第4話 けっちゃく・そして

 光が剣に収束し、空よりも海よりも青い「蒼」になる。蒼の輝きは天に向かって伸び、大きな光の剣となった。


 しかし。


 その瞬間光は霧散し、姫のアバターが地に臥した。アバターにヒビが入り、ガラスが割れる様な音と共に塵になった。


 蒔奈の――D`Ark姫のHPが尽きたのだ。


 画面に大きく「VICTORY」の文字が表示され、ファンファーレが流れる。


 でも、勝った気はしなかった。


「……帰らせてもらう」


 立ち上がり、ドアへ向かう。すれ違いざまに見えた蒔奈は、奥歯を噛み締め項垂れていた。


 拉致された腹いせに、できるだけ嫌味に勝ちをひけらかして帰ろうと思っていたが、もうそんな気分じゃなかった。


 試合内容は最悪だ。相手を侮った挙句、小学生相手に怒りを露わにしてプレイを乱された。


「待って」


 部屋を出ようとしたところで、蒔奈に呼び止められる。相変わらず俯いたままで、その表情は読み取れない。


「私に勝ったら帰っていいなんて、一言も言ってない」


「そんな子供みたいな言い訳……」


 ヤクザ女が口を出してくるかと警戒したが、女は無言のまま俺たちを眺めていた。表情は薄く、考えが読み取れない。


 ――邪魔してこないってことは、帰ってもいいってことだよな。


 改めて歩き出そうとすると、蒔奈が叫んだ。


「待ってって言ってるじゃん!」


 椅子からおりて駆けだすと、入り口をふさぐように両手を伸ばして立つ。


 蒔奈の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。


「分かった、お願いする。お願いするから、私と一緒に……」


 零れる涙は止まらなくとも、蒔奈は必死に声を振り絞って頭を下げる。


「どうして、そこまで」


 見慣れない、少女の涙に呆気にとられ声がしゃがれた。咳ばらいをし、改めて続ける。


「どうしてそこまで俺にこだわる? 不服だがお前にも光るものはある。俺と互角にやり合ったんだ。俺なんかの力を借りなくたって、いずれはソロで優勝できるレベルまで育つさ」


「嘘……!」


 絞り出すような、か細い声。


「Lie-Tと渡りあったなんて嘘。だってLie-Tは、アンタは本気じゃなかった! 適当なこと言わないで。責任もとれないくせに、期待させないでよ‼」


 「違う、本気だった」と言い返すことはできなかった。


 もちろん全力で戦った。だけど最初は侮っていたし、なにより俺は使


 使えなかったのではなく、意図的に使わなかった。小学生相手に本気を出せば、その時点で俺の負けだと思ったからだ。万全を期して持てる力の全てを出し切ったかと問われば、頷くことはできない。


 きっと、蒔奈は途中で気付いていたのだろう。蒔奈の最終奥義はかなり無理、無茶、無謀で雑なプレイだった。それこそ、怒ってやけくそになっているような。


 蒔奈は泣いている。何故か? そんなの、悔しいからに決まっている。いくら実力差があるとはいえ手加減されて、敗けた上に慰められて。見た目は幼くても、俺の安っぽい子供だましは通じなかった。全部見通し、理解した上で、悔しくて泣いている。


 この子は、見た目以上に強い子だ。


「いずれじゃ遅いの、次じゃないと駄目なの。その為には、駆音の力がどうしても必要なの‼」


「……それでも、無理なんだ。俺程度の力でどうにかなる問題じゃない」


 いくら泣かれようと、必要だと迫られようと、そして蒔奈に才能があろうと、頷くつもりはなかった。それだけ二対二の大会で勝つことは難しい。


 過去、二対二の大会で優勝したペアは八割が身内でペアを組んでいる。兄弟や姉妹、親子。残りの二割もカップルや夫婦といった具合に、お互いの信頼関係と絆が重要な種目だ。


 ――それに、今の俺じゃ。


「ごめん」


 肩に手を置き、蒔奈を退かして外へ出る。


 ひっく、と蒔奈が鼻をすすった。それがトリガーとなったように、蒔奈は泣き崩れた。膝から崩れ落ちて、わんわん泣き始める。


 その瞬間、何かが弾けるような衝撃が全身を走った。


 ――俺は。


 嫌悪感が込み上げてくる。


 蒔奈に対するものじゃない。自分に対するものだ。


 ――俺は、何をやっているんだ。


 小学生をこんなに泣かせてまで、意地を張って否定して。


 涙を流すほど悔しい中、敗けた相手に頭を下げられるこの子を、無下にして。


 思い切り両手で自分の頬を叩く。ようやく、目が覚めた気がした。


「……全力でやったところで、優勝できるかは分からない」


 泣き声が止み、蒔奈が顔を上げた。


「そ、それ……ひっく、それって……」


「悪かった。どんな理由があろうと、お前が本気でぶつかってきてくれたんだから、俺も本気でぶつかるべきだった。ごめん」


 勢いよく頭を下げる。


「……ふふっ」


 鼻声交じりの柔らかな笑い声につられて顔を上げると、蒔奈と目があった。


 俺が頭を下げたのがおかしかったのか、それとも目標への第一歩を踏み出せたのがうれしかったのか、年相応に笑う蒔奈は、年相応に可愛かった。


 そんな雰囲気に惑わされたのだろうか。


 思わず、腕を伸ばした。


 普段なら絶対にしない。自分でもどうしてこんなことをしたのか分からないが、無性にこの少女を抱きしめたくなった。これが父性か。


「……なに?」


 ぱしっと手を払いのけ、蒔奈は真顔でそう言った。

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