第9話 でーとの・おさそい

「で、何をすればいいの?」


 朝食を終えるとすぐに、蒔奈はそう聞いてきた。


 だがその答えを知りたいのは俺の方である。あれからネットで「幼女と仲良くなる方法」と調べれば警視庁のサイトに飛ばされ、「どうやったら幼女と仲良くなれますか」と掲示板に投稿してみれば三十分で削除された挙句警視庁のサイトに飛ばされた。


 しかし得られた情報もあった。曰く、『まずは自己紹介から』だそうだ。


 と、いうわけで。


「じゃあ、蒔奈のことを教えてくれ」


「へ?」


「二対二で最も重要なのは絆だって言っただろ? お互いのことをどれだけ理解しているかが、一番大事なんだ。なのに俺はまだ蒔奈のことを何も知らない」


「それもそうね。急に抱き着こうとしてくるし」


「……それはもう忘れてくれ」


 蒔奈は悪戯っぽく笑う。生意気な……。


「じゃあ改めて。鹿子前蒔奈、九歳で小学四年生よ。キャラ名はPrincess D`Ark、GoMのプレイ歴は、二か月ってとこね」


 九歳‼ 昨日の風呂では聞き流していたが、改めて聞くと震える。え、九歳? 一桁?


 いや、驚くべきはそこじゃない。今二か月と言ったのか⁉


「……本当に二か月なのか? 二年の間違いじゃなくて?」


「ええ。始めたのは学校が始まってしばらくした後だから、二か月くらいで合ってるはずよ」


 二か月でここまで育ったというのか。俺がGoMを初めて二か月くらいのころは、キャラの動かし方もままならないくらいだった。ルールをようやく覚えて、少しずつ戦闘での立ち回り方を覚えて。そんな頃だ。


 なのに、蒔奈はもう俺と渡り合うレベルにある。


「自己紹介はもういいでしょ。早く練習したいんだけど」


「俺だって、できるものならやりたいよ」


 だけど委員長からは「今日一日で蒔奈と仲良くなれ」という大雑把な命を受けている。あの女のことだ、スケジュールに逆らって適当な練習をすれば何をしでかすか……。


 そもそも、どうなれば仲良くなったことになるんだろう。蒔奈の小生意気な性格のおかげもあってそこそこ打ち解けているとは思うが、仲が良いかと問われれば頷くことはできない。やはりもう少しこの少女のことを知らなければならないだろう。


「なあ、小学生の女の子と仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」


「はあ? 駆音ってやっぱりろりこんなの?」


「断じてロリコンではない。つうかロリコンって言葉の意味分かってんのか?」


「ふふ。心配ないわ、私と駆音は既に仲良しよ」


 無視か。


「良くそんな胸を張って言えるな」


 どこから自信が沸いて来るのか、小さな胸を目いっぱい張って自慢気に話す蒔奈。


「当然でしょ、なんたって『裸の付き合い』をした仲だもの!」


 慌てて周りに芽吹がいないか確認する。


 昨日、風呂をあがるまで誰ともすれ違わなかったから、俺達が一緒に入ったことはバレてない……はず。いや執事怪しいけど……。もちろんやましいことなんて何もなかったと断言できるが、信じてもらえるかどうかは別の話だ。芽吹たまに日本語通じないし。


「お前、それ他の場所で言うなよ」


「えーなんで? そのためにわざわざ勇気を出して……」


「え?」


「あ、ううん、何でもない! 二人だけの秘密ってやつね! これも仲良くなるため?」


 そんなつもりじゃなかったが……。まあいいか、怪我の功名ってやつだ。


 とにかく、蒔奈を理解することが先決だ。プレイスタイルに武器の好み、性格、攻め方、戦術の知識……。GoMに関することもそれ以外も、蒔奈に関することはなんでも。


 まずは――。


「蒔奈は、どんなデバイスを使ってるんだ?」


 陸上選手がシューズにこだわるように、プロで活躍するプレイヤーも自分に合ったデバイスを選ぶ。デバイス自体の良し悪しではなく、自分に合ったデバイスというものがあるのだ。


「キーボードとかマウスのこと? うーん、普通のやつよ。見てみる?」


「ああ、その方が早そうだ」


 蒔奈の後に続き、ゲーミングルームへと移動する。


「あれよ」


 蒔奈が机の上を指さす。そこには、端々に金の装飾が施されたキーボードがあった。


 思わず目を丸くする。その煌びやかな装飾にではない。


 ことに対して、だ。


「触ってもいいか?」


「どうぞ、好きにしていいわよ」


 ゆっくりとキーに指で圧をかけていくと、コトっと微かな音を立てて沈んだ。


「蒔奈、これどこで買ったんだ?」


「買ったっていうか、パソコンを買ったときについてきたやつね。綺麗だからそのまま使ってるんだけど、まずかった?」


「いや、まずくはないが……」


 蒔奈のキーボードは一般的な「メンブレン」と呼ばれるタイプだ。安価だが耐久性は低く、キー中央を深く押し込まないと反応しない。ノートパソコンや仕事用のPCなんかではこれが使われている。


 しかし多くのGoMプレイヤーは、いや、PCでゲームをする者たちは「メカニカル」タイプのキーボードを使用している。メンブレンと異なり値は張るがその分耐久性は高く、キーの反応も調整できる。「ゲーミングキーボード」ってやつだ。


 どちらが良いという訳ではないし、デバイスを気にしないプレイヤーもいるが、触れたことがないのならまずは触れてみるべきだと思う。


 ――決めた。


「蒔奈、今日は買い物だ」


「デートね」


「買い物だっつってんだろ。電気屋行くのにデートもクソもあるか!」


「立派なデートじゃない。エスコートは任せていいのよね?」


 ――全く、最近の子供はませてるな。昨夜はほっぺに……。やめろ、考えるな! 俺はロリコンじゃなあい‼


「でも、練習しなくてもいいの?」


「正直言うと分からん。お前はどう思う?」


「あーあ、お前って言った。答えてあーげない」


「おい……」


 それっきりどれだけ聞いてもはぐらかされて、本当に教えてくれなかった。

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