる。極楽だ。昼から風呂に入るのも、案外悪くないのかもしれない。
なんだかんだ満喫していると、風呂の扉が開いた。湯気でよく見えないが、誰かが入ってきたようだ。清掃員だろうか?
――まあこれだけ広い風呂だし、入れっていったのは芽吹だし、大丈夫だろ。
ぺたぺたと足音を立てながら、侵入者はまっすぐ湯船に向かってくる。目の前まで来たところでようやく湯気が薄れ、その姿が確認できた。
蒔奈の、小さな体が。
「んなあっ⁉」
つるつるすべすべの肌を晒しながら、蒔奈は恥ずかしそうに体を捩らせている。
フリーズする体とは反対に、頭は猛スピードで回転していた。
どうしてこうなってしまったのか、これは俺が悪いのか、犯罪にはならないのか。
「入ってます‼」
結局思考はまとまらず、良くわからないまま言葉が出てしまった。
「ええ、そうね」
「そうねって……」
「何? 何か問題でもある?」
――問題しかねえよ‼
戸惑う俺に対して蒔奈は落ち着いていた。
「今日から一緒に暮らすってことは家族みたいなものになるってことでしょ? 四年生で九歳の妹とお風呂に入って何か問題があるの?」
「そりゃ……」
あれ、問題……無い……?。
「それとも駆音は、私にこーふんする変態なのかしら?」
「そんなわけ!」
「隣、入るわね」
そっと蒔奈は湯に足をつけ、俺の隣に腰を下ろす。これだけ広い浴槽なのに、わざわざ俺の隣に。
離れようにも、最初に隅に浸かってしまったせいで逃げ場がない。唯一できるのは、蒔奈から視線を逸らすことだけだった。
最近の子はみんなこうなのか? むしろテンパっている俺の方がおかしいとか……?
「は~、ごくらく~」
俺の気も知らず、おっさんみたいな台詞を吐きながら蒔奈はぴとっと肩をつけてくる。小さいながらも、女の子らしい丸く小さな肩。お湯とは違う熱が伝わってきて、思わずドキドキしてしまう。興奮したわけじゃない。ほら、普段は人と接することがないから。ホントだよ?
「あ、俺、もう上がるから!」
なんとかそれだけ口に出して、俺は立ち上がった。
「なら、背中流したげる」
蒔奈も俺と共に立ち上がる。なんなんだこいつは。最初にあったあのクソ生意気幼女とは別人のようだ。というか、芽吹の話では部屋で寝てるはずじゃ?
「あ、ありがたいが、遠慮しておく」
「でも、まだ御礼できてないし。それに、そうしないと……にならないし」
最後の方はよく聞き取れなかったが、蒔奈は食い下がってきた。ゲーム後のやりとりを思い出す。あのときのようにこのまましつこく食い下がられて蒔奈に風邪でも引かれたら、そっちの方が問題だ。
「……分かった。じゃあ背中だけ頼む」
なし崩し的に洗い場へ向かい風呂椅子に座ると、蒔奈は石鹸を泡立て始めた。蒔奈は石鹸派か。日本人だな。いやそんなことはどうでもいいんだが。
ここまでくればもうなるようになれだ。とっとと終わらせて記憶から消すしかない。
「ふんふーん、ふふふーん」
蒔奈は楽しそうに背中を擦ってくれる。誰かに背中を流してもらうのは初めてだが、これはすごい。普段洗いにくい場所を丁度いい力加減で擦ってくれるので、超絶気持ちいい。読んで字のごとく痒い所に手が届くって感じだ。焦ってばかりだった心が、自然と落ち着いていく。
「一旦流すわね」
隣の洗い場で風呂桶に湯をため、蒔奈は重い桶を一生懸命に抱える。思わず「自分で流すよ」といいかけたが、折角頑張ってくれているので黙っておこう。うーん、これも父性か。
「じゃー♪」
それにしても楽しそうだ。こうしていると、蒔奈は本当に小学生なんだと実感する。妹ができたらこんな感じなんだろうか。
――でもこの少女が、あのエグい反射神経を持ったプレイヤーなんだよなぁ。
そんなプレイヤーが今は俺の背中を流していると思うと、なんだか笑えてくる。
「じゃあ、次は前ね。こっちを向いて」
それは笑えねえ。
前はいかん。それをやってしまっては今度こそ警察沙汰だ。もう既に怪しいのに、これ以上俺の未来を暗くしないでくれ。
「前は自分でやるから。それより自分の体を洗ったらどうだ」
「遠慮なんていいわよ、ほら、前を向いて?」
蒔奈は強引に俺を回そうとする。ダメだ、耐えろ。振り向いてしまえば、もう終わりだ。
「待った。まだ分からんかもしれんが、とにかく前はダメだ」
「何で?」
蒔奈は純粋な、曇りなき眼で俺を見つめて来る。こいつ、分かってやってるんじゃないだろうな。正直に話すべきだろうか? いや、それはそれで問題になりそうだ。
「男の人の前を洗っていいのはな、一人前になってからなんだよ」
結果、出てきたのは良く分からない言い訳だった。
「一人前……」
「そうさ。俺達はまだ出会ったばかりだろ? だから俺がもっとお前のことを理解して、お前を一人前と認められるようになったときに洗ってくれ」
鏡越しに蒔奈の目を見つめる。
我ながら最低なことを言っている気がするが、この危機を回避できるなら安い犠牲だ。
「なるほど、免許皆伝の証ってとこね!」
変に難しい言葉を知っているな。しかしまあきりっと言ったのが功を奏したのか、蒔奈は目を輝かせながら納得してくれた。疲れを癒すための入浴だというのに、何とも疲れる。
「でも、私からも条件があるわ」
そう呟くと、蒔奈は俺の背中に隠れた。吐息が背に当たり、蒔奈の熱が伝わって来る。
「お前じゃなくて……な、名前で呼んで」
恥ずかしいのだろうが、俺も恥ずかしい。というか色々まずい。
でも蒔奈の意見はもっともだ。これから
「分かった。これからよろしく頼む、蒔奈」
「うん。よろしく、駆音!」
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