第10話 たらみ・でんきてん

 ビルが立ち並ぶ大通りから少し離れた路地に、黒い高級車が止まった。


「では、お気を付けていってらっしゃいませ」


 メイドさんに見送られながら高級車からおりる。電車で行くつもりだったが、外に出ようとしたところでメイドさんに止められ、送ってもらえることになった。


 当の蒔奈はきょろきょろと辺りを見回している。場所を告げていないから、ここがどこか気になるのだろう。


 つばの広い帽子を被ってはいるが夏の日差しが、透ける様な白い肌に当たって煌めいているのを見ると、日焼けやら熱中症が心配になって来る。うーん、父性。早いとこ目的地に向かうとしよう。


「それで、ここはどこなのよ」


「やっぱりここに来るのは初めてか?」


「記憶の限りではね」


 確かに小四、それもお嬢様とあればここにはあまり用がないのかもしれない。


 戦後の闇市から電気屋が栄え、今なお繁栄し続けている世界有数の電気街。


「ここはアニメ・ゲーム文化の聖地、秋葉原だ」


 やっぱりデバイスを買いにくるならここだろう。PC本体からアクセサリまで幅広く揃っているし、何よりここにはがある。


「少し歩くぞ。はぐれないようにな」


「分かったわ」


 蒔奈が手を伸ばしてくる。一瞬どういう意味か分からなかったが、手を握れというサインだとすぐに気付いた。「はぐれないように」という俺の言葉を「手を繋いでおけ」と解釈したのだろうか。


 ――やっぱ、小学生なんだよな。


 伸ばされた小さな手を、俺はそっと握った。


 大通りに出ると、人通りが大きく変わった。同時に、街の景観もガラッと変わる。


 それまでオフィスビルが立ち並んでいた場所に、ゲームセンターやホビーショップが現れた。


 行き交う人々の顔立ちや服装も、スーツからカジュアルな服装や制服に変わる。


 人ごみをかき分け、路地を何度か曲がって、着いたところは電気街の中でも人通りの少ない裏路地だった。華やかな表通りとは違って壁や地面はくすみ、店の看板よりも室外機や落書きが目立つ。


 雰囲気が苦手なのか、蒔奈は手を強く握りしめ、俺の背に隠れるようにして歩いていた。微妙に歩きにくいが、まあもうすぐ着くし黙っておこう。


「着いたぞ」


 三階建てのビルの前で、俺は足を止めた。


 大きくはあるが、店と呼ぶにはあまりにボロボロの外観。本来は「多良見たらみ電気店」なのだが、看板のペンキがほとんど剥げてしまっているせいで「 良 電気 」の文字しか読みとれない。


「ここ……?」


 蒔奈は更に怯えた様子で、俺の服の端を握って来た。この怯えよう、お化け屋敷かなんかと勘違いしてそうだ。


 返事する代わりに手を引いて、今どき珍しい手動式の引き戸を開ける。


「こんにちは」


「いらっしゃい……ってなんだ、駆音か」


 店の奥に向かって声をかけると、レジの裏でテレビを見ていた人物が顔を上げた。


 黒い長髪で胸のデカい美人だ。眼鏡の奥の死んだ目と腐った性格が無ければ、俺の初恋の相手になっていたかもしれない。


「なんだは酷いんじゃないですか、明日波あすはさん」


 ごちゃごちゃした店内。棚から溢れ床まで占拠する電子機器は、よく見るとどれもがPCに関係するものだ。ただ物がありすぎて、人一人がやっと通れるスペースしかない。


 体をぶつけて「弁償しろ」と脅されないよう気をつけつつ、レジの傍に近付く。冗談などではなく、前に一度これでUSBメモリを買わされているから笑えない。


「『なんだ』以外の感想が沸いてこないんだから仕方ないだろ。いい感じの独身イケメンでも来りゃあ、それはもう丁寧に接客させていただきますけど?」


「少なくとも今の店構えじゃ無理ですよ」


 なんたって看板が「良電気」だからな。誰がどう見ても怪しい店だ。


 それに、例えイケメンが来たとしても明日波さんの性格じゃどうにもならないと思う。歳は二十五でも性格はタチの悪いおっさんだし。まあ口が裂けても本人には言えな――


「あ痛ぁ!」


 空のタバコケースが額に跳んできた。この人、俺の心が読めるのか?


「で、何の用だよ。新作ならまだ入ってねえ……ぞ……」


 明日波さんの目が蒔奈を見て大きく見開かれた。「ううっ」と呻きながらレジの裏に隠れてしまう……と思えば急に、諭すように俺の肩に手を置いてきた。


「駆音お前、ついにやったか……。自首しよ、な? オレがついてってやるからさ」


「お決まりのボケはいいですから。今日はこの子のデバイスを見に来たんです」


「んだよつまらねえなあ。にしても、駆音が誰かの世話を焼くなんてなあ」


 明日波さんがまじまじと蒔奈を見つめるが、蒔奈はずっと俺の背に隠れている。意外と人見知りするのだろうか? そういえば最初に会った時も噛んでたな。


「…………むぅ」


 蒔奈が小さく頬を膨らませて呟く。


 顔を上げ、キッとキツい目付きで明日波さんを睨む。人見知り特有の人に怯える目では無く、敵を見る目だ。何が気に喰わなかったのか……。女子小学生は難しい。


「ほぉ?」


 一方、明日波さんはニヤニヤと不敵に笑っていた。この人がこの笑い方をするときは大抵良くないことが起こるんだよなあ。


「とりあえず二階を見せてもらいますね。そういえば今日、鉄さんは?」


「親父なら朝から出てったよ。オフ会って言ってたけど、まあ適当に言い訳つけて飲みに行ってやがるだけさ」


 鉄さんはGoMがきっかけで知り合った人だ。明日波さんの父親で、そのおかげでこの店の存在を知り、今こうして入店することができている。


 にしても、また店をほったらかして昼から飲んでるのか。鉄さんらしいけど……。


「二階は好きに見てくれていいよ」


「ありがとうございます」


「礼はいい。金を落としてくれりゃあね」


 苦笑を漏らしながら、未だ明日波さんを睨み続けている蒔奈の背を押して二階へ上った。

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